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第73話 フォートレル侯爵家の茶会

「突然お呼び立てしてしまってご迷惑だったかしら?」


気遣っているような言葉を言いながら、イーデンは露ほども自分の行為が“迷惑”だと思っていなかった。妙に機嫌よくルーファスに声をかけている。


(セレフィード王国の日常や文化なんて、興味なんてないだろうに……)


どこから探し当てたのか。朝一でフォートレル侯爵家の使用人がイザベルたちの宿の前で待ち構えていた。使用人が持参した手紙にはお茶の誘いと「宜しければ」とはあったが、使用人の表情からは“ほぼ強制”であることは分かった。仕方なく、ルーファスとイザベルは招かれるままにフォートレル侯爵家へと向かった。


「挨拶にお伺いしなければと思っておりましたので」


ルーファスはイーデンにそう言った。

ルーファスの礼儀正しい態度に、イーデンはますます気をよくして、先ほどからどうでも良いことをずっと話し続けている。

オフェリアはそんな母の横に大人しく腰掛け、時折ルーファスを上目遣いにチラッと見ていた。


(……何、あの態度。夜会のときも、見せつけるようにルーファス様と踊っていたけれど、この様子は……)

《イーデンもオフェリアも、ルーファスが気に入っているんだね》


《たすく》も二人のあからさまな態度に少し呆れていた。


(そのようね)


オフェリアは外見こそ聖女のようだったが、その内実は全く違っていた。

オフェリアの内面は、驚くほど父に似ていた。

オフェリアも、父も、判断基準は損得勘定だ。相手のことは1ミリも考えない。

それが当たり前であると、疑いもなくそう考えている節がある。

だから、自分以外のものがどうなろうと気にしない残虐性があった。

イーデンのように勝手気ままに暴力的に振る舞うことは少ないが、自分の手を汚さず意のままに操ることは得意だ。


(今回も義母を利用して、ルーファス様に取り入ろうとでもしているのかしら……)


イザベルは注意深くオフェリアを観察した。

出されたお茶も、オフェリアが口を付ける前には飲まなかった。

もちろん、ルーファスもお茶菓子にも口はつけず、失礼にならない態度に出されたお茶を何度か口にしていた。


「昨夜の夜会のダンス、あまりに素敵だったものですから色んな方に声をかけられてしまったのよ」

「そうでしたか」

「ええ。オフェリアの婚約者だと思われた方もいて。困ってしまったわ」


イーデンは嬉しそうにそう言った。


(――……来た。やっぱり、義母はオフェリアとルーファス様をくっ付けたいんだわ)


オフェリアはイーデンの言葉に、わざとらしく恥ずかしそうに身を縮め「そんなこと言ってはルーファス様に失礼だわ」と心にもないことを口にしていた。


「とんでもないことです。確か妹君は皇太子殿下の婚約者候補では?」

「婚約者候補ではありますけど、それは形ばかりのものですから」


(そんな話初めて聞いたわ)


ルーファスとの婚約話が浮上したとき、「敵国の公爵になど嫁がせられない」と大騒ぎしたのはイーデンだった。それが、どうしたものか。


(もしかしたら、皇太子の婚約者になれそうもないのかしら)


ヴァルハルド帝国は近隣諸国に侵略を繰り返し、領土を拡大し続けている。

近隣諸国の王族たちと縁戚関係を積極的に持ち、皇位継承について発言できる立場を確保することにも余念がない。


(国内の状況が落ち着いているいまは、わざわざ国内の貴族の娘を娶る理由は少ない。政略的に近隣諸国の王族との結婚に傾いているのかもしれないわ。そうなると、オフェリアの嫁ぎ先は悩ましくなるものね)


ルーファスはオフェリアが好みそうな、凛とした美男子だ。


(ルーファス様に会って、良いと思ったのね)

《イザベルとオフェリアを交換したいみたい》

(そんな馬鹿な提案がまかり通ると思っているんだからすごいわ)


