第94話 指輪
イザベルはぎゅっと目をつぶって、おずおずとルーファスの口にクッキーを入れた。
クッキーをかじった瞬間、ルーファスの唇がイザベルの指に触れた。ルーファスの柔らかな唇の感触に、イザベルの全神経が指先へと集中した。
(だめだ! あーんは……恥ずかしすぎる!!!)
「うん。美味しい」
悶えるイザベルを余所に、すっかり機嫌が直ったルーファスは、嬉しそうにイザベルのクッキーを頬張った。恥ずかしさに目を逸らすイザベルに、「あーん」のおねだりを無言で続けてくる。イザベルは内心、羞恥に身悶えしながら、ルーファスに「あーん」でクッキーを食べさせ続けた。
(なにこれ。ハート湖ってこんなイベントも発生するんだっけ!?)
気持ちを落ち着かせようと眺めた湖面は、見事なターコイズブルーだった。
波風の立たない静かな水面は、まるで鏡のように湖を囲む樹木や空を映し出していた。ルーファスも一緒に湖面を見つめていた。湖畔は静寂に包まれ、世界にはルーファスとイザベルしかいないような、不思議な感覚にすらなる。
チラッと隣のルーファスを見ると、ルーファスの視線も静かにイザベルに動いた。
イザベルを見つめるルーファスの熱い視線に、うるさい位にイザベルの心臓が鳴った。
「イザベル」
「はっ、はい!!!」
妙に元気よく返事をしたイザベルに、ルーファスはくすっと笑うと「次へ行きましょうか」と手を差し出した。
「つ……次?」
ルーファスは、微笑を浮かべた。
今日のデートはピクニックだということしか、ルーファスには聞かされていなかった。
馬に乗ってもルーファスは「すぐに着くから」と言うだけで、場所は教えてくれなかった。一体どこへ行くのか。不思議に思っていたが、なんだか見慣れた景色が近付いていた。いつも通っているハート学園は、イザベルにとってももうすっかり見慣れた場所だ。一方で、休日の学園は人気もなく静かでいつもの学園とは違う雰囲気にも感じた。
「サンルーム?」
到着したのは、以前ルーファスに連れて来てもらったローズガーデンのサンルームだった。ルーファスは前と同じく、ゲームではヒロイン専用の席だった場所に、イザベルを座らせた。
「少し冷えただろう?」
そういうと、ルーファスは手際よくお茶の準備をしてくれていた。
正面に向き合って座りながらお茶を飲むのは、なんだかくすぐったい。
「これ、エリーアス様のところの茶葉ですか?」
フルーティーな香りに覚えがあった。ルーファスは少し嫌そうな顔をしてから「そうです」と返事をした。
「悔しいですが、やはりシュトライヒ領の茶葉は別格ですから。先日領地に伺った際に、少し譲ってもらったんです」
「そうでしたか。そういえば、エリーアス様はティールームも経営しているっておっしゃっていましたね」
「今度一緒に行きましょう」とルーファスを見ると、ルーファスはティーカップに添えるイザベルの手を上から包んだ。重ねられると、二人の手の大きさの違いが強調された。
「実はシュトライヒ侯爵のティールームへ行くことも考えましたが、ああいうところは人も多いですから」
「はい?」
「その、今日は、二人きりになりたかったので」
「……はい」
ルーファスの言葉に赤らむ顔を見られたくなくて下を向くと、ティーカップに映った恋する自分と目が合った。追い討ちをかけるように、ルーファスがイザベルの手の甲を優しく撫でた。
あまりに甘い仕草に、先ほどからイザベルの頭の中はドキドキで大パニックになっていた。イザベルの心中を分かっているのか、ルーファスの指はイザベルの手にずっと触れ続けていた。
(なっ……なっ……なんで、こんなに……甘いの。甘すぎる。糖分過多で死んでしまいそう……)
「ルッ、ルーファス様、あの、手を……。お茶が、飲め、ません……」
とりあえず落ち着きたいイザベルがそういうと、「ああ」とルーファスは名残惜しそうにイザベルの手から離れた。手が離れて気持ちが少し落ち着くかと思うと、今度はルーファスが甘えるような上目遣いでイザベルを見る。
(なっ……! 今日は一体なんだって……言うの……!?)
イザベルが思わず身体を引くと、茶器がカシャッと音を立てた。
「あっ! やだ、ごめんなさい」
「気にしなくていいですよ。あなたと私しかいませんから」
「だから気になるんですけど!」と、イザベルは内心で突っ込んだ。気が付くと西日が静かにサンルームにも差し込み始めていた。イザベルの内心の動揺を知ってか知らずか、「見せたいものがあるんです」と、静かに立ち上がった。
イザベルの手を取ると、サンルームの中央にイザベルを連れて行った。
「あ……これ」
「あなたが好きだと言ってくれたので、桔梗の花壇を増やしたんです」
「どうです?」とルーファスがイザベルを見て笑った。
ルーファスの瞳の色に似た桔梗が並んでいる。屈んで桔梗を見ていると、桔梗の根本に小さな小箱が置かれていた。
「今日は……それをあなたに渡したかったんです」
ルーファスはそういうと、イザベルの頭にそっとヴェールをかぶせた。
驚いて顔を上げると、ルーファスはイザベルの手から小箱を取り、代わりにそっと手を添えてイザベルを立たせた。事態を飲みこめないままイザベルは立ち上がった。サンルームには夕陽が差し込んでいた。ちょうど中央の壁に嵌まったステンドグラスに夕陽が映え、幻想的な世界にいるようだった。突然被せられたヴェールは、小花の刺繍が施されていた。その模様は先ほど見た桔梗の花を思わせるようだった。
(これってもしかして、ルーファス様が……?)
ヴェールの刺繍に驚いていると、イザベルの左手がルーファスに強く握られた。
ハッと顔を向けると、自分の足下に跪くルーファスがいた。
「ル、ルーファス様!?」
ルーファスが用意していた小箱の中には指輪が入っていた。
指輪の中央にはエメラルドが輝き、右端にはアメジスト、左端にはオニキスが飾られていた。
お読みいただきありがとうございました!
あと1話です。本日完結予定です!
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