1終わりの頂
「さよならユウグレ元気で」
俺は愛馬の鞍を下ろし、手綱を外して捨てた。
ずっと共に走ってくれた相棒だ、レベルも高い。その辺のモンスターでは、相手にならないだろう。俺と一緒に来る方が、危ない。
ここまで来ればもう十分、彼には自由に幸せに生きて欲しい。
「ぶるるぅ……」
服の端を噛んで、まるで引き留める様にされたけれど、額を撫でると離してくれた。
王国軍がすぐ側まで来ている。
最後に大きな頭を抱きしめてから、離れる。何時までもこうしては居られないから。
深い森に分け入る、彼らが見失う様に。この先は、神が宿るとも言われている山だそうだ。
本当に獣道もない未踏の場所を、下草を切り払いながら進む。
そう言えばこの森に入り、山に登って帰ってきた人間はいない。前人未踏の場所らしい。
「流石に諦めるだろう」
死んだと見なしてくれるかもしれない。
いや、実際死ぬかもしれないがな。
地面は傾斜がつき更に根が張り、歩き辛い。まだ昼間だというのに、周囲は薄暗く。息苦しいまでの濃厚な緑に、覆われている。
それでも、王国軍と戦う事になるよりはマシだと、そう俺は思った。
「……どうして、こんな事になってしまったんだろう」
草を払う剣を見る、強力な加護を内包した。勇者の剣だ。
そう、俺は数ヶ月前まではこの国の勇者だった。
十年前、魔王も倒した。
◇◇◇◇◇◇
二十年前、この世界は魔王と呼ばれる存在に侵略され、女神の導きにより勇者召喚が行われた。
召喚に応じて現れた勇者は、十三人。
その中で、最弱とされた、女神の恩寵を持たなかった勇者。それが、彼だった。
勇者になる、その見返りに貰えた恩寵、それを彼は家族の為に使ってしまったのだ。当然それを周囲の人たちは無責任だと責めた。同じ様に召喚された勇者達までも、彼に馬鹿なことをしたなと言った。
それでも良かった、彼が勇者として召喚に応じたのは、父が死に苦労を重ねて病に倒れた母の為、進学を諦めて働き出すと言いだした兄と姉の為、甘えたい盛りに我慢を強いられている弟妹たちの為なのだ。
夢の中で召喚の説明を受けた時、彼は家族全員に幸運という加護スキルを与える条件に承諾した。
ただの高校一年生、戦いなど無縁の日本の一般人。その自分が戦いの場に赴いて、生き残れるとは最初から考えていなかった。家族の幸せとの引き換えに死ぬだろうと考えながら異世界に向かったのだ。
ただ、出来る事はしようとは考えていた。多少なりとも役に立ってから、足掻いて粘るつもりではあった。死ぬだろうなと、死んでもいいは同じ様で違う。
「ではうちで引き取ろう」
そう言ってくれたのは、年老いた優しそうな王様だった。何というか、絵本に出てくるような髭を蓄えた。その国は中堅国家だった、大きくもなく小さくもない、強くもないが貧困でもない。そして、魔王が猛威を振るっている地からそこそこ離れた場所にある。
その王は資金を提供する代わりに、自国に配備された勇者はじっくり育てるので、前線に出すまでの猶予をと他国と交渉しもぎ取ってくれた。
「如何して」と問えば、家族の為に命を擲つ決断が出来る様な者、それこそ勇気のある者ではないかと、そう微笑んでいた、その王は他の十二の国の王より少しだけ賢かったのだろう。
そう、女神は魔王を倒す恩寵を与えた勇者を使わせると言ったのでは無い。魔王を倒し人々を守る才能のある者を召喚すると言ったのだ。あくまでも恩寵は召喚に応じた事による報酬だった。
だからこそ、最弱と言われた彼にも、魔王を倒す可能性が等しくあったのだ。