ルーファスは、イーデンの非常識な発言に返答に窮した。

イーデンは獲物を狙うような目をルーファスに向けた。


コン、コン、コン。


「イリーナ様、お呼びでしょうか」


妙な雰囲気の応接室を訪れたのは、昔馴染みの騎士だった。


「ヘイデン……?」

「イザベルじゃないか! 戻って来たのか?」

「……ええ」


ヘイデンは親しげにイザベルに近付いた。


(本当に調子の良い男ね……)


ヘイデンは父の部下で、イザベルにとっては幼馴染のような存在だ。

だが、けして気の置けない間柄ではない。

イーデンは、にこりとイザベルに微笑みかけた。


「あなたも久しぶりに会いたいのではないかと思って、声をかけておいたのよ」

「そうですか」

「二人で庭でも見て来たらどう?」

「ルーファス様もいらっしゃりますし、彼と積もる話はございませんので」

「あら。あんなに仲が良かったじゃないの?」


ヘイデンはこの家で冷遇されている私を、子分のように扱った。

髪や腕を引っ張ったり、習いたての剣の相手をさせたり。

いくら子どもの頃だからと言って、到底令嬢相手にする扱いではない。


(おかげで刺繍はできなかったけど、剣は多少はできるようになったけど。わざとじゃないにしろ、何度傷だらけにされたことか……)


「イザベル、そんなに俺のことが嫌なのか」


ヘイデンは叱られた犬のようにしょんぼりとイザベルを見た。

イザベルはヘイデンから目を逸らすと「変なことをおっしゃらないでください」と冷たく言い放った。


「嫌じゃないなら良いではないの。あなたがいなくなって、ヘイデンはずいぶん寂しがっていたようだし」

「そうだわ。ヘイデンはずっとお姉さまに懐いていたじゃない」


オフェリアまでくだらない茶番に参戦した。


(本当に好意を持っていたのはオフェリアだってこと、あの子だって分かっているくせに)


イーデンは意味ありげにヘイデンに視線を向けた。

イーデンはルーファスとオフェリアを二人にしたいようだった。


「――フォートレル侯爵夫人」


この妙な茶番が繰り広げられる中、ルーファスは眉一つ動かさなかった。


「大変恐縮ですが、実はこの後予定が控えております」

「あら。そうでしたの」

「名残惜しいのですが、私はここで……」


そういうと静かに立ち上がった。

「君は好きにしたらよい」とでも言うように、ルーファスはイザベルに関心のない目をやった。イザベルは、「私も」と、ルーファスに倣って立ち上がった。


「あら、本当に残念だわ。実はルーファス様に大切なお話をしたかったの」


イーデンの言葉に、ルーファスは視線だけを動かした。


「いえね。今日急に来ていただいたのは、オフェリアのことなんですの」

「お母さまったら」


イーデンが言おうとしていることを、オフェリアが形ばかり止める。


「ルーファス様が宜しければ、イザベルとの婚約を破棄して、オフェリアと再婚約をするのも良いかと思って!」


名案とばかりにイーデンは、ルーファスに率直に伝えた。


「イザベルとはあまり気が合わないのでしょう?」

「それは――」

「気を遣われなくても良いですわ。見ていれば分かりますもの。この子とルーファス様の婚約は国同士の和平の象徴も背負っているものです。簡単に解消できるものでもありませんでしょう」

「まあ」

「でも、何も気が合わないもの同士、無理に一緒にならなくてもと思ったのです」

「お義母さま……。ルーファス様がお困りだわ」

「オフェリアであれば、ルーファス様のお心をお慰めすることもできるのではないかと、バーレントとも話していたのです」

「お母さまったら、お姉さまのお立場もあるのですから」

「あら、オフェリア。私はイザベルのことも思っているのよ。この子にも幸せになってほしいわ。好きあった人と」


「ねえ?」と、イーデンは見当違いにもヘイデンに目をやる。さすがのヘイデンも、突然イザベルを押し付けられそうになり、引きつった顔で曖昧な返答をした。


「どうかしら? ルーファス様」


イーデンは自信満々にルーファスを見つめた。


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