第87話 氷の刃
「そうだな。私かレープ卿のいずれかが剣を落とした時点で戦闘不能として、勝敗を定めようか」
バーレントはルーファスと向き合うとルールを提示した。ルーファスの後ろに控えるレンナルトとハンスを見ると「人数も揃えようか」と思いのほかフェアなことを口にした。
「どうかしたかな?」
バーレントの提案に意外な顔をしたルーファスに、バーレントは微笑んだ。勝負の前とは思えない穏やかな笑みだった。
「もっと卑怯な手を使うとでも?」
「いえ」
「仮に君はイザベルの婚約者だ。しかも、セレフィード王国の公爵家のご子息に、私がそんなことをするわけがないだろう」
そう微笑むバーレントの言葉は、額面通りに受け取ることはできなかった。
「そうだな。ただ、レンナルト殿もハンス殿も相当な腕前だと聞くし、君たちは魔法も使えるだろう?」
「別に俺はこのままでもいい」
ルーファスが答える前に、レンナルトが口を挟んだ。
「そうかな?」
「レンナルト……」
「魔法を使われてフェアじゃない勝負だったなんて言われても嫌だ」
「だからと言って」
(バーレントの後ろに控える私兵たちは、魔法を使えなくとも剣の腕前は相当なものだろう。減らして貰えるならその方が良いのに、全くレンナルトは……)
ハンスもレンナルトの単純さに呆れつつも、特に異論はないようだ。
(まあ、《たすく》もいるし。人数を合わせると言われると、微妙だと言えば微妙ではあるが)
ルーファスは小さくため息をつくと、「このままで構いません」と答えた。
「そうか。それは申し訳ないな」
バーレントはレンナルトの性格を読んでいたのだろう。こうなることを予想していたような顔で剣を構えた。
「では、始めようか」
その言葉を合図に、バーレントが力試しとばかりにルーファスに向かって思い切り太刀を振るった。ビュンッと風を切る音がする。自分の顔スレスレにバーレントの剣が振り下ろされた。ルーファスがどう避けるかも見切っているようだった。
「剣の稽古は馬鹿らしいと思うタイプかと思ったが、何、中々の実力じゃないか」
ルーファスはバーレントの剣をすんでのところで交わし続けていた。躱し続けるばかりで、ルーファスから攻撃をしかける隙はない。防戦一方ではあったが、ルーファスの実力はひとまず及第点ではあったらしく、バーレントを喜ばせた。
(馬鹿にされている)
“戦闘狂”と言われるだけある。バーレントは、剣を振るい始めた瞬間、目の色が変わった。社交の場では死んだようだった瞳の色が何だったのかと思うほど、明確に喜びの色が宿った。
「しかし、守りばかりというのもどうだろう」
バーレントはルーファスに攻撃の隙を与えないスピードで追い詰めながら、ルーファスを挑発した。魔法を使おうにも、バーレントの攻撃に隙がない。レンナルトやハンスはバーレントの後ろに控えていた私兵たちを相手にしてくれていた。フォートレル侯爵家の私兵はさすがの実力者揃いのようだった。《たすく》は二人の後ろから魔法で援護し、なんとか3人で私兵たちを抑えてくれていた。そのおかげで、ルーファスはバーレントに集中することができた。
「よそ見をしている余裕はあるのかな?」
バーレントは正面からルーファスに切りかかった。とりあえず剣で抑えたが、あまりの力に腕がジンッと痛む。
(どんな怪力だ……)
「白霜よ、刃に宿れ。《フロスト・インヴォーク》」
一瞬にしてルーファスの剣が白く曇り、硬化した。表面に薄い氷膜が走り、キィンと張り詰めるような音が響いた。
「素晴らしい!」
バーレントは硬化し冷気をまとった剣を目にし、興奮したように叫んだ。
(何が楽しいんだ。馬鹿にしているのか……)
バーレントはルーファスが使った魔法に興奮しているのか、跳ね飛ばされたにも関わらずニヤニヤと笑っていた。ルーファスはバーレントを気味わるく思いながらも、隙ができたバーレントに畳みかけるように攻撃をしかけた。
「凍てつく理よ。我が意に応じる氷の刃となれ。《グレイシャル・アウェイク》」
氷に包まれ拡大化した剣を握り、ニヤニヤ笑ったままのバーレントへと思い切り振り下ろした。氷の刃と化した剣は、触れただけでも相手の剣を通じて身体を凍らせていく効果があった。バーレントを切りつけることはなくとも、剣に触れるだけでもダメージを与えることができる。
しかし、ルーファスの《氷の刃》をバーレントは見事に弾いた。しかも、剣を交えることすらなかった。一瞬何が起こったのかが分からなかったが、バーレントに攻撃をしようと飛び込んだルーファスの身体が、思い切り跳ね飛ばされていた。それはまるで、バーレントの周囲に結界魔法でも張られているようだった。
(どういう……)
跳ね飛ばされた身体を空中で立て直し、ルーファスはバーレントから距離を取りながら態勢を立て直した。遠くから見るバーレントは、ゆらりと立っていた。
(そういうことか)
『この魔道具の効果は、無効化だけではないのです』
オフェリアの言葉が蘇った。バーレントは笑いを噛みしめながら、距離を取ったルーファスに向かって距離をつめた。そして、楽しそうにルーファスの詠唱を真似た。
「凍てつく理よ。我が意に応じる氷の刃となれ。《グレイシャル・アウェイク》」
先ほど使ったルーファスの魔法を、バーレントは今度はルーファスに向かって繰り出した。ルーファスは慌てて身体を避けた。バーレントの剣は、地面を叩いた。そして、その地面は見事に凍り付いた。その様子を見て、バーレントはいかにも愉快そうに笑った。
「これが魔法の力か!」
バーレントは何かに取りつかれているかのような顔をすると、嬉々とした目でルーファスを追った。魔法の効果を試したいのか。ルーファスを真似るように、同じ詠唱を繰り返し、ルーファスに切りかかった。
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