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第66話 辺境領での作戦会議

4日間馬車を走らせ、エリーアスが管理する辺境・シュトライヒ領へと到着した。

シュトライヒ領が近付くに連れ、農地や放牧地が増えた。


「すごい茶畑ね!」

「ああ、さすがシュトライヒ領。領地経営がうまくいっているみたいだ」


車窓から広がる緑豊かな茶畑、穏やかそうな領民。

この先に待つヴァルハルド帝国とは違い、全体的に長閑な雰囲気が漂う。

一方で、辺境としての役割を果たすためだろう――軍施設も多いように見えた。


「辺境はいざというときは農民も戦えるようにと、騎士や傭兵以外も訓練をするらしいな」


ハンスは長閑な風景を眺めながら、呟いた。


「そうなんですね。せっかくこんなに長閑で良いところなのに、そんな危険と隣り合わせなんて……」

「まあ、ヴァルハルド帝国とも和平条約を結んでいるいまは、そういう不安は少ないけど」


イザベルは曖昧な笑みを浮かべた。


(ヴァルハルドはずっと戦争をしている。今だって、セレフィード王国へ侵略する方法を考えているに違いない)


イザベルは長閑なシュトライヒ領の向こうに待ち構える祖国を思った。


(――……アビー。どうしているのかしら)


◇◇◇


「待ってたよ」

「お姉ちゃん!」

「お待ちしておりました」


エリーアスやアニヤ、領主館の家令を始め、使用人たちがイザベルたちを丁重に迎え入れてくれた。


「こちら通行証でございます」


家令がルーファスにヴァルハルドへの正式な通行証を手渡した。


「旦那様、私どもは下がらせていただきますので、何かございましたらお申し付けください」

「ああ、ありがとう。ほら、アニヤも。ここからは大人の話だから」


エリーアスは自分の膝に乗るアニヤに下りるように声をかけた。

久しぶりに会うイザベルや、見慣れぬお客様に興味津々だったアニヤはさっそくの退場に不服そうに抗議した。


「えー、アニヤも一緒におとなのはなししたい」

「もう少し大きくなったらね」

「お嬢様、私どもと遊びましょう」


家令が優しい顔で手を伸ばすと、アニヤは「仕方ない」というように、ぴょんとエリーアスの膝の上から下りた。


「あとで遊ぼうね」


「バイバイ」と手を振ってアニヤや使用人たちは部屋を後にした。


「急に色々頼んでしまって申し訳ございませんでした」


ヴァルハルド帝国行きが決まってすぐに、エリーアスには事情を話していた。

事情を知るとすぐにエリーアスは王都の仕事を置いて、辺境で準備を進めてくれていた。


「イザベルのためだ。このくらいはお安い御用だよ」


にこっと微笑むエリーアスに、ルーファスは何か言いたげな顔をしたが黙っていた。


「アビーがいる施設の場所は分かったんだけど、さすがに中の構造までは分からなくて」

「あ、それなら……」


アビーの見舞いに行ったことがあるイザベルは、記憶を思い起こし紙に見取り図を描いた。イザベルが描いた見取り図は、記憶が曖昧なのか、ただ不器用なだけか、独創的な図だった。


「部屋の扉は花の図柄が彫ってあって、アビーのものはこういう……」


花の図柄を現した図に至っては、何の花なのか全く分からない絵柄だった。


(……そういえば、イザベルは不器用だった)


ルーファスは一生懸命に説明しながら何かを描くイザベルの図を見つめていた。

周りを見ても、反応しにくいようだった。


(このまま不毛なやり取りをしている時間はないし……)


席の端でイザベルの不器用さもよく理解していそうなドリスと目が合った。

ドリスはこの状況もよく分かっているようだった。


(仕方ない……)


