第8話 小公爵とのお茶会
離宮に馬車が止まり、イザベルが下りるとルーファスが手を差し出した。《たすく》に言われなくても分かるほど怒り顔だったが、エスコートはしてくれるらしい。さすがは小公爵というか。エスコートのために取った手が、馬車から降りた瞬間、ぐっと引き寄せられた。
――えっ……!?
顔を上げると、間近にルーファスの顔があった。慌てて距離を取ろうとしたが、何故か手を離してくれない。
「あの……手を――」
「どこへ行っていたのですか?」
「どこって……」
「今日は一日部屋にいると聞いていましたが、そんな恰好をして……」
ルーファスは、町娘仕様のイザベルの姿を足の先から頭の先まで眺めた。その後、イザベルの後ろで身を小さくしているカーターのことも睨みつけている。
「カーター、お前も一体何をしているんだ。何のために護衛につけていると思っているんだ」
「申し訳ございませんでした」
ルーファスの怒りの矛先がカーターへと変わった。
「ル、ルーファス様。カーターは悪くないのです。私が無理にお願いをして」
カーターとルーファスの間にイザベルが立った。その瞬間、ルーファスの口元がひくっと動いた。
「……あなたが、何を、カーターに頼んだというんですか」
イザベルは慌てて刺繍の入ったポーチを見せた。
「その、これ……セルフィナの羽根養護院のバザーへ出掛けて……」
イザベルのポーチを、ルーファスは目を眇めて見た。
「クラスメイトに養護院のバザーを教えてもらって、行ってみたくて……。カーターには止められたんですけど、私が無理を……」
「どうして――……! どうして、私に、声を掛けないのです」
ルーファスは眉根を寄せながら、そうイザベルに詰め寄った。
「その……ルーファス様はお忙しいでしょうし」
「今朝は殿下からお茶に誘われたはずです。あなたがこの国に来たばかりですから、私だって婚約者としてあなたをもてなす準備はしていました。養護院のバザーでも、市井でも、あなたが観に行きたいなら私が同行したのです」
(……ルーファス様に同行されるのが嫌だから黙っていたんだけど。そんなことを言おうものなら、火に油を注ぎそう)
「申し訳ございませんでした」
イザベルはルーファスに深々と頭を下げた。ルーファスはそんなイザベルを見ながら、何かをぐっと飲み込んだようだった。
「……――明日は……レープ公爵家へお越しください」
「え? 公爵家?」
「お茶を、一緒に……」
「お茶……」
「妹も、あなたに会いたいようですから」
「そ……そう、ですか」
「カーター、今度はないぞ」
「申し訳ございませんでした」
「あなたの侍女も一体何をしているんだ。主人の様子をきちんと見て置かないなんて。一体どうなっているんだ」
ルーファスは、まだぶつぶつと文句を口にしていた。
◆◆◆
「養護院のバザーねぇ。イザベル様がそういうものに興味があるとは意外だな」
ディオンは、ルーファスの報告を受けて不思議そうな顔をしていた。
「何か探っているのかもしれない」
「養護院で?」
警戒するルーファスに、ディオンは首を傾げた。
「養護院に軍事機密でもあったか?」
「それは……ないが、フォートレル侯爵なら、娘をスパイにするなんて容易いだろう。何か目的があって動いているのかもしれない。それにイザベルの侍女も、主人の不在に気が付かないなんてどうかしているだろう」
「イザベル様がお忍びで行きたがったんだから、気が付かなくてもおかしくないだろう。養護院への訪問も、本当にクラスメイトに言われて興味を持っただけかもしれないな。確かイザベル様と昼食を取っていた二人は、ボランティアクラブの所属だった」
「養護院の活動に興味を持っていらっしゃるなら、お話も合いそうだわ」
ルーファスの妹・イリーナはにこりと可憐な笑顔を浮かべた。イリーナは、ミルクティ色のふわふわの髪に、ルーファスと同じ瑠璃色の瞳をした可憐な少女だ。
「イリーナ、今日の茶会では、それとなくイザベルのことを探ってみてくれ。女性同士の方が警戒せずに話せるだろうし」
そうディオンはイリーナに頼んだ。
「探るって……?」
「“ヴァルハルドの女狐”の正体をさ。ルーファスは警戒しているようだけど、もしかしたら、イリーナと気が合う純粋な女性かもしれないだろう?」
ディオンの言葉を聞いて、ルーファスは何かを打ち消すように「あり得ない」と口にしていた。
約束の時間になると、イザベルはカーターとドリスを引き連れて公爵邸へと現れた。昨日の苦言が効いたのか、本日のドリスは普通の侍女らしくイザベルに付き添っていた。そして、ドリスが準備をしたのだろうか。今日のイザベルは当初の彼女通り――厚化粧に縦ロール、派手なドレスを着用していた。
(昨日の化粧や髪型のほうが似合うと思うが……女性とはそういうものなのか?)
