第84話 国境
「それにしても、あなたが一人で馬に?」
「ええ……まあ。大人しい馬でしたから、なんとか」
「そのお仕着せは一体どうしたんです?」
フォートレル侯爵家から離れていくと、ルーファスは段々と疑問が湧いたようだ。
馬上ではさながら尋問のようなルーファスの質問に答えていた。
「助けられた」と言ってくれたにも関わらず、慣れない剣を使うことの危険性を滔々と説かれていた。
「私だってそれは分かっていますけれど……。アビーのことも、ルーファス様のことも、どちらも助けるにはこの方法が良いと思ったのです。一人と言っても、《たすく》も助けてくれていますし」
『そうそう。ルーファスが役に立たないから、僕が頑張ったんだから!』
「役に立たない……」
「《たすく》それは言い過ぎよ」
『え? そうなの? だってさ、ルーファスがそもそもあの子に捕まっちゃうから』
《たすく》の言葉に傷ついていたルーファスは、自分の非を素直に認めた。
「分かっています!!! 私が悪かったことくらい。それは本当に申し訳ありませんでした。イザベルのことを考えて……油断を、してしまって」
最後の方はごにょごにょと言いわけのように言った。
(私のことを考えてって聞こえたけど……)
イザベルはチラッと後ろのルーファスを振り返った。
ルーファスは口をへの字に曲げていたが、目の下が赤くなっていた。
「イザベル、後ろを向くと危ないですから!」
イザベルは慌てて前に向き直った。
(ルーファス様、もしかして……照れている? 私のことを考えて油断したって……それって……)
イザベルは思わず口元がニヤニヤと緩んでいた。
(いけない。こんなときに、私……。何を考えているの?)
まだアビーにも再会できていない。セレフィード王国にも戻れていない緊張感を保つべき場面で、恋愛脳に陥るわけにはいかない。
(もっと緊張感を持たないと)
そう思おうとする反面、ルーファスに会えた喜びやルーファスからの思わぬ愛情に、心が震えてしまうのも事実だった。
国境が近付くに連れて、兵士たちの姿が増えていた。行きも同じような風景だった。自分たちは正式に入国している。オフェリアに誘拐はされたが、こちらに非があったわけではない。正式な出入国の場で、イザベルたちを足止めする理由はないはずだ。アビーの出国だけは心配ではあったが、彼女一人くらいは使用人たちの中に紛れ込ませる手筈は整っていた。
アビーの療養所付近から煙が昇るのが馬上からも見えた。少なくとも小火騒動は起こせたということだろう。フォートレル侯爵家では妙な魔道具で魔法を制御されていた。
(療養所では魔法を使うことができたのだろうか)
仮に魔法を使えなかったとしても、レンナルトなら騎士として腕も一流だ。ハンスから魔法を取るとどうなるのか、イザベルは知らなかったがそもそも彼だって「隠しキャラ」なのだ。何か別のチート能力を持って行ったっておかしくない。
(あれだけ自信満々だったし。ルーファス様だって大丈夫だって言っているわけだし)
きっと大丈夫なのだろう。そう頭では分かっている。でも、自分の目で確かめることができないとすぐに不安は頭をもたげる。
国境の兵士たちから見えないように、茂みに隠れながらレンナルトたちの馬車を待っていた。ルーファスはそっとイザベルの手の上に自分の手を重ねた。重ねられたルーファスの手は、大きく指が長かった。
(意外とゴツゴツしていて……レンナルト様と剣の稽古をされているというのも頷ける。刺繍をしているときは、すごく器用に動いていたけれど)
「どうかした?」
気付くとまたルーファスのことを考えてしまっていた。先ほどから、アビーたちのことと、ルーファスのことが交互にイザベルの頭を占めていた。その二つのことの温度差が激しく、自分でも頭が混乱してしまいそうだ。
「な、なんでも、ありません。……そういえば、ルーファス様、魔法制御の魔道具のことですけれど」
「ああ。以前似た魔道具を見たことがあるが、それは何度か魔法を跳ね返すことができたが数回魔法を跳ね返すと、すぐに壊れて効果を失っていた」
「そうなんですね」
「だが、あのオフェリアや間者がしていた指輪型の魔道具は、何度も私の魔法を跳ね返していた。いや、跳ね返すというか、吸収されていたというか……」
『僕もそんな感じしたよ!』
ルーファスの考察に《たすく》が力強く同意した。
「やっぱり」
『僕も屋敷内で何度も魔法を使ってみたけど、全然効かなかった。跳ね返されているっていうよりも、魔法を発動するとスーッと何か力を奪われてしまうような……』
「あの屋敷には、指輪以外にも魔道具を設置していたのかもしれないな。屋敷内は強力な結界の中にいるように魔法を使うことができなかった。それと……」
ルーファスが嫌なことを思い出すように、渋い顔をした。
「どうか、なさいました?」
「いや……。オフェリアが、魔道具の効果は無効化だけではない、と言っていたのも気になって……」
「無効化だけではない?」
「ああ。結局その力が何かまでは分からなかったんだが……」
(オフェリアが、あのまま素直に引き下がるとは思えない。何か、別の罠でも仕掛けているのだろうか……。もしかして、アビーの方にも……)
中々現れないアビーたちに、イザベルは焦れていた。
イザベルの不安を拭うように、ルーファスは重ねた手を優しく握った。
ルーファスは、イザベルの変化を敏感に察知してくれる。
その手の温もりは、何度も「大丈夫だ」と言っていた。
(こんなに優しくされると……ルーファス様がいなくなったら、やっていけなくなりそう)
新たな不安が頭をもたげてルーファスを見上げると、「そんな不安は端から必要がない」というように微笑した。ルーファスの微笑に、イザベルの胸はドクンッと鳴った。
(なんだか、さっきから心の内を読まれているよう……)
イザベルがルーファスにドギマギとしていると、ルーファスがふと指を指した。
ルーファスが指した方を見ると、手配した馬車と同じ形のものがこちらに向かって走って来るのが見えた。用意した馬車はなるべく目立たないよう、一般流通品にした。だから、他の人の馬車かもしれない。しかし、こちらに向かって来る馬車には、何かの目印のように結び付けられた数枚のハンカチがひらひらと風になびいた。
「あのハンカチ、イザベルのものじゃないか?」
この距離からは、刺繍なんか確認できない。
でも、ルーファスが言うように、あのハンカチは私が大量に生産した謎刺繍のハンカチのような気がした。
「でも、なんで私のハンカチを……」
あれはルーファスだけが大量購入した、ある意味レアものだ。
「いや……。ジゼル嬢に強請られて、何枚か彼女に分けたんだ」
「え!?」
(あんな……刺繍が秘密裏に……)
馬車が近付いて来ると、ハンカチの刺繍が見えた。
《たすく》がパタパタと馬車の方へ飛んで行くと、《やっぱり、うさぎの刺繍ハンカチだ!》というと、馬車の中を覗いた。
《大丈夫。みんな揃っている!》
《たすく》がそう言いながら、イザベルの方へと飛んで来た。
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