第7話 休みの日は市井へお出掛け!
「養護施設、ですか?」
アンガスは、イザベルの言葉をなぞるように繰り返した。
昼食はアンガスと、リアと名乗るツインテール女子が誘ってくれ、一緒にカフェテリアへと来た。ディオンも形式的に声をかけてくれたが、必要以上に彼らに関わるのは危険なので丁重にお断りをした。ディオンを迎えに来たルーファスが教室前にいたが、なるべく関わらないように逃げて来た。
《たすく》が言うには、なぜかまた彼は《怒っている》ようだった。《たすく》の話は鵜呑みにはできないが、イザベルから見たルーファスも、機嫌が良さそうには見えなかった。
(今度は何に怒っているのか分からないけど、「触らぬ神にたたりなし」よね)
攻略対象者でも悪役でもない彼らなら、関わっても物語の歯車を狂わせることはないはずだ。
「そう、養護施設とか。子どもに関わるような施設に訪問してみたくて」
イザベルは婚約破棄後の人生のことを考えていた。
ルーファスとうまく婚約解消できたとして、どこで穏やかな生活を送るか、だ。
母国に戻る気はない。
(ルーファスと婚約解消をした私を、あの家族が受け入れるとも思えないし、あんな環境に戻るのなんて考えたくもない)
となると、身分は捨てる覚悟が必要だ。前世は庶民だし平民になることに抵抗はない。しかし、セレフィード王国で何を生業にするかは大切だ。
前世では児童福祉施設の職員だったし、不妊治療もしていた。
(だから、子どもたちが笑っているところを見るだけで、幸せになれる気がする)
できることなら、また子どもに関わる仕事をしたい。
「今度バザーがあるんじゃない?」とリアがアンガスに言った。
「ああ、案内が来てた気がする」
「バザー?」
「はい。街中の養護施設では定期的に支援者を求めるためのバザーをしているんです。ボランティアクラブでも関りがあって」
リアもアンガスもボランティアクラブに所属しているそうだ。今度あるというバザーのチラシはあとでくれるという。
(街中かあ。ゲームでも見たし、一度見に行きたいわ。バザーに合わせて見に行ってみようかな)
《街にお出かけ? 楽しそう! 僕も一緒に行きたい》
《たすく》もリアの話に、うきうきとしていた。
◇◇◇
後日――。
リアにもらったチラシを頼りに、こっそりと離宮を抜け出した。
ディオンにはルーファスとお茶をと誘われたが、「体調が思わしくないので」と断るとそれ以上は声をかけて来なかった。ドリスもイザベルが何をしていようが気にもしていない。町娘っぽい変装でこっそり部屋を抜け出した。たすくも《かくれんぼみたいで楽しい》とうきうき頭に乗っていた。
「イザベル様!?」
誰もいない隙を狙って部屋を出たはずが、護衛騎士のカーターは目ざとくイザベルを見つけた。
(ま、まずい……)
《どうしたの? イザベル、行かないの?》
「カ、カーター……」
「そんな恰好をなさって、どうされたのですか? 今日はお部屋でお休みになると」
「あの、本当はそのつもりだったんだけど」
カーターはイザベルの恰好を見て不審な顔をした。
「まさか、市井へお忍びで行こうと?」
カーターの目が光った。
(すっ、するどい! さすがは公爵家がつけてくれた護衛騎士だわ)
カーターは侍女しか連れて来なかったイザベルに、ルーファスがつけた護衛騎士だ。離宮に住まわせてもらっているわけだし特に必要ないと断ったが、公爵家の婚約者に何かあったらいけないと言われ押し切られた。
「あの、その――……このバザーに行きたいだけなの」
(こうなったら素直に行って、こっそり着いて来てもらうしかない)
イザベルは養護院のチラシをカーターに渡した。
「セルフィナの羽根養護院……」
「今日バザーがあるって、クラスの人に聞いて。行ってみたくて」
「でしたら、ルーファス様にご同行いただいて」
カーターは今にも報告に行きそうな勢いだ。
「ルーファス様もお忙しいでしょう? 私にお付き合いいただくのは申し訳なくて」
「そんなことをおっしゃる方ではございません」
「でも――……その、ルーファス様とご一緒だと護衛の数も増えるし、大事になってしまうから……。養護院の方にも気を遣わせてしまうでしょう?」
