第63話 ルーファスの罠
「一体何があったのですか」
戸惑う執事に呼ばれ、現れた家令が何も話さないイザベルとドリスをルーファスの執務室へと通した。
ルーファスに問われても、何も答えないイザベルとドリスにルーファスはため息をつき、家令を下がらせた。
「イザベル、《たすく》はいるのか?」
「え? い、いますけど……」
「《たすく》、姿を現せ」
「え!? でも、ドリスも……」
「彼女は国から君が連れて来た唯一の侍女なんだろう?」
「それはそうですけど」
「だったら問題ないだろう。こんなことを他言するような人間は、公爵家の使用人としても相応しくない」
ルーファスは冷たい視線をドリスに向けた。
「それは……そうかも、しれませんけど……」
「《たすく》」
『もう、うるさいなぁ』
「!?」
突然聞こえた子どものような声に、ドリスは驚いて辺りを見回した。
『ここだよ、ドリス』
《たすく》は、イザベルの肩に乗っていた自分の姿を現した。
「なっ……! 何ですか! その……小さな……生き物は!?」
ドリスは突然の《たすく》の登場に、腰を抜かしていた。
「精霊なの。婚約式のときに出会って」
「せ……精霊……様」
『《たすく》だよ。ドリスのこともずっと見てた』
「そ……そう、だったのですか……」
ドリスはあまりのことに頭が追い付いていないようだった。
ルーファスは《たすく》に向き合った。
「《たすく》、それで、何があったか教えてくれ」
「ルーファス様!」
「君たちが答えないんだから、仕方がないだろう」
「君なら分かるはずだ。私が彼女の害にはならないことを」
ルーファスは《たすく》が心のうちを読めることを逆手に取ることにしたようだ。
《たすく》は小さくため息をついて、ルーファスに話した。
『ルーファスが考えている通りだよ』
「そうか」
手短な会話に、ルーファスは全てを理解したようだった。
が――。イザベルもドリスも何が「ルーファスが考えている通り」なのかが分からない。
「ど、どういうことなのですか?」
イザベルがルーファスに問いかけたが、今度はルーファスがそっぽを向いた。
「教えませんよ」
「え!?」
「あなただって、私に説明してくれなかったでしょう?」
「それは……その――」
(ドリスから地図も得られてないし、ルーファス様にどう説明しようか迷っていただけで……)
ルーファスはイザベルから目を逸らすようにツーンと横を向いた。
(ルーファス様がそういうつもりなら……)
「《たすく》いまのってどういうこと?」
『え? 僕に聞くの?』
「だって、ルーファス様が教えてくれないから」
『もっとちゃんと聞けば教えてくれるよ』
「イザベル、《たすく》に何でも聞くのは卑怯ではありませんか?」
「ルーファス様だって、《たすく》に聞いたじゃありませんか?」
「私はあなたが侍女に暴力を振るっている理由を知らなければなりませんから。婚約者としても」
「その……何かにつけて“婚約者として”って持ち出すの、どうなんですか?」
イザベルはルーファスに思いわず切り込んだ。
ルーファスはその言葉に心当たりがあり過ぎて、耳が赤くなった。
「ど、どうって……。実際にあなたと私は婚約者ですし」
「何かあるといつもそうおっしゃりますけど、私は婚約者としてではなくて、ルーファス様自身のお考えを知りたいといつも思っています」
「……え、そ、そう、だったんですか……」
ルーファスはイザベルの思わぬ告白に顔を赤らめた。
イザベルもまた、思わず発してしまった自分の本音と、ルーファスの反応に顔が赤くなった。
「……はい」
『イザベルさぁ、ルーファスの考えが知りたいっていうなら、僕に聞かないでよ』
《たすく》は正論でイザベルを黙らせた。
「はい……」
《たすく》に叱られ身を小さくしたイザベルに、ルーファスはコホンと咳ばらいをして向き合った。
「私も大人げないことをしました」
「大人げないって……ルーファス様より、私の方が大人ですから、私の方が大人げないというか」
(実年齢も2個も上だし、前世のことを考えるとルーファスの倍以上生きているっていうのに)
しかし、イザベルの発言にルーファスはカチンと来たようだった。
「私はあなたよりも少し年下かもしれませんが、子どもというわけではありません」
ルーファスはイザベルを睨んだ。
