第88話 氷の槍
(まさか……)
イザベルは何故か魔法を使っているバーレントの姿に、ルーファスの話を思い出していた。
(あの魔道具、本当にルーファス様の魔法を吸収していたということ……?)
ルーファスが感じていた違和感は気のせいではなかったし、吸収される感覚も間違いではなかった。父は初めての魔法に興奮する子どものように、ルーファスの魔法を使いながら追いかけまわしていた。
ルーファスは防戦一方に戻ったようだった。ハンスやレンナルトの方を見ると、《たすく》の協力もあり人数差に苦しむことはないようではあった。
イザベルは《たすく》の姿を見て、更に嫌なことを思い出していた。
(《たすく》も、魔道具に力が吸収される感じがしたって言っていた。だとしたら……)
魔道具が吸収した魔力をバーレントが使用できるようになっているのだとしたら、ルーファスの魔力だけではなく、《たすく》の魔力も吸収しているはずだ。ハンスが嬉々として調査していたことを信じると、《たすく》の力は測り知れない。
(その力を父が使えるようになっているのだとしたら……)
イザベルは魔法に夢中になっているようなバーレントの姿に、ぞわっと鳥肌が立つのを感じた。氷魔法の使用に慣れたバーレントは、レンナルトの様子を見て今度は火魔法を繰り出していた。逃げ回る一方のルーファスをいたぶることを楽しんでいるようだった。
(このままじゃ……ルーファス様が――!!!)
イザベルの心の声に反応したように、《たすく》がイザベルの元へと戻った。イザベルは《たすく》に事情を話すと、《たすく》は逃げ惑うルーファスを救うため、バーレントを風魔法で吹き飛ばした。急に身体が宙を浮き、地面に叩きつけられていたが、バーレントはけして剣を離すことはなかった。それどころか、どこからか予想外にかけられた魔法に、笑いが漏れていた。
「風か……。なるほど、こういう使い方はあるな……」
バーレントは風魔法の効果を確かめると、自分の身体をふわっと浮かせると先ほどよりも早いスピードでルーファスの元へと飛んだ。あまりに早すぎてルーファスを追いこすと、にたりと不気味に笑った。
「いい加減、鬼ごっこはやめようか。レープ卿」
そういうと、エリーアスはルーファスに剣を構えた。
剣の実力は、バーレントの方が上手だ。度重なる実戦を積んでいるバーレントは、一瞬の隙もない。バーレントを打ち負かすには魔法を使うことしかなかった。が、バーレントに魔法をコピーされているいま、簡単に魔法を使うことも命取りになる。
『ルーファス!』
バーレントに剣を構えるルーファスの耳元に、《たすく》の声が響いた。
(たすく……。どうやら、あの魔道具、私たちの魔法を吸収して使用できるようにするものだったようだ。いまあの男は、私と君の魔法を使うことができる)
《そうみたいだね》
ルーファスを余裕の笑みで見つめるバーレントは、ルーファスの出方を伺っていた。
(オフェリアの短絡的な誘拐も、私の魔力を吸収するために仕組んだものだったのか。だとしたら、あの誘拐は私を捕縛した時点で成功したということか……)
バーレントの気味の悪い笑みに、腹の奥底から不快な思いが湧き出た。
(このままにらみ合っても仕方ない)
ルーファスは観念して《氷の刃》を発動させると、バーレントはまるで鏡のように、《氷の刃》を発動させた。
(同じ魔法が使えるのなら、剣としての腕前が上のバーレントの方が有利だろう)
ルーファスはこの事態を打開する方法で頭を巡らせた。
(しかも、バーレントは《たすく》の力も有している)
魔道具の効果がどういうものなのかは分からないが、ルーファスと《たすく》の魔力を吸収したことは間違いない。
(魔力としても上回られているのなら、相当分は悪いが――)
バーレントとにらみ合った末に、ルーファスは思い切りバーレントへ向かって剣を振り上げるしかなかった。
「はあアアアッッ……!!!」
声を上げながらルーファスは、バーレントへと向かって走った。
《たすく》はルーファスの傍らから援護した。
『バーレントの身体を風で吹き飛ばしたいんだけど……』
バーレントの身体からは異様なほどの魔力が漲っているのが分かった。
(私だけではなく、《たすく》の力をも吸収した効果なのか)
剣を構えた二人の間に、強力な魔力が発生し、剣を合わせることができない。
必死に風魔法を使う《たすく》に怯むことなく、バーレントはルーファスの方へと剣をぐっと押し付けた。あまりの力にルーファスの剣を握る手が痺れた。しかし、剣を離すわけには行かない。猛烈な勢いで身体が吹き飛ばされないように、身体をぐっと下げながら足にも力を込め、なんとか踏みとどまる。
(……防戦だけでも精一杯だ。勝ち目が見えない)
しかし、ルーファスの傍らで小さな身体を呈して、自分を守ろうとしている《たすく》を目にすると、ここで自分が引くわけには行かなかった。
(こんな、コピーに負けるなど……)
ルーファスは瞳を閉じて、集中力を高めた。身体中から魔力を高める。もうこれ以上の魔力は沸き上がらない。それは分かっていた。しかし、それで終わるわけにも行かなかった。
「はああぁアアアアァァァッッ!!!!」
ルーファスは再び自分を叱咤するように、腹から声を響かせた。限界だと思っていた身体の中から、僅かながらに力が沸き上がるのを感じた。
(ここで退くなど、絶対に、有り得ない!!!)
『ルーファスッ!』
瑠璃色の瞳に、バーレントと同じ、狂気が宿った。
その瞬間、「お父さま!!!」という言葉とともに、馬の足音が聞こえた。
バーレントとのにらみ合いが続く傍らに、イザベルが単騎で駆け付けた。
(馬車の傍から離れるなと言ったのに)
視界の端には、乗り慣れない馬に乗ったイザベルがいた。実娘とは言え容赦するとは思えないバーレントではあったが、突然のイザベルの乱入には瞠目したようだった。
「イザベル、何をしてる!?」
「何って……」
イザベルは馬上からバーレントの顔に向かって小石を投げつけた。ふわっと舞う砂が一瞬バーレントの視界を奪った隙に馬から降り、短剣を握りしめたままバーレントへと一直線に走った。
(馬鹿な!?)
バーレントは一直線に向かって来る実娘に向かって、ルーファスとのにらみ合いの傍ら、容赦ない風魔法を放った。
「お前は一体何をしている!? この馬鹿娘が」
イザベルの身体は強烈な風に吹き飛ばされると、地面へと思い切り叩きつけられた。
それと同時に、バーレントの頭上から《氷の槍》が突き刺さった。自分を貫こうとする、分厚い氷の切先から逃れるように、バーレントは身体を躱した。剣を落とすことはなかったが、一瞬手元がぶれていた。ルーファスは最後の力を振り絞ると、「《たすく》力を貸せ」と言うと小声で詠唱を唱えた。
「静寂の白霜よ。我が意に応じ全てを貫く氷の槍となれ。《グレイシャル・スピア》」
その瞬間、鋭い槍がバーレントの手元を突き刺した。
バーレントの手に突き刺さる透明な氷の槍には、バーレントの真っ赤な血が滴った。それでも剣を離さずにぐっと握りしめたバーレントは、再び鏡のように詠唱を唱えようとした。しかし、その瞬間、バーレントの剣に装飾されていた飾りがバリンッと音を立ててはじけ飛んだ。と、同時にバーレントが握りしめていた剣が一瞬のうちに粉砕され、風にひらひらと舞って夢のように消えて行った。
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