第74話 ルーファスの見栄
「あなたが謝る必要はありません」
宿に戻った二人は、イザベルの部屋へと入った。
フォートレル侯爵家の馬車の中では、普段通りに話すのが憚られた。
無言の車内は妙に重苦しい空気が支配した。
「婚約者は、私の一存で決定できるものではありません」
イーデンの非常識な提案にもルーファスは淡々とした態度を崩さなかった。
「おっしゃる通り、彼女との関係は国同士の関係が関わって来ます。彼女は国王にも私の両親にも紹介しております。婚約式も既に済ませてしまっておりますので、私たちの些細な問題で変えられるものではないかと」
イーデンはルーファスの説明に目を眇めた。
「しかも、妹君は皇太子の婚約者候補です。婚約者に選ばれる可能性が低いと言っても、そのお立場で私の婚約者にということになりますと、私が皇太子の婚約者を奪ったかのようにも見られてしまい、本来の目的から遠ざかる危険性もあります。ご提案が正式なものということでしたら、私も国に持ち帰らせていただきますが……」
至極まっとうなルーファスの回答に、イーデンは言い淀んだ。
この提案は彼女の……否、彼女たちの独断だったのだろう。
とりあえずは、ルーファスの機転で切り抜け、宿へと戻ることができた。
(でも、これであの人たちが引き下がるとも思えないのよね)
ルーファスは、イーデンの非礼に疲労しているのか、フォートレル侯爵家の者の目がないいまも何故だか黙っていた。
(怒っているわけではないというし……)
黙るルーファスをイザベルは困って見ていた。
ぽん!
『ルーファス。またくだらないことで、イザベルを悩ませないでよ!』
大人しく状況を見ていた《たすく》が、急に姿を現した。
黙っていたルーファスが、《たすく》の姿を見て顔を引きつらせた。
「くだらないことって?」
「《たすく》、余計ないことを言うな」
『だったら自分で言えばいいだろ?』
「うるさいなっ」
『カッコつけるから、おかしなことになるんだよっ』
「カッコつけてなんて……」
(カッコつける? 怒っていたわけでは……?)
『ルーファスは、怒ってないよ』
「え、でも……」
『イーデンのことなんか気にしてない。ルーファスが気にしているのは』
「おい! 余計なことを言うなと言っているだろう!」
『ヘイデンだよっ』
「ヘイデン?」
イザベルは意外な人物の名に、きょとんとした。
「だから……余計なことを……」
ルーファスはカァッと赤くなる顔を手で覆った。
「まさか……ヘイデンのことを、気になさったのですか?」
「……――」
(あの茶番をルーファス様が信じたというの?)
「ルーファス様、あの、お義母さまやオフェリアが言っていたことは言いがかりで……。ヘイデンと私はそんな甘い関係だったことなんて、ありません。ヘイデンには子どもの頃から意地悪ばかりされていて。大体ヘイデンが好きなのは、私ではなくて、オフェリアの方なのです」
「分かってる!」
ルーファスは顔を上げた。
「すまない。大きな声を出して」
「……いえ」
「その……。分かっています。あなたが、あの男と何の関係もないことも、あの男があの二人に良いように使われる存在だということも……」
(だったら、一体……)
『でも、子どもの頃のイザベルと一緒に過ごしたヘイデンがムカつくんだよね』
「!?」
《たすく》の暴露に、ルーファスは瞠目した。
「余計なことを言うなと何度言ったら……」
『ルーファスに任せておくと、どんどん抉れるんだもん。昨夜だって一体何したんだよ。僕が気を利かせてルーファスに任せたのに。朝起きたら二人とも変な感じになってるし』
忘れていた気まずさを思い出し、二人は赤面した。
(あれは……何をしたっていうより、しなかったというか……)
「う、うるさい! なんでも分かったような顔をして……。精霊には分からない事情があるんだ。デリカシーのないヤツめ」
『でりかしー?』
「デリカシーも分からないのか。これだから、子どもは……」
『僕は子どもじゃないよっ』
「子どもは大人の事情に口を出すな」
《たすく》とルーファスが、またわーわーと口論を始めていた。
イザベルは頬が火照るのを隠すことができなかった。
(ルーファス様が……そんなことを気にしてくれるなんて……)
昨夜の口づけのことはどうでもよくなるくらい、イザベルの気持ちは満たされていた。
「ただいま!」
ノックもなく、イザベルの部屋をレンナルトが開けた。
「レンナルト様。入室するときはノックをしてくださいと何度言ったら」
ジゼルはレンナルトの無作法を詫びながら入って来た。
「帰りが早かったんだな」
「早めに切り上げた」
『ルーファスがまた焼きもち焼いたから』
「違うだろ!」
『え? イザベルとヘイデンが二人になるのが嫌だったんじゃないの?』
黙り込むルーファスに、レンナルトが追い打ちをかけるように「ヘイデンって誰?」と重ねた。レンナルトの質問の答えは得られぬまま、療養施設の話へと変わった。
「母との面接許可は明日下りましたので、改めて施設に行く予定です」
「で、いつアビーを連れ出す?」
レンナルトの問いに、ルーファスは少し迷いながらも「明日の夜に決行しよう」と言った。
「フォートレル侯爵が何かを嗅ぎつけて動き出しても厄介だ」
『ぐずぐずしていると、オフェリアのことも押し付けられそうだしね』
「え? オフェリアって……イザベルの妹?」
「……ややこしい話になっていて申し訳ありません。義母が、私との婚約を解消して妹をルーファス様の婚約者に挿げ替えたいようで……」
「はあ!? そんなことある?」
レンナルトは驚き、同じく驚くジゼルと顔を見合わせた。
「普通はないが――」
「申し訳ありません」
「だから、君が謝る必要は……」
イザベルとルーファスが同じ口論になりそうになったところで、レンナルトが二人を止めた。
「分かった! アビーを連れ出して、早く国を出ちゃえばいいわけね!」
レンナルトの言葉に、二人はこくんと頷いた。
「じゃあ、ハンスが帰って来たら明日の動きを確認して、もう面倒事に巻き込まれる前に王国に戻ろう!」
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