「イザベル?」

「はい」

「あなたの説明はよく分かりましたが、図はドリスに描いてもらった方が良いかもしれない」

「……え」

「今回はアビーを奪還しなければならないから、なるべく正確に状況を理解しておいた方がいいと思うんだ」

「正確に」


イザベルは事態を理解し、顔を赤らめた。


「ごっ、ごめんなさい。私、絵は得意ではなくて……」

「いや、いいんだ。そういうつもりではないんだけど」


エリーアスも「イザベルのそういう一生懸命なところ、すごく素敵だよ」とニコニコと笑った。


気を取り直して、アビーの施設の見取り図をドリスはササッと器用に描いた。

部屋の花の図柄も見て描いているかのように細部まではっきりと描いていた。


(ドリスって昔から器用なのよね。はじめからドリスに描いてもらえば良かった)


イザベルは緻密な図を見ながら、どう侵入するかを考えているようだった。

アビーの部屋は2階の角部屋。半身不随の彼女を連れ出すには、階段から下りるか、窓から下りるかしかない。階段も中央の受付を必ず通る仕組みになっている。窓の下には守衛室があり、目を盗んで出ることは難しそうだった。


「アビーが逃げ出すのを警戒しているとしか思えないな」


エリーアスの言葉に、レンナルトは大きく首を振った。


「ああ。死角がない。やっぱり正面突破か? 守衛くらい何人いたってなぎ倒していくこともできるけど」


レンナルトの大胆な作戦にルーファスが突っ込みを入れた。


「それだと大事になるだろう」

「大事にしないようにするなら、騒ぎを起こすということか」


エリーアスの問いにルーファスは頷いた。


「混乱を起こす」

「混乱って、どう……」


訊ねるレンナルトを、ルーファスは指さした。


「火魔法だ。レンナルトなら、うまく操れるだろう?」


ルーファスはニッと笑った。


「施設内に煙を充満させて、火事が起こったと錯覚させよう。そうだな。守衛室と、その反対側の機械室なんかも良いかもしれない。その混乱に乗じてアビーを救出したい。レンナルトには火魔法の制御を頼む。煙を吸い込んで重傷者を出すようなことはしたくない。ハンスはレンナルトの魔法の補助と、救出経路に守衛たちが来ないように足止めを頼みたい。ジゼルは後方で待機。軽症者が出る可能性はあるだろうから、その者たちの治療を。ドリス、イザベル、《たすく》は、私と一緒にアビーの救出だ」


ルーファスの提案に皆は真剣な顔で頷いた。


「なるほどね。その作戦を成功させるには、下準備も必要だな」


そういうとエリーアスは夜会の招待状をルーファスに渡した。


「夜会?」

「辺境領にいると、他国との関係も結構できるんだよ。その侯爵はヴァルハルド帝国の有力貴族だから、有名な帝国貴族は集まる」

「今回は夜会に出る予定は……」

「アビーの見舞いだけ? ドリスだけが顔を出したってフォートレル侯爵に知られるだろうし、警戒される可能性が高い」


ドリスはごくりと唾を飲んだ。

エリーアスが言うとおり、アビーの見舞いは病状を盾に身内と言えど気軽にできない状況だった。


「フォートレル侯爵は君とイザベルの婚約が順調だと思っている。普通の親ならそれで良いんだろうけど、相手は彼だ。君がイザベルのために何かをしに来たのではないかと警戒するんじゃないか? 警戒されたら、ちょっとしたハプニングでは動かない」

「……」

「君たちは、当初の予定通り“不仲”だというアピールをしておいた方がいい。国のために嫌々婚約している。できれば、婚約解消をしたいと思わせるくらいでも」

「婚約解消!?」

「振りだよ、ただの」


動揺するルーファスに、エリーアスは呆れた顔をした。


「確かにな。ヴァルハルド帝国でそんなイチャイチャしていたら、フォートレル侯爵でなくても警戒しそうだ」

「イチャイチャなんて、していない」「イチャイチャなんて、していません」


イザベルとルーファスがはもってハンスに抗議すると、ハンスはため息をついた。


「馬車の中でも見つめ合ったり、手を繋いだり……。寝たふりをしているしかなかった俺を褒めてほしいくらいだ」

「なっ……勝手に人の馬車に乗り込んだのはハンスだろう!?」

「俺がいなかったら、もっと風紀が乱れた。遊びじゃないんだぞ。この旅は」


ハンスは出発のときのルーファスを真似て、ニヤッと笑った。

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