第77話 オフェリアの意図
「ヘイデン、ルーファス様を座らせてさしあげて」
「承知しました」
オフェリアは自分の後ろに立つヘイデンに命じた。
その態度からは二人の力関係、主従関係がにじみ出ていた。
ヘイデンは床に転がされていたルーファスを起こすと、ソファへと座らせた。
ヘイデンに抱えられるなど、ルーファスにとっては屈辱以外の何物でもない。
が、両手足の自由、魔法の力を奪われたいま、従うしかなかった。
豪奢なソファに座らされたルーファスは、オフェリアに見下ろされた。
オフェリアの白く細い指にはキラリと指輪が輝いた。
その指輪があの男たちと同じ魔道具であることは簡単に想像できた。
(魔法が使えないのはこの魔道具の効果なのか)
「ルーファス様、手荒な真似をして申し訳ございませんでした。私もこんなことはしたくなかったのですけれど……」
オフェリアは口元を扇子で隠しながら、ルーファスに顔を寄せた。
間近で見るオフェリアの瞳は、人工物かのように美しく整っていた。
(何の感情も映さないのか。気味の悪い妹君だな。イザベルと大違いだ)
イザベルは少しつり上がったアーモンド形の目がツンとした印象ではあったが、その瞳はいつだって正直だった。
(アビーを奪還するはずが、何をしているんだ、私は……)
「ルーファス様はお姉さまに懸想されているのかしら?」
何も答えないルーファスに、オフェリアは余裕の微笑を浮かべていた。
「隠さなくても宜しいですわ。夜会のときも、お茶会のときも、ルーファス様はお姉さまに無関心な様子でしたのに、ヘイデンのことは、少し気にされているようでしたから」
笑いが堪えられないというように、オフェリアはクスクスと声を上げた。
「私、人の感情にはとても敏感なのです。フォートレル侯爵家の娘ですもの。それくらいは分からないと。お姉さまのように、単純――もとい、純粋な方では難しいかもしれませんけれど。ルーファス様はお噂ではもっと非情な方なのかと思っていましたけれど、そうでもないのですね」
勝ち誇ったようにオフェリアは笑った。
「本当は、お姉さまのためにヴァルハルド帝国にいらっしゃったのでしょう?」
オフェリアの瞳には、何を考えているか分からない不気味さがあった。
「あら、いやだわ。お答えになりたくても、お話ができなくなっていたんだわ! ヘイデン、お願い」
ヘイデンはオフェリアの言葉に従いルーファスの口に詰められた布を乱暴に取り除き、床に投げ捨てた。口内を圧迫していた布が無くなり、ルーファスは呼吸が楽になった。
「……何のおつもりですか? オフェリア様」
「ルーファス様に、私の婚約者になっていただこうと思って」
オフェリアは小首を傾げて言った。
甘えるようなその仕草は、少女のような可憐さだった。
「昨日もお伝えしましたが」
「昨日のお話なら、お姉さまではなくても良いでしょう? 重要なのは、ヴァルハルド帝国で相応の地位にある女性との婚姻ですもの」
「あなたは皇太子の婚約者候補でしょう。あなたのような女性の配偶者は、私程度では務まりません」
「ルーファス様はお姉さまがお好きですものね」
「そういうことでは――」
「では、前向きにお考えいただいても宜しいではありません?」
「正式な申し出があれば、レープ公爵にも国王にも話すつもりでした。しかし、こんな手荒な真似をされては」
「だって、ルーファス様、私から逃げようとされていたでしょう?」
「何を……」
「ルーファス様、魔法を使われても無駄ですわよ」
ルーファスは先程から縄を切るための氷の小刀を出そうと試みていた。しかし、何度試みても何の効果も現れなかった。オフェリアは見せつけるように、ルーファスに指輪を見せた。
先ほどから、ルーファスが魔法を使おうとする度にキラッと光るのが気になっていた。
(あの騎士たちの指輪も魔法を無効化する度に光ったように見えた)
「それは……魔道具ですか?」
「ええ。お父さまがプレゼントしてくださったの」
オフェリアは嬉しそうに微笑んだ。
(まさかこの誘拐にはフォートレル侯爵が一枚嚙んでいるのか?)
「この魔道具の力、ご存知です?」
「魔法を、無効化する魔道具ですか?」
「ええ、そうです」
「セレフィード王国とは和平を結んだはずですが」
「もちろん。無駄な争いは私も大嫌いです。でも、和平とこれは別問題でしょう? 何かあってから策を講じても仕方がないわ。お互いに対抗できる力があるからこそ、和平を維持できるという考えもあると思いますの」
「その魔道具が、そうだと?」
「……実はこの魔道具の効果は、無効化だけではないのです」
オフェリアが不気味な笑顔を浮かべた。
「それはどういう」
「それは私からは教えて差し上げられませんわ。もちろん、ルーファス様が私と婚約をされるということでしたら、別ですけれど」
「……お伝えした通り、その件は私の一存では」
「でも、了承いただけないとお帰りいただけなくなりますわ」
オフェリアは悲しそうに眉根を寄せた。
「……なぜ、そんなに私などに固執されるのです。あなたなら、皇太子との婚約が結ばれなくても、他に相応しいお相手が山のようにいらっしゃるでしょう」
「ルーファス様の、お顔が好きなんです」
オフェリアは何でもないことのように言った。
(聞き間違いか?)
「瑠璃色の瞳が特に素敵で良いですわ。少し薄目の唇も、整った鼻も、スラッとした体躯も。私、ヘイデンのように熊のような身体は好きではないの」
ルーファスは何を答えて良いか分からず、唖然としながらオフェリアの話を聞いていた。
(見た目が好みだと言うだけで、本当にこんなことを……?)
「髪が金髪だったら完璧だったんですけれど。前髪は少し長すぎなので、私の婚約者になったら切っていただきますね」
「そんなこと……」
「大切なことです。ルーファス様だって、結婚するなら好みのお顔が宜しいのではありません?」
「考えたことも、ありませんでした」
イザベルは、確かに美しい女性だ。が、イザベルの厚化粧も、縦ロールも、選んでいるドレスも、好みではなかった。でも、だから嫌いとはならなかった。
(素顔の彼女に惹かれたことは惹かれたが……)
彼女の中身を知れば知るほど、彼女の外見はどうでもよくなった。一方で、オフェリアは見た目こそ可憐な少女そのものだが、中身を知れば知るほど、愛らしいはずの微笑を浮かべられても背筋が凍る。彼女の話が真実味を帯びるほど気味が悪くて仕方がなかった。
(頭がおかしい……)
彼女の母――イーデンの方がまだ話の通じる相手だったのかもしれない。
絶望的に会話が成立しないオフェリアとのやり取りに、ルーファスは彼女の要望を受け入れるしかここを脱出する道はないと悟った。
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