第80話 屋敷への侵入
《イザベル、大丈夫?》
「う、うん。なんとか……」
レンナルトに一番大人しい馬を選んでもらったが、やはり久しぶりの乗馬は楽ではない。馬の振動に合わせて、上体が上下に振動する。しかも、コルセットに仕込んだ短刀が、振動に合わせて擦れる。
(でも泣き言なんて言っていられない)
イザベルとて、自信満々で単騎で乗り込むわけではない。レンナルトの心配も、忠告も、よく分かってはいた。
(でも、ルーファス様を連れ帰るときだって、馬車でのんびり逃げるなんて有り得ないし)
魔法を使えないイザベルは、馬に乗るしか方法がなかった。
(風魔法とかが使えたらな。ああ、今更ながらロザリン様のチート能力が羨ましい)
《イザベル、風魔法使いたいの?》
(え? 使えるの?)
《使えるけど》
「えっ!?」
突然のイザベルの大声に、馬が驚いて鳴いたかと思うと急に止まってしまった。
「あ、ごめん……」
イザベルは馬を落ち着かせるため、レンナルトに言われた通り首筋を優しく撫でた。
馬は少し落ち着きを取り戻し、再びゆっくりと走り出した。
(それで、《たすく》風魔法でビュンッて行けるの?)
《行けるけど。馬は連れて行けないよ》
(なんで出発するとき教えてくれないのよぉ)
《馬に乗りたいのかと思って》
(そんなわけ……。いや、ごめん。私が言わなかったから悪いのよね)
《馬に乗りやすく調整してくれるように話そうか?》
(話せるの!?)
《たすく》が馬に語りかけると、馬は慣れないイザベルのリードに合わせてくれるようになった。
(すごい。乗りやすくなった)
《優しい子だからね》
(《たすく》がいてくれて助かった)
《任せてよ。僕がイザベルを守るって言ったでしょ?》
《たすく》は誇らしげにそうイザベルに言った。
(そうだ。《たすく》は、最初から私を……。ハンス様が持ってきた資料を読んでも、《たすく》が凄い精霊だということは間違いなさそうだ。でも、《たすく》は一体なんで私に力を貸してくれているのだろう?)
イザベルはなんとなく受け入れていた《たすく》という存在を、改めて不思議に思った。イザベルの内心は《たすく》には筒抜けだ。ハンスの問いには答えなかった《たすく》だったが、イザベルの問いには《たすく》は答えた。
《イザベルに会いたかったって言ったじゃないか》
《忘れたの?》と少しふくれっ面をした。
(そうだ。《たすく》は婚約式のときも、《会いたかった》って……。あのときは記憶が混在していたから分からないんだと思っていたけれど)
前世の記憶が戻ってから、大分イザベルの記憶も、心も整理されていた。
(でも、《たすく》と出会った記憶は……)
イザベルの内心を知りながらも、《たすく》はどこで出会ったかは教えてはくれなかった。もうこの話はおしまいというように、《たすく》は《ルーファス、大丈夫かなぁ》とイザベルに語り掛けた。よく口論をしている二人ではあるが、なんだかんだで気が合うところもある。《たすく》もイザベルに頼まれたからというわけではなく、ルーファスのことを助けに行きたいようだった。
(ルーファス様なら、なんとかしてくれているとは思うけど)
茶会に急に招かれたことを考えると、イーデンか、オフェリアか、それとも二人ともなのか。馬を走らせながら、イザベルは頭を整理していた。
(少なくとも、父が直接手を下しているとは思えない)
『そうなの?』
(こんな外交問題に発展しそうな、荒っぽいことは……)
『ふうん』
フォートレル侯爵は、戦闘狂と言われている。しかし、だからと言って万事荒々しいやり方を好むわけではない。飽くまでも、政治的なルールや体面は守る人ではある。
(だからと言って、話が通じるかというとそれは別ではあるけど)
思い出したくもない父の顔を思い出したとき、フォートレル侯爵家の門が小さく見えて来た。屋敷の裏手にある森は鬱蒼と生い茂り、異様に威圧的な屋敷を一層不気味に見せていた。
(門の付近には私兵がいるだろう。裏から様子を伺おうかと思っていたけれど)
屋敷から十分に距離を取ったところで馬を降りた。
《たすく》に頼んで、馬にはここで待っていてもらうこととした。
(ここからは、歩いてなるべく目立たないように忍びこもうと思っていたけれど……)
「《たすく》、風魔法を使ってこっそり屋敷の塀を超えることって……」
《任せて!》
《たすく》の小さな手がイザベルの身体に翳されると、ふわっと身体が持ち上がった。
(すごい!!! こんなときだけど……空を飛ぶことができるなんて)
優しい風に包まれてふわりと浮かび上がったかと思うと、《じゃあ、行くよ~》という《たすく》の声とともに急に突風のような風が巻き起こった。
(待って、これってまさか……。あのときと同じ!?)
いつだかと魔法の授業のときの突風以上の風に乗ると、一瞬のうちに屋敷の塀の中に移動していた。謎の突風が吹き荒れたことに、裏門を警備していた私兵は驚いているようだった。
「痛た……」
イザベルは突然茂みに落とされた。
(身を隠すことは配慮してくれたみたいね……。髪の毛、縛って貰っていて良かった)
今回はあのときのように四方八方に髪が乱れるということはなかった。
《イザベル、バッチリでしょ?》
《たすく》は褒めてほしいのか、小さな胸を誇らしげに張っていた。
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