ルーファスはお茶を飲みながら、イザベルの姿をチラッと確認していた。
(アカデミーで見たほぼ素顔の彼女の方が美しかった)
令嬢らしい仕草で、イザベルは静かにお茶を飲んでいた。イリーナがイザベルに用意した菓子の説明などをしていた。セレフィード王国流行の菓子をイザベルは興味深げに口にし、「美味しい」と微笑んだ。
(ディオンとイリーナに同席を頼んで良かった)
先ほどからルーファスは、チラチラとイザベルの姿を盗み見るばかりで特にイザベルと話すことはなかった。自分の話ばかりするだろうと想像していたイザベルは、意外にも多弁なタイプではないということはここ数日で理解していた。かと言って、ルーファスもあれこれ令嬢に話しかけるタイプではない。二人きりだと、また気まずい時間が過ぎたはずだ。しかし今日は、ルーファスに代わり、イリーナやディオンが、イザベルに声をかけてくれていた。
「セレフィナの羽根養護院はどうでした?」
イリーナが話を向けると、イザベルは楽しそうに顔を綻ばせた。
(ふん。笑うと……化粧をしていても、あどけない感じになるんだな)
「子どもたちがとても可愛くて……。支援している貴族の方が提供されている刺繍の小物も素晴らしいものばかりで驚きました。私も何かしたいと思ったんですが、あの刺繍を見ると……」
「イザベル様、養護院でのボランティアを考えてらっしゃるの?」
イザベルはルーファスの様子をチラッと伺いながら、「実は――」と口にした。
「だったら、私も一緒にやりたいわ!」
「え? イリーナ様も?」
「ええ。ずっとやりたいと思っていたの」
「いいじゃないか」
イリーナがそういうと、ディオンも優しく同意した。
「王太子の婚約者が、養護院への支援活動をするのは他への模範になるし。ルーファスもそう思うだろう?」
ディオンがルーファスに話を向けた。
「昨日のように無断で市井へ行くのは関心しません」
「今度養護院に行く際は、必ずルーファス様にご相談しますので」
イザベルは必死にルーファスに食い下がった。そのイザベルの様子にイリーナも同情したのか「お兄さま、私からもお願いします」と一緒になってルーファスに頭を下げた。二人の令嬢に頭を下げられたルーファスはさすがに無碍に断ることができなくなった。
「――……まぁ……、そこまでやりたいのであれば――」
そうルーファスが言うと、イザベルはルーファスにパァッと明るい笑顔を向けた。
初めて向けられたイザベルのはじける笑顔に、ルーファスは胸の高鳴りを感じた。
「ありがとうございます。ルーファス様!」
「いや……別に――。あまり危険な真似はしないでくださいね。あなたはレープ公爵家の婚約者なのですから」
「分かりました! ルーファス様にご心配をおかけしないように頑張ります」
イザベルはそう言うと、花が綻ぶような笑顔を見せた。ルーファスは先ほどからの胸のざわつきが強くなるのを感じていた。
(なっ……なんだ。この――気持ちは……)
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