第6話 イザベルの素顔
(こんな格好を登校初日から晒すはめになるとは――……)
ツインテールちゃんに少し髪を直してもらったが、ひどい状況に変わりはなかった。
「イザベルさん、保健室で着替えをして来てください。アンガス、案内してあげて」
「はい」
保健室への案内はアンガスとディオンも同行した。
(攻略対象者にはあんまり関りたくないけど……。王太子として、私の見張り役でも頼まれているのかしら……。それとも、男子生徒と二人で歩くのがまずいとか、そういうこと?)
黙って着いて来る王太子を横目に見た。アンガスはイザベルを案内しながら、しょんぼりと謝罪を口にした。
「――どうして、庇ってくれたんですか?」
「別に庇ったとかでは……。本当に私が考えずに言っちゃったせいだし」
「でも、それは僕が調子に乗ったからで」
「私は魔力がゼロみたいだから、魔法を使えるって本当にすごいなと思ったの」
イザベルはぽつりと本音を漏らした。
(せっかくなら、自分も魔法を使えるようになりたかったけど、こんな間近に見られるだけでも十分だわ)
「こんなことになっちゃったけど、楽しかったわ」
イザベルはアンガスにニコリと微笑んだ。その顔を見て、アンガスがカァッと顔を赤らめた。
「え……あ――その……」
「ここよね?」
「え?」
「保健室」
「あ、えっと……はい」
「ありがとう。アンガスくん。あ、アンガスくんって呼んでいい?」
「え? あ、も……もちろんです!!! 僕も、その――」
「イザベルって呼んで。クラスメイトだもの」
「イ……イザベル様……。次の、授業のノートは……僕が取っておきますから、安心して休んでください」
「え? あ、ありがとう。助かるわ」
(なんか、初めてクラスメイトっぽいやり取りができた)
その瞬間、ディオンがアンガスの背後からぬっと姿を見せた。
「アンガスくん、分かってはいると思うけど、イザベル様の婚約者はルーファス小公爵だからね」
ディオンに肩をポンッと叩かれると、アンガスはビクッと肩を震わせ、「も、もち、もちろん分かっております。殿下」と背筋を伸ばした。ディオンは「分かっているなら良いんだ」
とにこりと微笑んだ。アンガスは慌ただしく挨拶をすると、教室へと戻って行った。
「殿下、何かございました?」
先ほどからずっとディオンの視線を感じていた。アンガスと共に教室に戻る様子でもない。
「――いえ。イザベル様は慈悲深い方かと存じますが、男子生徒は単純ですからあまり慈悲をおかけになるのもお気をつけくださいね。ルーファスはあなたのスカート丈にまで気に掛けているようですし」
にこっとイザベルに微笑んだ。
(食えない笑顔だわ……)
《たすく》も王太子の胸のうちはよく分からないようだった。
(まあ、ルーファスに恥をかかせるっていう警告なのかしらね)
「ルーファス様のご評判が下がるようなことはしないよう、肝に銘じます」
その言葉に満足したのか何なのか、養護教諭にイザベルを紹介すると、よく分からない笑顔のままディオンも教室へと戻っていった。イザベルは《たすく》に下着類の乾燥をお願いし、髪を自分で整えた。
◆◆◆
ディオンに言われた通り、昼休憩にイザベルを迎えに教室へと向かった。
婚約者を放置するのは外聞が悪いと言われれば仕方がないが、今まではディオンとの気楽な昼休憩だったのではっきり言えば面倒だ。
(まあ、でも、友達もできていないだろうし……。仕方がない)
そう思いながら、教室を覗くと朝見た姿と違うイザベルらしき人物が、男子生徒からノートを受け取っていた。眼鏡をかけた男子生徒は、明らかにイザベルに鼻の下を伸ばしている。
(どういう……ことだ? しかもあの恰好は何なんだ?)
朝のイザベルと――いや、今までのイザベルと全く違ういで立ちだった。
サラサラのストレートの黒髪に、けばけばしい厚化粧もなく、あどけない素顔のイザベルが眼鏡の男子生徒と笑顔で会話をしている。
(あんな笑顔を、私には向けたことがない――……)
チリッ……。
教室の外からその様子を見たルーファスは、自分でもよく分からない苛立ちを感じていた。ルーファスの殺気に気が付いたのか、イザベルがパッと顔をルーファスの方に向けた。
(気が付いた)
ルーファスがイザベルを見ると軽く会釈をしてきたが、その顔からは先ほどの柔らかい笑顔が消えた。
(なんで……――。あんなよく分からない男には笑いかけて、私には……)
「ルーファス」
ディオンが近付いて来たことにも気が付かないほどに、ルーファスはイザベルを見ていた。
「ディオン。迎えに来たけど……必要なさそうだな」
「ああ、今日ちょっと授業で色々あってな。意外にもクラスメイトと打ち解けたようだ。昼を誘ったが断られたよ」
イザベルは眼鏡男子とツインテールの女子と一緒にカフェテリアに向かったようだ。
「ふうん。まあ、その方が気楽で良い」
通りすがりにイザベルの素顔を見たが、色白の肌に薔薇のような赤みが差し、少し釣り目の瞳には意思の強さを感じた。
(いつもの化粧より、よっぽど綺麗だ。なんで、あんな化粧と髪型をしているんだ……。理解不能だ)
ディオンも同じことを思ったのか「ちょっとトラブルがあったんだけど、あんなに素顔が美しいとは思わなかった。クラスでもその話題で持ち切りだ」
「――そうか」
「なんだよ。興味ないのか?」
「――……別に。面倒さえ起こさなければ、それでいい」
そう言いながら、ルーファスはもう一度だけイザベルが消えた廊下の方を見た。
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