第91話 ロザリンの治癒力
「何よ」
あの後も、ロザリンの自宅謹慎の指示は解かれていなかった。
キャリントン家の私室で大人しくしているというロザリンを訪ねると、口を尖らせて横目にちらっと見た。同行したディオンは、厳しい目をロザリンへ向けた。
「君の力を必要としている」
下肢が動かないアビーはカーターに抱きかかえられ、機嫌の悪そうなロザリンを見た。
バーレントとの闘いで消耗していたルーファスも、完治していない傷が残っていた。
「こういうときだけ便利に使おうとするって、どうなの?」
不服そうな言葉を漏らしながらも、ロザリンは自分の役割を心得ているようだった。
いかにも興味が無さそうな無表情のまま、ルーファスの頬や腕に残った傷に手をかざした。するとロザリンの手から光が発光し、ルーファスの身体に残った傷跡がスーッと消えた。その様子を見たアビーは、「まあ!」と驚きの声を挙げた。自分の力に純粋な感動を覚えているアビーの反応に、ロザリンは少し気を良くしたように口元が緩んだ。
ルーファスの傷跡が消え去ると、「もういいでしょ」とばかりにロザリンは顔を背けた。
「助かった」
ルーファスはそんなロザリンに頭を下げた。
「嫌だって言ったって、やらせるでしょ?」
恨みがましいロザリンの言葉に、ディオンは素知らぬ顔で受け流していた。
ルーファスはいまだにふくれっ面のロザリンに向き合うと、頭を下げた。
「ロザリン、君にもう一つ頼みがある。イザベルの、乳母の足を治すのに協力してもらえないだろうか」
ロザリンは後ろに控えるアビーをチラッと見た。
「どうして、私が。あなたたちって、簡単に治癒を頼んでくるけど、私だって治癒魔法を使うのって疲れるのよ。万能じゃないの。チートだって思っているかもしれないけど、制御だって練習しなきゃいけないし、魔力の加え方だって練習しているんだからっ!」
ロザリンは胸のもやもやを吐き出すように一気にルーファスへとぶつけた。
キャリントン侯爵夫人の話では、自宅謹慎中は嘘のように静かにしていたらしい。
夫人はすっかり元気がなくなったロザリンを心配していたが、目の前のロザリンは以前のロザリンに戻っていた。
「イザベルの大切な人なんだ」
ルーファスはただ静かにそう言った。
「だからっ!」
「君の力が必要なんだ」
「……」
ルーファスの言葉に同意するように、その場にいた――イザリンも、カーターも、ディオンも、アビーも、深く頭を下げた。
「何よ……」
「ロザリン様、お願いします。どうかアビーを、助けてください」
イザベルも、ロザリンに改めて頭を下げた。
ロザリンは自分に平身低頭する様子を目にすると「……こんなことされて、断れるわけないじゃない」とぼそっと呟いた。そして、アビーを見ると「どうなるかは、分からないから。怪我の状態だって分からないし、私だって何でもかんでも治せるわけじゃないのよ!」と言った。アビーはきつい口調でロザリンにそう言われると、涙を浮かべながら「聖女様、どうぞ宜しくお願いします」と微笑んだ。ロザリンは「聖女」と呼ばれた瞬間、ピクッと反応した。この世界での自分の役割を思い出しているようだった。その後、アビーをソファに座らせると、ロザリンは長い時間をかけてアビーへと治癒魔法をかけてくれていた。休みながらも何度も黙って続けてくれた結果、帰る頃にはアビーの足の親指が僅かに動くようになっていた。アビーの足の指が僅かに動いた瞬間、誰よりもロザリンはホッとしたような顔をした。その顔をイザベルが見ているのに気づくと、バツが悪そうに口をへの字に曲げた。
「私に不可能はないのよ! なんて言ったって、救国の聖女なわけだし、この世界の中心なんだから!」
ロザリンは取り繕うように憎まれ口をたたくと「いつまで自宅謹慎にするつもりよ!」と、ディオンを睨んだ。
「そうだな。君も大分心を入れ替えたようだし、きちんと王家の指示に従い聖女教育を受けるというのなら、そろそろ自宅謹慎を解いても構わない。イザベルが戻って来たから、学園にも通いたいんじゃないか?」
ディオンはロザリンにそう言いながら、にこりと口元に笑みを称えた。
「べ、別に、イザベルがどうのとか、そういうことは関係ないけど、ずっと自宅にいたらいい加減気が滅入るのよ! そうだわ。あなた、明日からも治癒魔法を続けるから、我が家へ来なさいよ!」
「明日も……宜しいのですか? お疲れでは?」
「私が良いって言ってるんだから、いいのよ! そんな中途半端な状態で終われないでしょ!?」
ロザリンの言葉に、アビーは何度も何度もお礼を口にした。その様子を眺めるディオンを、イザベルはチラッと見た。ルーファスとも目が合い、口元に笑みを称えた。
(ロザリン様の謹慎は、本当にもうすぐ解かれそうね)
ヴァルハルド帝国の脅威や、「すぐに戻る」と言ったたすくが戻らないことへの不安が消えたわけではない。けれど、動かなかったアビーの足先が僅かに動き始めたことで、イザベルの胸には少しずつ勇気が湧いてきていた。




