第92話 デートの支度
その後、アビーの足の治癒が進み、少しずつ足が動くようになっていた。
足の指先が動くようになった。
少しずつ足首も動くようになった。
足をゆっくりと自分の力で持ち上げられるようになった。
最近はドリスに抱えられながら、僅かな距離を自力で進む練習をしていた。
療養所にいた頃は、強制的に動くことを禁じられていたという。
その所為か、すっかり身体全体の筋力も衰えていた。
元々アビーはバイタリティーのある性格だ。
レープ公爵家でただ世話になっているのは性に合わないのだろう。
ロザリンに治癒魔法をかけてもらうために毎日キャリントン家に通いつつ、空いている多くの時間をリハビリに費やした。
その結果、わずか一カ月足らずで、ずいぶんと健康的な姿を取り戻していた。
もちろん、歩くことができるようになるにはまだ時間がかかるだろう。
しかし、この調子ならそういう未来もそう遠くない。そんな気がしていた。
「さっきのワンピースはどうなの?」
気持ちの上ではすっかり元気を取り戻していたアビーは、今までの時間を取り戻すように仕事をしたがった。そのおかげで、先ほどからイザベルは着せ替え人形と化していた。
アビーの指示に従い、ドリスはワードローブにあるワンピースを次々とイザベルに合わせた。
「どれも素敵なワンピースだわ」
「ほとんど、ルーファス様がご用意してくださったものです」
「あら、ルーファス様が!?」
感心するアビーに、ドリスは「うんうん」と頷いた。
「お嬢様、本当に良い方とご婚約できて……」
アビーは何かというと、すぐにルーファスを持ち上げる。
「ええ。本当に私にとっては有難いお相手だわ。このまま、オフェリアが強引なことをしなければ良いけれど」
(オフェリアはさすがに諦めてくれたかしら……。まあ、お父さまもあんな状態だったし、さすがに暫く大人しくするわよね……)
アビーは「オフェリア」の名に、眉をしかめた。
アビーには、フォートレル侯爵家の使用人の話を伝えていた。
アビーはその話を聞きながら、何もできない、しようとしない使用人に複雑な心境を寄せながらも、同情的な言葉も吐いた。ヴァルハルド帝国において、フォートレル侯爵家は強大な力を持つ家だ。彼らがどういう人間であろうと、ヴァルハルド帝国で生きていく限りはそう簡単に盾突くことはできない。盾突いてみようものなら、アビーの二の舞になるだけだった。療養所には、アビー以外にも様々な理由で、フォートレル侯爵家にとって都合の悪い人間たちが軟禁されていたという。
(レンナルト様が施設を半焼させたおかげで、施設にいた人たちはひとまず教会に保護されたというけれど、それもいつまで持つか)
「お嬢様、折角のデートですのに、そんな顔をなさってはいけませんよ」
フォートレル侯爵家のことを考えると、つい顔を顰めていたイザベルをアビーは優しく窘めた。ハッとして鏡を見ると、ふわっと巻いた大き目なカールをハーフアップにしたスタイルになっていた。
「お似合いです」
ドリスはそう言って、イザベルに微笑んだ。以前の縦ロールに派手な厚化粧とは違い、可憐なヘアスタイルに自然な化粧を施したイザベルは、楚々とした令嬢そのものだった。馬に乗るということで、動きやすい綿の素材のワンピースは菫色のものとなった。シンプルなものではあるが、ウエストのリボンと、背中のくるみボタンが可愛らしい。
鏡に映ったイザベルは、ゲームの彼女とは全然違った。
(縦ロールのイザベルも嫌いではないけど、こういう清楚な感じも似合うわ。やっぱりイザベルって元は美少女なのよね)
イザベルが鏡で全身を確認していると、コンコンコンとノックが鳴った。
「ご準備は宜しいでしょうか?」という執事の声に答えると、ルーファスが待つロビーへと急いだ。途中会ったイリーナが「お義姉さま! お兄さま、初めてのデートに気合入っているみたい」と笑っていた。
(言われてみれば、こうやって約束をして二人で出かけるのは初めてだわ)
今更ながら、イザベルはドキドキと緊張していた。
正面階段を下りると、ロビーで待つルーファスの薄茶色の髪が見えた。
乗馬デートだと予告していたルーファスは、襟付きの白シャツにテーラードジャケットを羽織っていた。白シャツには同系色の糸で刺繍が施されていた。派手ではないが、一目で手が込んでいるものだということが分かる。ポケットチーフには、イザベルの瞳を思わせる淡いグリーンのものが使われているのは、偶然ではないのだろう。
イザベルはすぐに駆け付けたい気持ちと、いつもと違う雰囲気のルーファスに緊張して近付きにくい気持ちがせめぎ合っていた。その結果、なんだかいつもより少しぎこちなく、ルーファスに近付いた。
「ルーファス様、お待たせしてしまって申し訳ございません」
そう言って見上げると、ルーファスの瑠璃色の瞳が動揺するように動いた。
「い、いや……。別に……待っては――」
妙な沈黙が続く二人を、使用人たちが遠くから見守っていた。
カーターも使用人に並んで、にこにこと見送っていた。
「あれ? カーターは……」
「今日は、控えるように伝えてあります」
「え? そう、なのですか」
「ええ。何か、ありましたか?」
「いえ。特に……」
(特に、何もありませんけれど……。カーターもついて来ないし、他の使用人もついて来ないということは……本当に正真正銘の、二人きりのデートでは!?)
いつも通り使用人も同行すると思っていたイザベルは、予期せぬ本当の二人きりのデートに動揺していた。
お読みいただきありがとうございました!
あと3話で完結いたします。明日最終話を投稿する予定です。
少しでも「面白い」と思っていただけましたら、ぜひ「ブクマの追加」や「リアクション」、「感想」、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援いただけますと嬉しいです!
皆さんの応援で執筆のモチベーションがアップします!!!
どうぞよろしくお願いいたします。




