第64話 ルーファスの協力
「公爵家の嫡男として、君の発言には共感するよ。上に立つ者は、そういう心意気を持つべきだ。でも――」
静かにイザベルを見ていたルーファスは、眉間に深い皺を寄せた。
「そんなに簡単に私との婚約を解消しようとするのは、無責任ではないか。私とあなたの婚約は国家間の和平を紡いでいるものです。そのことはあなたも理解していると思っていましたが」
「も、もちろん、それは承知しています。でも、このことはあなたへの……いえ、この国への裏切りと取られても仕方がないことです。あなたが私を信用できないようであれば」
「私が!」
イザベルの言葉を遮るようにルーファスが声を荒げた。
急に訪れた沈黙の気まずさを紛らわすように、ルーファスコホンと咳払いをした。
「あなたを信用できないなど、誰が言いましたか?」
「……誰も……」
「申し訳ございません」とイザベルが頭を下げると、ルーファスは切なそうに目を細めた。
「やっぱりあなたは公爵家に相応しい人です」
「……ルーファス様……私をこのまま婚約者に据えていただけるのですか?」
「誤解されると困りますが、私が疑っていたのは君の父上だ。心配していたのは、あなたが唯一連れて来た侍女であって、あなたではない」
覚悟はしていたが、ルーファスに疑いの目を向けられていたと自覚したときに下がった体温が、少しずつもとに戻るのが分かった。
(私って単純ね……。やっぱり、ルーファス様にスパイだなんて、思われたくない……)
「ヴァルハルドの女狐なんて、ずいぶんあなたに似合わないあだ名は一体何なのかと思って調べていましたが、やっぱり侯爵家のことはよく分からなかった。でも――一緒に来た侍女のことは、分かりました。ジェイムス」
ルーファスが呼び掛けると、家令は分かっていたというように一通の封筒を持ってきた。
「ドリスの分のお茶も出すように」
「そ……そんな……」
「ルーファス様のおっしゃる通りに」
恐縮するドリスに、家令は厳しくも優しい声音でそう告げた。
ルーファスは先ほどドリスを追い詰めた人とは思えない、優しい眼差しをドリスに向けた。「座って」そう言うと、ルーファスは使用人に命じてドリスにもお茶を出した。
ドリスは戸惑っていたが、家令に「座りなさい」言われると、ドリスはおずおずと席に着いた。再び人払いがされると、ドリスは戸惑いながらお茶を口にした。お茶の温かさや香りに癒されたのか、少しずつ手の震えが止まっていくのが分かった。そして、その様子をさり気なくルーファスが確認していることも。
(ルーファス様……)
ルーファスは、家令が持ってきた封筒に入った資料をテーブルに並べた。
ドリスやアビーのことを調べた資料だった。
「悪いが、概要は調べさせてもらいました」
(さすがの調査能力ね……)
イザベルは目の前に置かれた資料に目を通し、アビーのことを洗いざらい説明した。イザベルの話を聞き終えるとルーファスは、カップを静かに置いた。
「聞くだけでも、胸糞の悪い話だ」
「……私たちは、けしてセレフィード王国を裏切るような真似は致しません」
イザベルは改めてルーファスを見つめた。
ドリスもイザベルの言葉に同意するように、何度も頷いた。
「分かっているよ。イザベル。君がこの国を、私を、裏切ろうと最初からしていなかったことくらい。だから、私は……」
何かを言いかけて、ルーファスは言葉を飲みこんだ。
「いや、今はこの話はいい」
「……?」
「それで、私にここまで話したということは」
「厚かましいお願いだとは分かっておりますが、ルーファス様に……アビー奪還について、ご協力いただきたく思っております」
「アビーは……フォートレル侯爵家が管理する施設にいるんだっけ?」
「はい」
「君の輿入れと共にドリスもこちらで暮らすことになるんだから、身内を引き取りたいという話をすれば良いのかな?」
ドリスやイザベルが言うだけでは、相手にもされなかった。
(でも、レープ公爵家の嫡男であるルーファスが正式に話をすれば、父だって無視はできない)
「でも、あちらにとってアビーはドリスを操るための切り札。簡単に渡すとは思えないな」
ルーファスの指摘は最もで、イザベルもそのことがずっと気がかりだった。
ドリスは開けたと思った光が閉ざされたような顔をした。
「うーん。あまり手荒な真似はしたくないけど……。こっそり連れ出すしかないかな」
ルーファスはあっさりとそんなことを呟いた。
「「え!?」」
「つ、こっそりって……」
「正攻法で行かなさそうなんだから、仕方がないだろう」
「仕方がないって……」
『ルーファスって結構行動力あるよね。イザベルをこの家に呼んでくるときも結構強引だったし』
「余計なことを言うな。《たすく》」
ドリスは軽口を叩く《たすく》とルーファスを見て、驚いた顔をした。
「ルーファス様と、精霊様は、仲が宜しいのですね」
「よくありません」「よくないよ」
ドリスの言葉に、二人は同時に否定した。
「ヴァルハルドへ行くとなると、父上とディオンの許可もいるな」
この後のことについて色々考え始めたルーファスを、イザベルは見た。
(言わないと……)
「あの、ルーファス様」
「どうかしましたか?」
「あの……先ほどのことなんですが……」
「先ほど?」
「私ルーファス様に一つ嘘を、つきました」
ルーファスは予想外のイザベルの言葉に、目を見開いた。
イザベルはルーファスの視線を避けるように、下を向いていたが決意したように顔を上げた。その顔は緊張に強張っているように見えた。
「ルーファス様がお望みなら、婚約者の座を降りることも考えると申しましたが……本心ではございません。ルーファス様は……断ってくださるだろうと思って、甘えた発言でした」
イザベルはガバッとルーファスに頭を下げた。
ルーファスは頭を下げるイザベルを見て、声を上げて笑った。
「そう。それは良かったです。あなたの本心ではなくて」
ルーファスは、ほっとしたように微笑んだ。
「……私も、あなたに婚約を解消したいと言われるのは、あまり嬉しくありませんから」
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