第60話 ルーファスの動揺
「ルーファス、立てるか?」
《たすく》の告白に、ルーファスは魂が抜けたように呆然としていた。
ディオンの声にようやく反応すると、ぼんやりしながら立ち上がった。
「別に……なんでもない」
明らかに何でもある顔をして立ち上がった。
イザベルにエスコートの手を差し出したかと思うと、ハッとして引っ込めた。
「?」
(なんか……ものすごい形相だけど)
《気にしない方がいいよ~》
(そう? 多分、《たすく》に心の声を聞かれていたことが原因よね……)
「イ、イザベル、その……さっきの精霊は…………いるのか?」
「え? は、はい。いますけど……」
(やっぱり……)
イザベルがそう返答すると、ルーファスは自分の手をじっと見つめたかと思うと、再びエスコートのためにイザベルに手を差し出した。
「? あの、ルーファス様。具合が悪そうですし、エスコートしていただかなくても」
(むしろカーターに言って肩を貸してもらった方が……)
「具合は、悪くありません!」
ルーファスは鬼気迫る顔をしていた。
イザベルは断ることもできず、ルーファスの手を取った。
「ルーファスくん」
帰ろうとするルーファスを、エリーアスが呼び止めた。
「あんまり気にしない方がいい」
エリーアスのその忠告に、ルーファスは顔を引きつらせた。
「気にしていませんッ!」
ルーファスは、エリーアスを睨みつけた。
その形相を見て、エリーアスは我慢できないというように、笑いを漏らした。
「エリーアス様、あまりルーファスを揶揄わないでください」
扉が閉まる直前に、ディオンの窘める声が聞こえた。
イザベルはルーファスに引きずられながら、馬車へと急いだ。
速足で歩くルーファスの顔を見上げると、耳まで真っ赤になっていた。
馬車の中に乗り込んだルーファスは、いつもよりも距離を取るように席に座った。
「少し……疲れましたので、眠ります」
そういうと、ルーファスは静かに目を閉じた。
(いつもは、馬車で色々話すのに……。ショック、なのよね。それはそうか。いくら精霊だからって自分の内心を他人に知られるなんて……。私も普通に《たすく》の言うこと、聞いてしまっていたし……。デリカシー、なかったわよね)
静かに目を閉じるルーファスを見つめた。
(屋敷に戻ったら、謝ったほうがいいわよね……。でも、この話蒸し返されるの、嫌がりそう。それに……《たすく》が近くにいると思ったら、私と一緒にいるのも、負担になるのかもしれない)
「婚約者の距離」を気にしていたルーファスが、急に距離を取ろうとしていた。
イザベルはそんな現実を前に、あれこれ考えを巡らせていた。
《たすく》はそんなイザベルをじっと見つめていた。
《イザベル、気にしなくて良いんだよ》
(でもね、《たすく》。ルーファス様は繊細な人だし、他人に心のうちを知られているっていうのは、人間によっては嫌なものなのよ)
《それはそうかもしれないけどさ……》
《たすく》は目を閉じるルーファスを睨んだ。
《ルーファス……》
(《たすく》?)
