第68話 戦闘狂・フォートレル侯爵
「突然来るというから、会えないかと思ったよ」
「申し訳ございませんでした。急な誘いを受けたもので」
「いや、まあこうして会えたわけだから良かった」
フォートレル侯爵は親しげにルーファスの肩に手を置いた。
置かれたその手は、服越しでも分かるゴツゴツとした“戦いを知る手”だった。
「それで、公爵家で娘が世話になっているようだね。何か粗相はしていないかな」
「――全く。突然のことで申し訳ございませんでした。私も殿下に急に提案されて」
「あれは殿下の提案だったのか?」
フォートレル侯爵は少し驚いたような声を出した。
「ええ」
ルーファスはフォートレル侯爵に笑顔を浮かべた。
「そうか。そうだったのか。君から公爵家への転居を確認する手紙をもらって婚約はうまく言っているもんだと安心したんだが――」
フォートレル侯爵は、離れて男性陣と談笑を続けるイザベルを見た。
「安心してください。うまくいっていますよ。私とイザベル嬢の婚約は、国同士の関係を象徴する重要なものだと理解していますから」
「そうか。しかし……」
「私の気持ちは、当初より変わっておりません」
フォートレル侯爵にこういえば、嫌々婚約をしたという意味で伝わるだろうと思い、あえてルーファスはそう言った。
「ふむ。まあ……。なんというか。君はまだ16だったかな?」
「はい」
「だったら君もこれから分かるだろうが……。男と女というのは、気持ちも変わるもんだよ」
フォートレル侯爵は赤ワインを水のように飲み干した。
彼が手にしていると、赤ワインですら血のように見える不吉さがある。
「変わる……?」
「一つ屋根の下だ。閨を共にしたって構わないと、私は考えている」
「……!?」
「何、いずれは結婚するわけだ。それが早いか、遅いかはそう拘るものでもない。あれの母親は人形のようにつまらん女だったが、夜の具合は良かった。あれにも、君の誘いは丁重に受けるよう、指示している」
フォートレル侯爵は、酒を飲みながら下卑た笑いを浮かべた。
(何をほざいているんだ。このくそじじい)
「ああ、すまない。娘との関係を深めてもらいたくてつい口を出してしまった。年を取るのは嫌なもんだな。ただ、男と女にはそういう“絆”の深めたもある。娘のことも、国同士の関係と見切らずどうぞ可愛がってやってほしい」
(自分の娘をなんだと……)
ルーファスは、フォートレル侯爵の話を聞きながら掴みかかりたくなる衝動を抑えた。
幼少期からの教育をいかんなく発揮し、麗しい微笑を浮かべた。
「もちろんです」
もちろんその声音は、儀礼的と分かる距離をあえて示した。
「お父さま!」
フォートレル侯爵との不快極まりない話が終わったかと思うと、新たな茶番が始まった。
父とルーファスの姿を見止めて、慌ててかけつけた風の女性――。
(彼女がオフェリアか)
オフェリアは、以前のイザベルとは対極的な容姿だった。
プラチナブロンドの髪に、イザベルよりも明るいグリーンの瞳。
シンプルだが豪奢な作りであることが分かる清楚なドレス。
イザベルとは違い少し垂れ目がちな大きなつぶらな瞳は庇護欲をそそる。
“ヴァルハルドの聖女”と呼ばれる可憐な少女が目の前にいた。
ルーファスが彼女を観察していると、彼女は少し頬を赤らめ目を伏せた。
その様子を見て、オフェリアと同じ髪色の女性――母・イーデンがふふふと微笑んだ。
「レープ卿ったら、そんなに見つめたら娘も恥ずかしがりますわ」
イーデンの発言がまるで事実であるように、オフェリアは依然頬を赤らめたまま俯いた。その様子にフォートレル侯爵はわざとらしく驚き「レープ卿はオフェリアの方がお好みに合いましたか?」と再び下品な笑みを浮かべた。
「いえ、そういうわけでは……。見つめてしまっていたようでしたら、申し訳ございません」
「いえ……。そんな……私も……レープ卿がこんなに美しい人だなんて存じ上げなかったものですから……」
瞼の下を赤らめたまま、ルーファスを上目遣いに見てオフェリアは言った。
「オフェリア、レープ卿とダンスをして来たら良いじゃない」
イーデンがルーファスを無視してオフェリアを何故か焚きつける。
「で、でも、レープ卿はまだお姉さまとも踊っていらっしゃらないし……。先に私となんて……」
「あら。あの子がレープ卿をもてなしていないのだから、家族としてレープ卿をもてなすのが当然よ。ね、レープ卿」
「うん、そうだな。オフェリアと一曲踊って来たらよい」
フォートレル侯爵夫妻の勧めに、ルーファスは仕方がなくオフェリアをダンスに誘った。オフェリアはわざとらしいほど驚いたように目を見開き、その後ルーファスに可憐な笑顔を見せた。
(……聖女っていうのは、計算高いものなのか)
オフェリアに、あざといロザリンの姿が重なった。オフェリアとダンスフロアへ行くと、周囲に注目されているのがよく分かった。
『やっぱり、オフェリア様との方がお似合いだわ』
そんな囁きが聞こえ、オフェリアは密かに満足しているようだった。が、眉間に皴を寄せ、「お姉さまに申し訳ない」という姿勢は保とうとしているようだった。
「レープ卿……ルーファスさまとお呼びしても?」
「ええ、もちろん」
「お姉さまがレープ卿を放って置かれているようで、申し訳ございません」
「別にあなたが謝ることでは……」
「でも、あんな……男性方に囲まれて……。お姉さまは魅力的だから、いつもあんな風になってしまうのです。あ、男性にだらしがないとか、そういうことではないのですけど」
「あ」以降、とてもわざとらしくイザベルの対面を保っていますというアピールの言葉を付け加えていた。
「ええ、分かっていますよ」
オフェリアは踊っている最中も、ルーファスに恋をしているような視線を向けて来た。
(……こうやって、男どもを操るわけか)
ルーファスはため息をもらしたくなる心境を抑え、貴公子然とした笑みを浮かべた。
傍から見れば美男美女が見つめ合って優美に踊っているように見えていただろう。
チラッと会場を確認すると、フォートレル侯爵が満足したようにオフェリアを見ていた。
(なんなんだ。あの目は……。気色が悪い)
ルーファスはオフェリアとダンスを踊り終えると、フォートレル侯爵のもとへオフェリアを返した。
「君と踊りたい女性陣が集まって来たな」
「そんなこと……」
「なんだったら、オフェリアともう1曲踊ってくれても構わない」
フォートレル侯爵の言葉に、ルーファスの指がピクッと動いた。
「いやね、お似合いだと思ったんだよ」
「私もそう思いましたわ」
非常識なことを言うフォートレル侯爵夫妻に、ルーファスは口元が引きつりそうになるのをなんとか抑えた。
(何言ってんだ、こいつらは……)
「いえ、しかし。さすがに2曲踊るのは……」
躊躇うルーファスに「オフェリアの方が君の好みなら、オフェリアに変えても構わない」と囁いた。
「は? な、何を……。確か彼女は皇子殿下の婚約者候補では……」
「何、君が望むなら取り下げたって構わない」
フォートレル侯爵は、ルーファスの内心を探るようにじっと見た。
「君との婚約は、国同士の重要なものなのだから」
ルーファスは、フォートレル侯爵の微笑みに心の底が急激に冷えるのを感じた。
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