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第81話 古参の使用人

(さて、これからどう入るか……)


イザベルは茂みの中に隠れながら、屋敷を見上げた。

ルーファスが乗っていたという馬車が、屋敷に戻っていることは《たすく》が確認してくれた。カーテンが開いている部屋には、ルーファスの姿は見えないようだった。


(屋敷内にはルーファス様はいるんだろうけど……。どこに連れて行ったのだろう)


応接室や客間、オフェリアやイーデンの私室もまだカーテンが閉じているようだった。


(まさか地下牢になんてことは……)


フォートレル侯爵家には元は貯蔵庫として利用していた地下牢もある。父にとって都合の悪い人間が見せしめとして監禁されることが時折あった。イザベルが子どもの頃、継母に入れられたこともある。


(あのときはアビーが気付いてすぐに出してくれたけれど。まさかルーファス様を地下牢に閉じ込めるなんてことは……)

《イザベル、あそこから入る?》


使用人たちが出入りをしている勝手口が開いていた。イザベルと《たすく》は勝手口の方へ近づいた。朝餉の準備中なのだろう。使用人の出入りはあるものの、バタバタと忙しそうに準備をしている。ここは他の出入り口とは違い、私兵もいない。イザベルは使用人たちの様子をよく観察し、そっと勝手口からそっと侵入し、誰もいない作業台の下へとひとまず身を隠した。作業台の下から屋敷へと続く出入口を確認した。使用人たちは一様に作業に集中しているようだった。使用人たちの話を聞いていると、急遽朝食を客人向けにグレードを上げるようイーデンが指示したようだった。


(客人ということは……やっぱりルーファス様はここに。朝食のグレードを上げさせているくらいなんだから、地下牢ってことはないわよね)


「しかし、なんで急に客人なんて……。そんなこと言ってなかっただろう」

「黙って準備をするんだね。余計なことを言うと奥さまから仕置きをされるよ!」

「はいはい。分かりましたよ」


ぶつぶつと溢す料理人を、別の使用人が咎めた。聞き覚えのある声だった。作業台からそっと声がした方を見ると、彼女は古参の使用人だった。アビーが施設へ行ってから、この屋敷でイザベルに声をかける使用人はいなかった。ドリスも含め、イザベルとの関わりは必要最低限で済まされていた。


(彼女は、食事係の……)


聞き覚えのある女性使用人の声は、イザベルの食事を運ぶ係だった。家族との食事を許されていなかったイザベルは、部屋で食事を取っていた。彼女はイザベルの部屋に食事を運んでくれた使用人の一人だった。特に会話らしいものを交わしたことはない。ただ「お食事はこちらです」と、イザベルの私室に食事を用意してくれていた。彼女の顔を見て、あのときのことを思い出していると、彼女と目が合った、気がした。イザベルは慌てて身をさらに縮めた。


(ま、まずい……)


彼女は気が付いただろうか。


(どうしよう)


心臓がバクバクと鳴った。ところが、目が合ったと思った彼女が再び料理人の方へと向いた。


「ジョージ、遅れないように頼むよ! 私は部屋の準備をするから」

「分かったよ」


ジョージと呼ばれた料理人が、渋々返事をしながら作業の手を早めた。そして、彼女はイザベルが身を隠している作業台の方へと一歩、また一歩と近付いて来た。イザベルの頭上でドンッと音が響いた。


「アンタ、その作業が終わったら芋の皮むきも頼むよ!」


彼女は別の使用人にそう声をかけると、イザベルが出ようとしていた屋敷へと続く扉を開けた。――そして、彼女は扉を閉めずに部屋を出て行った。


《イザベル、いまだよ!》


《たすく》に言われたタイミングでイザベルはさっと作業台の下から飛び出た。身を低くしながら彼女が開けたままにした扉へと慎重に歩を進めると静かに扉を閉めた。屋敷の廊下は静かだった。食堂へと向かう彼女の後ろ姿以外は、何もなかった。小走りに食堂へ向かっていた彼女は、伸びをするように大きく腕を上げた。そして、上げた腕は上を指さしたかと思うと、ゆっくりと元の姿勢へと戻った。


(今の……)


今度は廊下の角にあるランドリールームの扉をそっと開いた。扉の隙間から見ても、誰もいないようだった。イザベルはランドリールームに置かれた誰かのお仕着せを手に取って、着替え始めた。


(屋敷内を歩くなら、お仕着せの方が目立たなくていいわ)

《さっきの人、ルーファスが、上にいるって教えてくれたみたいだったね》

(うん……。どうしてだろう)


私がいたことをわざと見逃したことが発覚でもしたら、彼女も仕置きをされるだろうに。


《どうしてかは僕にも分からないけど、イザベルには気づいていたから、逃がしてくれようとしたんだと思うよ》

(うん……)


イザベルはコルセットに仕込んだ短刀の位置を確認した。

彼女とは特別な交流があったわけではない。


(この屋敷にいたとき、私が誰かに感謝されるようなことをできたことは一度もない。ただ、邪魔にならないように、息をひそめるように生活をしていただけなんだから……)


イザベルは、自分を見逃してくれた使用人に複雑な心情を抱いた。


(でも、いまは感傷に浸っている場合じゃない)


イザベルはキュッとエプロンのリボンを後ろ手に結んだ。


(上にいるってことは、客間の可能性が高いわ)


お仕着せに着替えたイザベルは、ランドリールームの扉を開け二階への階段を上がった。正面階段付近には私兵が警備していた。が、洗濯用の大きな籠で顔を隠しながら軽く挨拶をして通り縋れば、特に不振に思う様子もなく呼び止められることもなかった。緊張でうるさくなる心音を感じながら、客間へと急いだ。客間の扉の前に立ち、辺りを見回した。早い時間ということもあってか、使用人の動きもなかった。そっと扉を開けると、わずかに光が差し込んだ。ルーファスの薄茶色の髪がチラッと見えた。


《ルーファスだ!》

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