「公爵家の跡取りとして、王太子の側近としての教育を受けて来ています。それにいまは家の仕事も大分任されています」
(子ども扱いしたつもりはないんだけど、プライドを傷つけたのかな……)
イザベルはルーファスの「大人アピール」に思わず頬が緩んだ。
「はい。ルーファス様を子どもだなんて思ったことは一度もありません。あなたにはいつも守っていただいていますし」
イザベルがそう言い微笑むと、ルーファスは少し照れたように「そうですか」と言った。
(そうだ。ルーファスはいつも私のことを見てくれていた。彼ならきちんと話を聞いてくれる。きっと一緒に考えてくれるはず)
《そうだよ。イザベル》
《たすく》はそっとイザベルの背中を押した。
イザベルは決意すると、ドリスの方を見た。
「ドリス、さっき言ったものを出してちょうだい」
「……」
ルーファスはイザベルとドリスのやり取りを静かに見守った。
「あなたがスカートの裏に隠しているものよ。分かっているでしょう? ここまで来て逃げられないわ」
「……」
「さっきも言ったけど、アビーのことは私も考えている。どうしたら良いか、ずっと考えていた。それで、いま、分かったの。ルーファス様に、全てをお話して相談するわ」
俯いていたドリスは、イザベルに顔を上げた。
「お父さまに従ったって、何にもならない。あなただって分かっているでしょう? いま言われていることを達成すれば、次の要求が来るだけ。あなたが失敗でもすればすぐに切り捨てられる」
(娘の私が処刑されたことだって、侵略の理由にしたくらいだもの)
「でも――。ルーファス様は違うわ」
イザベルはルーファスの瞳を見つめた。
瑠璃色の瞳は、キラキラと輝き澄んで見えた。
(信じるなら、彼を信じたい)
「ロザリン様の罠に嵌められそうになったときも、私を信じて守ってくれた。私を婚約者として、大切にしてくれている。彼とは出会ってそんなに経っていないけど、彼が信頼できる人だということは、あなただって分かっているはずよ」
イザベルは、アビーと一緒に笑っていた頃のドリスに語り掛けるように告げた。
ドリスは震える手で、自分のスカートの中に仕込んだ内ポケットに触れた。
カサッと紙の音がした。
イザベルは思い切り息を吸い込むと、震える手に力を込めた。
地図を手に持つと、テーブルの上にゆっくりと置いた。
二人がその地図を見た瞬間――、ドリスは地面に向かってへばりつくように土下座をした。
「申し訳ございません!!!」
ドリスの悲痛の声が、ルーファスの執務室に響いた。
ルーファスはドリスが置いた地図を手に取った。ナンバリングを確認すると「ここにあったものだね。鍵はどうやって?」と言った。
「家令の……ジェームス様が管理されている鍵を……目を盗んで使用致しました」
「……そう」
「全て……私一人でしたことでございます。お嬢様は、けしてルーファス様を裏切ろうとはしておりません!」
ドリスは地面に頭をこすりつけるようして、謝罪をした。
イザベルはそんなドリスの肩を抱き、立たせようと持ち上げた。
よろよろと立ち上がったドリスに、ルーファスは淡々と告げた。
「知っているよ」
ドリスはその言葉に、瞠目した。
「フォートレル侯爵が何も思惑もなく、娘を差し出すなんて思っていない」
イザベルは淡々と語るルーファスの表情に、体温が急激に下がる気がした。
「イザベルをこの家に招いたとき、念のために仕掛けておいた」
(やっぱりこれもロザリン様のものと同じ……)
ドリスに示すように「偽物だよ」と言った。
(やっぱり――。ルーファス様は、私たちの思惑なんて気付いていた)
「家令に言って仕掛けて置いたものだ。一介の侍女が隙を盗んで鍵を奪えるような間抜けでは、公爵家の家令は務まらないよ」
「あ……じゃあ」
「ジェイムスが、君に仕掛けたということだ」
「私……」
ドリスは自分の愚かしさに、膝が震えていた。
「ルーファス様、申し訳ございません」
イザベルは足が震えるドリスを支えながら、ルーファスに頭を下げた。
「ドリスの仕出かしたことは、全て主人である私の責任でございます。もちろん、ルーファス様がお望みなら、婚約者の座を降りることも考えております」
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