第95話 永遠の約束
「イザベル・フォートレル」
前世の記憶が甦った瞬間の、婚約式を思い出した。
聖堂に響いた威厳のある司祭が、自分の名を呼んだ。
あのときは誰だか分からない声だと思ったが、いまイザベルの名を呼ぶ声は、耳に馴染んだルーファスの、少し緊張で固くなった声だった。
「国同士の和平のためだけではありません。あなたに、私の永遠の愛を捧げたい。私と、結婚してもらえませんか?」
ルーファスの瞳がまっすぐにイザベルを映していた。
あのとき不機嫌そうに見えた無表情が、いまは緊張のためか、少し強張っていた。
ゲームの中では何度もイザベルを処刑した男が、イザベルにプロポーズしている。
イザベルは込み上げる思いに、手が震えていた。
「ルーファス様……。私で、良いのでしょうか?」
聞かずにはいられなかった。
この世界はゲーム通りではない。
ルーファスはロザリンを好きにはならなかった。
アビーを助け出すことができた。
父の呪縛から逃れることができた。
全て、ルーファスがいなければ、成し遂げられないことだった。
だからこそ、どこかでこんなにうまくいって良いものかと思う気持ちが消えないのも事実だった。いつか、ルーファスは前世で知るゲーム通りのルーファスに変わってしまうときが来るかもしれない。でも、でも――。
「君が良いんだ」
ルーファスは自信に満ちた瞳で、イザベルを力強く見つめた。
目の奥が急激に熱くなるのが分かった。
視界がぼやける。
イザベルは何度も何度も頷きながら、擦れる声で「はい」と答えた。
消え入りそうなその言葉を合図に、ルーファスはイザベルの指に二つ目の指輪をはめた。
婚約式ではめた義務的な動きとは明らかに違った。
自分の指にはまった指輪を見つめていると、ふとルーファスの指にはまる指輪が目に入った。
(あのときルーファス様は、自分ではめたんだっけ?)
ふふっと笑うと、目に溜まった涙がスーッと頬を濡らした。
イザベルのヴェールをルーファスがめくると、泣き笑いをしているイザベルと目が合った。
「何か、面白いですか?」
「いえ、ごめんなさい。嬉しくて。ルーファス様がご自分で指輪をはめたときのことを思い出してしまって」
そういうと、ルーファスは微妙な表情を浮かべた。
「今更ですけど、やり直させてほしかったんです。あの日の婚約式を」
「え?」
ルーファスは自分の指にはまった指輪を抜くと、イザベルに渡した。
「私の指に、今度はあなたがはめてくれませんか?」
きょとんとするイザベルに、ルーファスは左手を差し出した。
(あのときは、あっという間にルーファス様がはめてしまった。でも、今は)
ルーファスの長い指に、イザベルはゆっくりと指輪をはめた。自分の瞳を思わせるエメラルドの石が飾られた指輪だった。ルーファスの指輪を自分がはめたことに満足感を持っていると、イザベルの肩にそっとルーファスの手が置かれた。反射的にルーファスを見上げると、ルーファスの真剣な瞳と目が合った。瑠璃色の瞳は、もうイザベルしか映していなかった。ルーファスはそっと目を閉じた。
(これって……)
イザベルは慌てて自分も目を閉じ、少し顔を上げた。
ルーファスの顔が近付く気配を感じていると、自分の唇にルーファスの唇が重なるのが分かった。初めてのその感触は、ふにゃっと柔らかく、ただそれだけなのに酷く満ち足りた思いにさせた。優しい口づけがされると、少し間を置いて学園の鐘が鳴った。
驚いて目を開けると、ルーファスが口角を上げた。
「聖堂ではないので、代わりに」
以前ルーファスとサンルームへ来たときも、学園の鐘が祝福の鐘のように聞こえたのを思い出した。
(ルーファス様も、そう思ってくれていたのかな?)
「ルーファス様、この刺繍もルーファス様が?」
ヴェールに施された刺繍を見てイザベルが訊ねた。
「ああ、せめてものお詫びに」
「お忙しいのに、こんなに……」
「君が喜んでくれたのなら、準備のしがいがあるというものです」
イザベルの様子に、ルーファスは満足そうな顔をした。
「ルーファス様」
「ん?」
「私、あなたのことを愛しています」
イザベルがそう見つめると、今度はルーファスが思わぬ告白に驚いたように一瞬目を見開いた。そして、すぐにその目は細められ、「私もあなたのことを愛しています」と言いながら、二度目の口づけをしようとした、その瞬間――。
ポンッ!
『イザベル~! 遅くなってごめんねっ!』
近付いたルーファスとイザベルの間に、《たすく》が姿を現した。
「たっ、たすく!?」
『少し回復に時間がかかっちゃって。すぐに戻るって言ったのに、心配させちゃったよね』
《たすく》は久しぶりのイザベルに甘えるように、頬ずりをした。
「良かった~。いつ戻って来るか心配していたから」
『これでまた一緒にいられるよ~』
ぎゅっとイザベルに抱きつくたすくの首元を、ルーファスが摘まんだ。
「久しぶりだな、たすく。元気そうで、嬉しいよ」
にこにこと微笑むルーファスに、たすくは迷惑そうに眉をしかめた。
『なんだよ。ルーファス。邪魔しないでよ』
「邪魔しているのは……どっちなんだ。もう少し、状況を考えられないのか?」
『考えて出て来てあげただろ? イザベルとの初ちゅう、ようやくできたじゃないか。ずーーっと計画していたもんね! イザベルの初ちゅうを最高の思い出にするってさ』
たすくがペラペラと話すと、羞恥からか、怒りなのか、ルーファスの顔を少しずつ赤らんだ。
「余計なことを……」
『もう初ちゅうはしたんだから、いいでしょ!?』
「二度目のキスだって重要なんだ」
『別のときにしなよ! 僕だって久しぶりにイザベルに会えたから、一緒にいたいんだから』
たすちゃんくの主張にルーファスは言い返せずにいた。
イザベルは久しぶりに会うたすくが元の通りの元気さを取り戻していることに、心から安堵した。
(ああ……《たすく》も戻って来てくれた)
ルーファスはイザベルに甘えるたすくを複雑に見ながらも、安堵しているイザベルを見て目を細めていた。
前世の記憶が戻った直後、目の前が真っ暗になった。
でも、あのときも《たすく》がいてくれた。
そして、いまルーファスもいてくれている。
変わらないと思っていた現実は、実は変えられるものだと信じさせてくれた。
この先も、この学園で、この国で、この人と、この人たちと。
私は、前を向いて歩んでいきたい。
「ルーファス様、たすく」
呼びかけると、二人は同じタイミングでイザベルを見た。
二人とも優しい眼差しを向けてくれていた。
「二人と一緒にいられて、私、本当に嬉しいです」
そういうと、イザベルはルーファスとたすくを思い切り抱きしめた。
その抱擁は、まるで永遠の約束をするようだった。
最終話まで、お読みいただき誠にありがとうございました!
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次回作もなるべく早めに……とは思っているのですが
実は今回はまだ次回作については未定です。
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