第79話 ルーファス様を救出へ!
「剣って、イザベル様がお使いになるのですか?」
ジゼルが驚きに口元を抑えていた。
「フォートレル家は武家の家ですから。と言っても、子どもの頃に少しだけですけれど」
オフェリアたちが現れる前は、フォートレル侯爵家の私兵が遊びがてら教えてくれることがあった。母はおっとりした人で、「令嬢がそんなことを」という人ではなかった。
(いま思えば、こういう家だから、自分の身を守るために多少の護身術を身に付けた方が良いと思っていたのかもしれないけれど)
オフェリアたちが現れてからは、面白がったオフェリアの命令なのか、剣を習いたてのヘイデンがよくイザベルを練習相手に挑んで来ていた。今は大柄のヘイデンも、あの頃はイザベルと体格もそんなに変わらない――むしろ、イザベルの方が少し背が高かったくらいだ。だからか、意外と互角な戦いをしていたのだ。あの頃は。
(今はさすがに勝てる気なんて、しないけど)
「レンナルト様の大切な剣をお借りするのは忍びないのですが、私は魔法も使えませんし。ルーファス様がどういう状況か分からない中、丸腰で行くのも」
レンナルトは理解が追い付かないとばかりに頭を掻きむしった。
「あーーっもう!!! 本当に大丈夫なのかよ。剣なんか貸すのは全然構わないけどっ」
「レンナルトくん、もう、あれこれ心配しても仕方がないんだよ。腹をくくって《たすく》様にお任せするしかない」
「イザベルになんかあって、ルーファスにあれこれ言われるのは俺なんだよ」
「そうなったときは、みんな無事だったときなわけだし、ルーファスくんの小言くらい耐えるしかないさ。それにしても、君も結構楽観的な観測だね」
「そりゃ、負けるなんて露ほども思っていない!」
レンナルトは自信を瞳に宿らせた。
根拠のないレンナルトの自信に、空気が緩んだ。
「だったら良いじゃないか」
「だけどさ」
レンナルトはまだ何かブツブツ言っていたが、観念したように自分の荷物から短剣を出した。短剣と言えど、久しぶりに持つ剣は思った以上にずっしりと手に沈んだ。イザベルに短剣を握らせながらも、レンナルトはまだ心配そうな顔をしていた。
(「重い」とでも言おうものなら、「だから言っただろう」と引っ込められそうだ)
イザベルはレンナルトから受け取った剣をぎゅっと握りしめて、レンナルトに笑って見せた。
「ありがとうございます。このサイズなら隠して持てます」
「分かってはいると思うが接近戦でしか使えない。いざというとき以外は」
レンナルトが言い終わる前にイザベルは頷いた。
「無理はしません。《たすく》もついて来てくれますし」
『大丈夫だよ。僕がイザベルを守るから』
「頼むぞ」
『任せて~』
レンナルトから借りた剣は、ドリスがイザベルのコルセットの内側に仕込んだ。
ハイウエストのスカートの中に隠れるようになっている。
部屋の窓から朝日が差し込んで来た。静寂に包まれていた宿内にも少しずつ朝の気配を感じる。昨夜の雨でどんよりとした雨雲に覆われていた空にもわずかな光が差し込んでいる。
イザベルはいつもよりも重いスカートに、身を引き締めた。
「ドリス」
「はい」
「必ずアビーとこの国を出るわよ」
「……はい」
ドリスの声は震えていた。
「では皆さん、ドリスとアビーのこと、よろしくお願いいたします」
イザベルは護衛騎士の馬にひらりとまたがった。「馬で行くのか?」とレンナルトが再び難色を示したが、ジゼルが説き伏せてくれた。
(馬車でのんびり行っている場合じゃないもの)
「お嬢様」
ドリスが固い声で、騎乗のイザベルを呼び留めた。
イザベルが振り返ると、揺れるドリスの瞳と目が合った。
「お嬢さま。……どうか、お気をつけて」
迷った末に、ドリスはどう言ってイザベルの手をそっと握った。
イザベルはドリスに向けて口角を上げ、馬の手綱を軽く張り、かかとで馬のお腹をポンと叩いた。よく訓練された馬は、初めて乗せるイザベルの指示にも大人しく従い、走り出した。雨上がりの空には、うっすらと虹がかかっていた。
(ルーファス様、どうかご無事で……)
◆◆◆
「とりあえず、足の縄を解くように言ってくれないか」
態度を軟化させたルーファスは、オフェリアにそう頼んだ。
オフェリアは優雅に朝からお茶を嗜んでいた。
目の前にいるお茶の相手が、両手両足が縄で縛られていなければ、絵になることだろう。
わずかに差し込んだ朝の光が、オフェリアに美しさを際立たせていた。
「あら。解いてしまって、どこかへ行かれてしまったら困りますもの」
「だったらこの部屋に鍵をかけておけばいいだろう。魔法も使えないのだから、鍵をかけられたら部屋から出ることもできない」
「でも」
「オフェリア、こんなことを淑女に言いたくはないが、この状態ではトイレへ行くにもこの男に抱きかかえられて介助されなければいけない」
ルーファスの真後ろにはヘイデンが黙って立っていた。
「同じ男として、これ以上ない屈辱だ。君は夫となる男に、そんな屈辱を味合わせたいのか」
「あら。もう私との結婚を考えてくださいましたの?」
「それは私の一存では何とも言えないが、少なくとも私は夫に屈辱を与えるような人を妻にもらいたいとは思わないよ」
ルーファスはそう言って、優雅にほほ笑んだ。
(オフェリアが好きだという自分の顔を存分に生かすしかない)
オフェリアはルーファスが微笑んでみせると、年頃の少女らしく少し頬を赤らめた。
「君の方に行こうにも、これじゃあ起き上がれもしない」
「あら。私の方に?」
「皇太子殿下は、君の横には座らなかった?」
「横? ええ、お座りにはなりませんでしたわ」
「私は皇太子殿下とは違う。妻とは片時も離れたくない」
ルーファスは反吐を吐きたくなる思いで、ロマンス小説で聞きかじったようなことを囁いた。
(本当に何が役に立つか分からないものだ)
ルーファスは心の内で嘆息しながら、ロマンス小説に出て来そうな男を演じ続けた。
さすがに中々願いは聞き届けられはしないものの、オフェリアは満更ではないようだ。うっとりとした目でルーファスを見ていた。
(こういうところは、普通の反応なんだが……)
「オフェリア!」
部屋の外が少し騒がしくなったかと思うと、イーデンが勢いよく扉を開け放った。ノックなしで扉を開いたイーデンの目に飛び込んで来たのは、縄で拘束されたルーファスだった。
「お母さまったら、ノックぐらいしてくださらないと」
オフェリアは微塵も驚いた様子もなく、お茶を飲みながら窘めた。
イーデンはルーファスを見て瞠目している。
(どうやら私の誘拐はオフェリアの単独行動だったようだな)
「オフェリア、一体どうしてルーファス様がここに?」
「お母さまだっておっしゃっていたでしょう? ルーファス様の婚約者に相応しいのは私の方だって」
イーデンはオフェリアの言葉に少しルーファスの反応を気にしていた。
「そ……それは、そう思っていますけれど」
「お母さまがお話を進めてくださらないから」
「だからって、あなた」
「お父さまも好きにしたら良いと言ってくださいましたし」
「あの人が?」
「ええ」
イーデンが複雑な顔をしながら納得しかけた瞬間、外から慌ただしい物音が響いた。
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