《ルーファス、いっつも怒っているしね》
イザベルは必死にカーターに訴えた。
(仕方ない。こういう手は使いたくなかったけど……)
イザベルは困ったように潤んだ目で、カーターに縋った。
「イ……イザベル様……」
目うるうる上目遣い作戦は、真面目なカーターには有効だったようだ。
《うるうる作戦! 面白い。僕も〜》
そういうと、《たすく》はイザベルの頭の上でイザベルの真似をしていた。もちろん、カーターには見えていないけど。
「こっそり様子をみたいだけなの」
「しかし――」
「カーターが着いて来てくれたら、危険はないんじゃないかしら? ね? お願いよ」
職務に真面目そうなカーターではあったが、イザベルのお願いを断ることはできなかった。
◇◇◇
「わあ! すごい!」
《お店いっぱいだね》
車窓から王都アウレリアが見えて来たころから興奮が抑えきれなかった。
どこを見ても完全にゲームで見た世界だった。
イザベルの申し出に困った様子のカーターだったが、イザベルの無邪気な様子に思わず顔が綻んでいた。
セルフィナの羽根擁護院のバザー会場では、刺繍入りのハンカチや小物、お菓子を子どもたちが販売していた。どの商品も芸術的な刺繍が施されていた。
「すっごい刺繍……」
子どもたちが刺繍したものなのかと驚いていると、施設職員が微笑みながら声をかけてきた。
「それは施設の支援をしてくださっているご夫人たちの寄付なんです」
「あ、そうなんですね。とても素晴らしい刺繍なので驚いて……」
《ねえ、イザベル。このお花のが可愛いよ》
(ノブレスオブリージュってことか。刺繍は貴族の嗜みだものね。それにしても凄すぎる)
イザベルは《たすく》が勧めてきた花の刺繍のポーチとハンカチ、クッキーを購入して、子どもにお金を渡した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。頑張ってね」
「はい」
イザベルは膝を折って子どもの目線に合わせて話していた。あどけない笑顔に思わずイザベルも顔が綻んでいた。そして、そんな様子をカーターも微笑ましく眺めていた。
(やっぱり、こういうところで働きたい)
◇◇◇
「カーター、無理を言ってごめんなさい」
帰りの馬車の中で、イザベルはカーターに謝った。
「私になど謝らないでください」
「でも――」
本来貴族令嬢は、騎士に頭を下げるものではないのだろう。しかし、前世の記憶が甦ったイザベルにとっては迷惑をかけたことを分かったうえで謝罪なしというのは居心地が悪かった。
「今回は何もありませんでしたが、今度市井に赴きたいときは黙って行こうとはしないでください。何かありましたら、必ず私が同行しますから」
カーターはそう言って微笑んだ。
「カーター、ありがとう! 実はね、養護院でボランティアをしたいと思っていて」
「ボランティア……ですか」
「これ、さっき買ったものだけど、良かったらカーターに」
そう言ってイザベルはハンカチをカーターに差し出した。
「そんな……私などに。受け取るわけにはいきません」
「あの養護院を支えるためのものだから、カーターにも受け取ってほしいの」
カーターは少し躊躇っていたが、イザベルの気持ちを汲み「大切にします」と受け取ってくれた。
「しかし、ボランティアをなさるということでしたら、今回のように毎回お忍びということには……。養護院へのボランティアは、反対されるようなものでもないとは思いますが」
「そうね。今度ルーファス様にも相談してみるわ」
「はい。きっとご許可をいただけることと思います」
カーターは安心したように、イザベルに微笑んだ。
(どういう反応するか分からないけど、とりあえず相談してみないと)
《大変。イザベル、またルーファスが怒ってるよ》
(え? ルーファス様が?)
車窓から風景を眺めていた《たすく》が慌てていた。
どういうことかと《たすく》が見ていた窓を覗くと、腕組みをしているルーファスが離宮の馬車止めの前に立ち、私たちの乗る馬車を睨んでいた。
(な……なんで、離宮にルーファス様が!)
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