2報奨と仮面夫婦
そうして実際十年の歳月を掛けて鍛錬し、彼は魔王を倒しこの地に平和をもたらした。
それは決して平坦な道ではなかったし、一緒に召喚されて来た勇者が次々先に倒されていく中、それこそ足掻くように手にした結果だった。
国の人たちは喜んでくれた。それだけではない、この地に住まう人々は皆歓喜に沸いたのだ。
「勇者様お慕いしておりました」
望んだ結婚ではなかったが、世界を上げての祝福ムードと、それに隠された裏側を這い回る疑念や不穏。それを沈めるために、周囲の望みに応えた形だった。
そう、魔王を倒した他の世界から来た人間も、この世界の人々からしたら異物で。魔王という危機を過ぎれば、それもまた恐ろしい存在なのだ。
それでも望まれたのだからと、貴族社会に絡め取られることを受け入れた。
「近付かないで穢らわしい、異世界から来たものなんて、人間じゃないのよ!」
「私には愛する人が居たのよ、何で真に受けて承諾したのよ。断るべきでしょう、なぜ解らないの、このっ慮外者」
彼女は選べなかったと告げた。表面上、好意的にするしかなかったのだと。
それは此方も同じ事、それでも後から仲良くなれたら、お見合い結婚の様なものだと思っていた。
でも違った。
「離婚、出来るわけ無いでしょう。王女と勇者の結婚よこんなすぐに、いいえ、すぐでなくとも出来るわけ無いわよ」
「王都の自宅には普段立ち入らないでちょうだい、式典などがある時だけは我慢致します」
他に仕方がなく、仮面夫婦を演じることになった。しかし当初懸念したほどの苦は無かった。王都と領地に分かれて住み、数年に二、三度会うか会わないか、本当に書類上だけの結婚。
お互いに好きなように過ごしていたし、不自由も無かった。知らないうちに戸籍上の子供が増えるのは、流石に気にはなったが、単純に知り合いに子供が出来て可愛い程度にしか感じていなかった。
だから、上手くやっていたと思っていた。今更、今更排除されることになるとは思っていなかったのだ。
国王が逝去され、妻の兄が戴冠した。
今思えば多分そこからだ、間者が何度も入り込んだがそれは排除した。しかし、俺に対する悪い噂が次々流されるようになった。
前王の弟である公爵が外遊に出ている時、とうとう仕掛けてきた。ありもしない罪、その証拠。横領に人身売買禁止薬物の流通。敵国との内通。
あっと言う間に貴族位を剥奪され、投獄された。別に王女との婚姻の破棄はどうでも良かったのだが、彼女は俺との婚姻関係が継続していることが相当嫌だったのだろう。兄と共謀していたのも、大半がそれが原因だったらしい。家の中にそもそも間者が居たので、偽の証拠は入れ放題だったようだ。
正当で自身に全く瑕疵のない離婚。周囲や民衆に同情してさえ貰えるそれが望みだった。
堕ちた英雄、センセーショナルなそれは面白おかしく受け入れられた。魔王の恐怖は一昔前のものとなっていた。
だが、それだけだったなら彼はこの場には居なかっただろう。
「そんな訳ないでしょうが!」
「家の領主様は立派な人だ!」
「貴方は女神様から与えられた慈悲です。人の欲望で殺させる訳にはいかないのです」
「お逃げ下さい」
民が貴族が、神殿の者が、それぞれこっそりと牢獄にやって来ては、彼の味方だと言った。彼をどうにか逃がす算段を付けている。諦めないで欲しいと。申し訳ないと。
政争で負けてしまったのは自分の不手際であるのに、そんな風に言われてしまったなら、このまま死ぬ訳にはいかなかった。
公爵家の邪魔が入らぬうちにと、そうして急いで執り行われた裁判と処刑の執行。広場に引き立てられたその日、逃走の計画は実行された。
どうやって手に入れてきたのか、きっととんでもない危険を冒したのではないだろうか。群衆が、その中から見も知らぬ人が投げ渡してくれた勇者の剣。王家と神殿で管理されてきたはずのそれが、首切り台の上の彼の手の中に握られる。




