第86話 賭け
「君も水臭いじゃないか」
「まさかお見送りをしてくださるとは思わず、大変失礼いたしました」
ルーファスは、何も言うなというように、イザベルとバーレントの間に入った。
ルーファスとバーレントは、社交の笑みを浮かべていた。
しかし、その笑顔も言葉も上辺だけのものなのは誰もが分かっていた。
その証拠に、バーレントの背後にはフォートレル侯爵家の私兵たちがずらりと10名は並んでいた。私兵たちもバーレント同様に甲冑を身に纏っていた。私兵を引き連れたバーレントの行動は、国命ではない。少なくとも表立っては。
通用門付近は、国境を越えようとしている人たちで賑わっている。
「お別れも名残惜しいですが、帰りの時間もございますので」
そういうとルーファスは馬車をチラリと見た。
「それは残念だ。レープ卿、急ぎのところ足止めするようで悪いが、馬車の中を見せてもらっても?」
ルーファスは片眉を釣り上げた。
「何かありましたか?」
ルーファスは惚けて見せたが、内心は「やはりな」と思っていたし、バーレントも恐らくは全てを知った上で自分たちに接触しているだろうことは察していた。
(狐と狸の化かし合いだな)
「実は私の所有する療養所で、今日火事があってね」
「それは……。大変ですね」
「ああ。しかも、避難したはずの利用者が行方不明なんだ」
フォートレル侯爵の表情に、心配の色は浮かんでいない。
むしろ、こちらを試すような、愉快そうな視線を向けている。
「そうですか。それは大変ですね」
「療養所には見慣れない人物の目撃もあって、誘拐された可能性が高いと見ていて、捜索中なんだ」
「それは、心中をお察し致します」
「火事についても、その人物の仕業かもしれないと思ってね」
「恐ろしいですね」
「ああ。まるで魔法のように、燃え広がったようだよ」
「そうですか」
ルーファスは、にこりと微笑んだ。が、フォートレル侯爵の求めに応じるつもりはなかった。
(だが、ここで引き下がるとはとても思えないな)
「馬車の中を見せてもらうことはできないのかな? 娘とも懇意にしていた使用人なんだ」
「申し訳ございませんが、急いでおりますので」
「それは困るな。いくら娘とは言え、このまま国に帰すわけには」
フォートレル侯爵が話し終わる前に、馬車からレンナルトが降りて来た。
「ルーファス、何をしているんだ」
「おや、ご友人も一緒だったのか」
レンナルトに続いて、ハンスも馬車を降りた。
フォートレル侯爵は、二人の姿を見てにやりと口の端を上げた。
「赤髪の男に、オッドアイズの男か」
「私の友人たちが何か?」
「いえね。療養所で目撃された見知らぬ人物の特徴と一致すると思ってね。貴殿の国と違って、この国では赤髪は珍しい。ましてやオッドアイズなど、そうそういるとは思えない。見知らぬ人物の特徴にあまりに一致するものだから」
「この男がイザベルの親父か」
「レンナルト、口を慎め。フォートレル侯爵だ」
「レンナルトというと……。レンナルト・ギーツェン殿かな」
フォートレル侯爵は、レンナルトに微笑みを浮かべた。
「火魔法が得意だという話はよく聞く。そちらは、ハンス・ブリーゲル殿かな」
「さすが。よく調べているんだな」
レンナルトは、フォートレル侯爵に好戦的な目を向けた。
「もちろん」
敵となる人間についての調査は、欠かさない。
そのセリフにはそんな言葉が続くような気がした。
「なあ、もうこんな茶番はやめないか」
レンナルトは腰に下げた剣の柄に手を触れていた。
「ははっ! 君と違ってずいぶん素直なお友達なんだな」
「お言葉ですが、私も素直な人間ですよ。……あなたと違って」
ルーファスは初めてフォートレル侯爵にはっきりとした敵意を向けた。
その瞳を見て、フォートレル侯爵は愉快そうに喉を鳴らした。
「思ったよりも、面白い男だな。そうだ。勝負をしないか? 君たちが勝ったらこのままお帰りいただいても構わない。でも、私たちが勝ったら、君の友人たちに尋問する許可と、馬車の中も確かめさせていただく」
イザベルがルーファスの背をキュッと掴んだ。バーレントがロクなことを考えていないことは、ルーファスとて分かっていた。しかし――。
「お断りをしても、無駄なのでしょう?」
フォートレル侯爵はにやりと笑った。
通用門から少し離れた森へと移動すると、フォートレル侯爵とルーファスは向き合った。10名ほどの私兵を引き連れたフォートレル侯爵は数の上では上回っていた。しかし、レンナルトは若手騎士の有望株であるし、ハンスは他国にもその名が轟くほどの魔導士だ。《たすく》の力も借りるとなると、経験値や数の上では差はあるものの、戦力に大きな差はないようにも思えた。
(妙な指輪はしていないな……)
ルーファスの頭の中を読んだように、耳元で『変な指輪はつけていないみたいだよ』という《たすく》の声が聞こえた。バーレントの手前、姿は見せないが、ルーファスが考えている通り《たすく》も一緒に戦うつもりでいた。
《たすく》が言うにはバーレントも、私兵たちも、あの魔道具は装着していないようだった。
(だったら魔法は使える)
心配そうなイザベルのことは、ひとまず馬車内に隠れるアビーたちと共に後ろへと下がらせた。馬車の中に避難させたかったが、イザベルは首を縦に振らなかった。ただ、馬車の脇で祈るように、ルーファスたちを見つめていた。
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