第61話 ロザリンの来訪
「なんでロザリンがいるんだ!?」
屋敷に戻ると、ロザリンとイリーナが応接室でお茶をしていた。
レープ公爵夫人は、ロザリンの付き添いで来たのだろう――キャリントン侯爵夫人をもてなしていた。
屋敷に戻ったルーファスは、その状況に開いた口が塞がらないようだった。
「お帰りなさい。ルーファス。……イザベル様」
ロザリンは昨日のことなど何もなかったような、ケロッとした顔で声をかけてきた。
が、「イザベル」の名を呼ぶときだけ、スッと気まずそうに目を逸らした。
(よく分からないけど……反省は……しているのかしらね)
「キャリントン侯爵夫人、殿下から昨日説明があったと思いますが」
「申し訳ございません」
ロザリンに言っても無駄だと思ったルーファスは、キャリントン侯爵夫人に厳しい顔で詰め寄った。
(ルーファスって本当に16歳なの? そうとは思えない貫禄だわ……)
「お義母さまは悪くないわ」
ロザリンは立ち上がり、ルーファスの横に立った。
ルーファスは昨日までの様子が嘘のように、冷たい目でロザリンを見下ろした。
「殿下の指示に従えないなら、いくら“救国の聖女”とあっても重罰に処す」
「……何よ、そんな怖い顔しなくたっていいじゃない」
「ロザリン」
キャリントン侯爵夫人が不貞腐れるロザリンを嗜めるように、腕を引っ張った。
「舐めてもらっては困る」
聞いたことのない低い声が、応接室に響いた。
穏やかな空気が、一瞬のうちに凍り付くのが分かった。
「ルーファス、そんなに怒らないで」
「母上は黙っていてください」
フォローに入ったレープ公爵夫人にも、ルーファスは厳しい顔を向けた。
厳しい顔のルーファスに「むぅ……」とロザリンは膨れた。
が、プイッと顔を背けると「治療に来ただけです!」と言った。
「イザベル様に……怪我を、させてしまったから……」
膨れ面のロザリンの声が震えていた。
「その……殿下からは軽傷だと伺っておりましたので、ジゼル様に治療いただければいいんじゃないかと何度も言ったんですが……」
キャリントン侯爵夫人は、申し訳なさそうにルーファスに説明した。
《謝りたかったんだね》
(……うん)
ロザリンは、涙が零れないように唇を噛みしめていた。
(……本当のロザリンは、こういう子なのかもしれない)
《ゲーム?の世界じゃないって、分かったのかなあ》
(うーん。どうなんだろうね)
ルーファスも、ロザリンも、視線を外したまま黙り込んでいる。
「ルーファス様」
「……イザベルが言っても」
「折角来ていただいたので、治療だけお願いしません?」
「……――」
ルーファスは黙ってイザベルを見た。
口元はへの字のままだったが、何も言わなかった。
(無言は了承ってことで、良いのよね?)
イザベルも、じっと黙っている。
「ロザリン様、私の部屋に来てくださる?」
「イザベル!」
ルーファスが険しい顔をした。
「心配でしたら、ルーファス様もご一緒に」
「……――」
ルーファスの不機嫌そうな無言は、同意と受け止めて3人でイザベルの部屋へ移動した。
ドリスが頬のガーゼを外すと、まだ塞がっていない傷が見えた。
ロザリンは申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「そんなにひどい傷ではありませんから」
ロザリンは、イザベルの頬にそっと手をかざした。
ロザリンの手から、ポゥッと光が現れた。同じ光なのに、今日の光は優しい光だった。
小さな光がキラキラと発光し、スゥッとイザベルの頬に吸収されるとあっという間に傷口が塞がった。まるで何もなかったように美しい白い肌に戻った。
「――!?」
後ろから見ていたドリスが、ロザリンの光魔法の威力に息を飲んだ。
「すごい……。やっぱり、魔法が使えるって本当にすごいわね」
イザベルの言葉に、ロザリンは少し嬉しそうに笑った。
「まあね。もっと何でもできるものだと思ってたけど」
「十分よ」
「……あとは?」
「え?」
「あと、怪我したところ。全部治療するから」
「え、でも……」
「ルーファス! その、護衛も! 出て行ってよ」
ロザリンはルーファスとカーターに退去を命じると、服の下に隠れたあざなども全て綺麗に治した。
「ありがとう、ロザリン。前より良くなったくらいだわ」
イザベルがそういうと、ロザリンは照れを隠すように口を尖らせた。
「……悪かったと……思ってる」
消え入りそうな声で、ロザリンはそう言った。
「イザベルは悪役令嬢だから、どうなっても良いって思ってた。私はヒロインだし、何でも思うようになるって、魔法で何でもできるって……」
ロザリンの声は、小さく震えていた。
「うん」
「この世界はゲームじゃないなんて、変なこと言うって。悪役令嬢のくせにって」
イザベルを見つめるロザリンの瞳には、涙が浮かんでいた。
攻略対象者たちを惑わせるための、涙ではないと思った。
「でも、全部、間違い……」
ポロリとロザリンの瞳から大粒の涙が零れた。
「ごめんなさい」
涙と共に、謝罪が漏れた。
「うん」
そういうと、イザベルはロザリンの涙をハンカチで拭った。
ルーファスの刺繍入りの美しいハンカチを彼女に託した。
治療を終えた彼女は、キャリントン侯爵夫人と屋敷へと戻って行った。
「自宅謹慎」である旨を何度もルーファスに再確認され、ロザリンはうんざりした顔をしていた。でも――。泣き腫らした目をしていたが、その表情は昨日までよりもずっと穏やかだった。
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