第72話 フォートレル侯爵家の内情
「あの子をセレフィードに送ったのは間違いだったのではないかしら?」
夜会から帰って早々に、イーデンが口を開いた。
「あの髪に、あの化粧! 生意気ったらないわ。ドリスにも言っておかなきゃいけないわね」
イーデンは苛立ちをぶつけるように、乱暴に使用人に上着を投げつけた。
(――全く、くだらないことに苛々する女だ。イザベルの髪や化粧がなんだっていうんだ)
イーデンが実の娘・オフェリアの引き立て役にイザベルを使っていたことをバーレントは知っていた。知っていたが、まるで興味がなかったのでイーデンやオフェリアの好きにさせておいた。イザベルが妙な服装をしようが、陰口を叩かれようが、バーレントにとってはどうでも良かった。ただ、自分の駒として役立てば何だって構わなかった。だから、イザベルの見た目が変化することで、ルーファスを陥落し、ヴァルハルド帝国にとって有利になればそれで良かった。
「あの青臭い若造には、貞淑そうな女の方がウケそうだがな」
「それだったら、オフェリアの方が宜しいんじゃありません?」
バーレントが吐き捨てるように言うと、イーデンが妙に食いついた。
「なんて言ったって、オフェリアは“ヴァルハルドの聖女”と呼ばれる娘ですもの」
バーレントは椅子にドカッと座ると、呆れた目を向けた。
イーデンはその様子に気が付かず名案とばかりに話し続けている。
「そうよ。オフェリアも気に入っていたみたいだし。あの子が役に立たないなら、オフェリアを婚約者にしてしまえばいいんだわ」
「オフェリアは皇太子の婚約者候補だろう。それに、敵国の公爵家へ嫁がせるなんて嫌だとお前が言ったんだろう」
「それは――。オフェリアが辛い立場になったら……と、考えるのは親心ですわ。でも、ルーファス様は中々紳士的な方でしたし、オフェリアと並んでも見られる見目でしたし」
皇太子の婚約者候補最有力と思われていたオフェリアだったが、最近になって隣国の王女やら公爵家の娘やらと有力なライバルが現れ始めた。
(皇太子妃になれないなら、ルーファスの方がまだ良いということか。まあ、他に国内で婚約者のいない高位貴族では大したのが残っていないからな)
「あの子との関係も良くないようなら、構いませんでしょう。オフェリアならあなたのお役にも立つでしょうし」
イーデンはご機嫌にほほ笑みかけた。
役に立つか、役に立たないか。
バーレントにとっての判断基準は極めて明確だった。
(打算的な女だが、私が求めていることを理解しているのは及第点だ。イザベルの母のように、愛だの、思いやりだの、くだらないことに時間を割かないのは感心できる。しかし――)
「イザベルとあの若造は――……本当に、うまくいっていないのか?」
「え?」
「確かに夜会では仲睦まじい様子には見えなかったが……」
(本当にそうかは、分からない)
イザベルはルーファスに構わなかったし、ルーファスも同様に関心のない態度を貫いた。
公爵家への引っ越しは仲が深まっているからかと思ったが、王太子の差し金だということではあったが、本当にそれが真実なのか。
(いくら頼まれたからと言ってヴァルハルド帝国の貴族の夜会に訪問するくらいだ。関係が悪いと言っても、壊滅的ではないのだろう。それに――。イザベルと二人で話したあとの、あの男の目がな……)
僅かにイザベルを気に掛けるように見たのを、バーレントは見逃さなかった。
(よくできたお芝居だな。あんなもんで私を騙せているとでも思ったか。青二才が)
バーレントは机の上に置かれた書類に目を通した。
(――やっぱりな)
バーレントは療養所の見学許可を求める書類を手にしていた。
イザベルがヴァルハルド帝国に現れるのだから、侍女のドリスが来ると思っていた。
そして、ドリスが来るのであれば当然アビーへの面会許可を取る。
(あいつらの本当の目的は、これか?)
バーレントの口角は無意識に上がっていた。
(一体どうするつもりなのか)
「あなたはあの子をそのまま好き勝手にさせるおつもりなの?」
「フンッ」
バーレントはイーデンの言葉を鼻で笑った。
「そんなわけはないだろう。イザベルにはフォートレル侯爵家の人間としての役割を果たしてもらう。果たせないようであれば――……始末する。それだけだ」
それがフォートレル侯爵家の、ヴァルハルド帝国を支える武家の誇りだ。
「まあ、あの若造の相手がイザベルに務まらないようであればオフェリアに変えても構わない」
その言葉にイーデンはパァッと顔を明るくした。
「茶にでも誘ったら良い。何もすぐにセレフィード王国に帰るわけではないだろう」
バーレントがそういうと、イーデンはウキウキしたようにオフェリアを呼びに部屋を出た。
(単純な女だ。馬鹿な女ほど可愛いとも言える。オフェリアもそうだ。イーデンに似て、自分の欲望に正直な娘だ。それに引き換え、イザベルは――)
バーレントは、前妻であるイザベルの母を思い浮かべた。
(私に対しても、愛や、思いやりや優しさを説く忌々しい女だった。イザベルはあの女の面差しに似ている……)
バーレントは、手に持った書類を握りしめていた。
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