《たすく》は何を思ったか、パタパタとルーファスの肩に飛んで行った。
『ルーファス!!!』
ルーファスの耳元で、《たすく》は大声を出した。
驚いてルーファスは、目を開けた。
「なっ……!」
きょろきょろと左右を確認したが、声の主は見えない。
ぽんっ
『ここだよっ』
《たすく》は、ルーファスの目の前に移動すると、姿を現した。
目の前に再び現れた精霊に、ルーファスは硬直した。
『ルーファスさ、いつまで不貞腐れているんだよ』
「ふ……不貞腐れてなんか……」
『イザベルに本心を知られているのが、怖いんだろう?』
《たすく》はルーファスを挑発するように言った。
「なっ……」
図星だったのだろう。ルーファスは《たすく》の前で動揺を隠しきれなかった。
「《たすく》、私から話すから」
『イザベルが話しても無駄だよ。ルーファスは、イザベルに本心を知られるのが怖いんだから』
「余計なことを言うな!」
『余計じゃないよ。ルーファスが分かりにくい態度で、イザベルを困らせるからいけないんじゃないか』
「分かりにくくて悪かったな」
『悪いよ。婚約式のあとだって、怖い顔しているくせに、本当はイザベルのこと気になっていたくせに』
《たすく》の突っ込みに、ルーファスの顔が赤くなった。
「いっ……いつのことを蒸し返しているんだ!」
『じゃあ、さっきのことにしようか?』
「さっきって……なんだよ……」
『イザベルの髪型変わったの見てかわいいって思っているのに、エリーアスやハンスに先を越されたから怒っていたくせに』
「なっ……余計なお世話だ!」
『エリーアスやハンスみたいに、素直にかわいいって言えばいいのに』
「……――」
『かわいいって見惚れちゃってたら、先越されちゃったんでしょ? 言おうと思ったのに、タイミング外しちゃったんだもんね。ルーファスはっ』
「うるさい、うるさい、うるさい! このくそ精霊がっ!」
ルーファスは自分の周りをパタパタと飛ぶ《たすく》を捕まえようとしていた。
が、《たすく》はパタパタ飛んだり、姿を消したりしてルーファスを翻弄していた。
「卑怯だぞ! 正々堂々戦え!」
『やだよ。僕は精霊なんだ。そんな野蛮な戦い方はしない』
「べー」と子どものように《たすく》はルーファスに舌を出した。
「あの……《たすく》! ルーファス様も、もう……馬車の中で暴れないでください!」
イザベルは二人のやり取りを黙って見ていたが、ついに叱りつけた。
イザベルに叱られた二人は、仲良くピタッと止まった。
「危ないですから……座ってください。《たすく》も、ルーファス様を挑発しないで」
『はーい』
「申し訳ない……」
ルーファスは先ほどの場所に座り、《たすく》はルーファスの肩に座った。
「イザベル……顔が、赤いですが……」
「え!? あ……暑くて……久しぶりに叱ったからかしら」
挙動不審なイザベルを、《たすく》は目を眇めてみた。
イザベルは、はぁと息を吐き出すと、「というのは……言い訳です」と言った。
ルーファスは、静かにイザベルを見つめた。
「――ルーファス様が……その、私の髪型に見惚れていたって知って……その、嬉しくて……。さっきは何も言ってくださらなかったから」
(こんなこと……言うことになるなんて……)
イザベルの顔はカァァッと赤らんだ。
「……申し訳ありませんでした。くだらないことで、意地を張って……」
「いえ。ルーファス様は、少し分かりにくいですけど……いつも気にしてくださっていることは、分かっていますから。《たすく》に教えてもらわなくても」
『そうだよ。僕だって、イザベルに何でもかんでも言っているわけじゃないし』
「そ……そうなのか?」
『そうだよ』
「それに、ずっと一緒にいるわけでもないですし」
「そうなんですか!?」
イザベルの言葉に、ルーファスは明らかに顔が明るくなった。
「はい。夜は早めに寝ますし、新しい場所は探検に行くのも好きなので」
「そ……そうなのか?」
『うん。イザベルに危険があったらすぐに戻るけどね』
「そうか。そうだったのか」
『うん。だから安心して、イザベルとベタベタしていいよ』
「ベッ……」
『昨日だってルーファス』
「あーーーーーーーーっ」
ルーファスは突然の大声で《たすく》の言葉に被せたかと思うと、唇を引きつらせながら「何でもないよな」と《たすく》を睨んだ。
《たすく》は仕方なく頷くと、ルーファスの耳元でそっと囁いた。
『イザベルへの告白は自分でしなね。初キスは素敵な場所でするんでしょ?』
「◇★#%&□……!?」
《たすく》は動揺するルーファスを見ると、『ひっ、ひっ、ひ~っ』と笑いながら姿を隠した。
「出て来い、《たすく》! 正々堂々勝負しろ!!」
ルーファスが明後日の方を向いて怒鳴っていると、馬車は屋敷へと着いた。
(《たすく》……、あんまりルーファス様を揶揄わないで)
《だって、面白いんだも~ん》
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