第58話 たすくの正体(2)
――バサッ、バサッ、バサッ……。
公爵家御用達の髪結師は、まばらに切れていた髪を整えてくれた。
ヴァルハルド帝国の貴族女性は、腰より髪が長いことが一般的だ。
が、セレフィード王国ではもう少し女性の髪形は自由だ。
(縦ロールともお別れしたかったし、ちょうど良い機会だわ。前世でも長めのボブくらいの髪だったし。こんなに着るの、久しぶりだわ)
鏡に映る自分が、どんどん別人のように変わっていく。
イザベルは、“新しい自分”にわくわくしていた。
《イザベル、その髪型似合うね》
(うん。頭も軽くなっていいわ)
ドリスはイザベルが髪を短くすることに、少し抵抗があるようだった。
全体を長めに残すため、まばらに切れてしまった髪を隠すため、シャギーを入れるような髪型も提案されたが断った。
(髪型が変わると、お義母さまから何か言われると思っているのかも)
怪我を理由に厚化粧も控えたので、昨日までとは本当に別人のようだ。
鏡の端には変わっていくイザベルを、見つめるドリスと目が合った。
ドリスはイザベルと目が合った瞬間、パッと目を逸らした。
(そういえば、子どもの頃は、アビーにドリスと一緒に髪を切ってもらっていた。一緒に髪を切れなくなったのは、アビーが半身不随になってからだ)
イザベルは昔のことを思い出していた。
(ロザリンのことが解決したら、次はどうしよう。ロザリンがこうなるということは、やっぱり必ずゲーム通りに進むわけじゃないみたい。だとしたら――ルーファス様と結婚をする、ということも……)
イザベルは想像の中で、ルーファスとの結婚を妄想した。
ゲームとは情熱的なルーファスに抱き寄せられる妄想に浸り、顔を赤らめた。
《イザベル、ルーファスと結婚したいの?》
(やっ、したいっていうか――。その、そういう未来も……あるかなって……思っただけで)
イザベルは《たすく》の問いに、動揺して顔を赤らめた。
《ふうん》
(もし、そうなるのだとしたら……私はセレフィード王国の公爵夫人になるでしょ)
《うん》
(そうなったら、父はまた何かを言って来るかしら。アビーも、どうなるだろうって)
《イザベル、お父さん怖い?》
(怖いっていうか……)
ゲーム通りに進まなくなった“現実”に、イザベルは新たな不安と少しの希望を持っていた。
(この先、どうなっていくだろう。《たすく》のことも、ルーファス様に聞かれちゃったしね……。話した方がいいのかな)
運命は自らが切り開くものだ。
この世界も、以前の世界も、きっとそれは同じはず。
《イザベル》
(うん?)
《僕のこと、ルーファスたちに話していいよ》
(え?)
《ルーファス、僕のこと知ってもきっと大丈夫》
(大丈夫って……――)
《僕のことも、イザベルのことも、悪いことに使わない。僕、ルーファスの心の声聞こえるから、分かる。ルーファス、たまによく分かんないけど、イザベルが嫌がることはしないよ》
イザベルは《たすく》の言わんとしていることが分かった。
ルーファスは最初こそ素っ気なかったが、いつも誠実に向き合ってくれていた。
《たすく》が良いなら、彼に真実を話しても――。
(誰かを信じるなら、父ではなく、彼がいい。少なくとも、今の私はそう思っている)
「いかがでしょうか」
髪結師はいつのまにか肩まで綺麗に切りそろえていた。
内向きのワンカールで整えてくれており、後ろの状態も鏡越しに見せてくれる。
「ありがとう。すっきりしてとてもいいわ」
「おすすめのアレンジは、侍女に伝えておきますね」
「助かるわ」
そういうと、髪結師は今日のドレスに合うように、耳上に花を飾った。
《かわいいね!》
(うん。これで十分華やかだわ)
イザベルは髪結師が整えた髪型で、王宮へと向かった。
(色々あるけど――……まずは、ロザリンのことを片付けてからね)
◇◇◇
「イザベル、こちらへ」
ルーファスにエスコートされ、イザベルは着座した。
イザベルの到着で本日の関係者は全員揃ったようだ。
ディオンが中央の席に座ると、ロザリンの処遇について簡単に説明してくれた。
「――彼女の今後の状況と、国王との話し合いとによることが多く申し訳ないが」
ディオンはそう言ったが、“救国の聖女”を大っぴらに処罰できないのは仕方がない。
それに、幸いなことに、今回はここにいるメンバーとアンガスくらいしかこのことを知らない。わざわざ問題を大きくする必要もないのだ。
(――あの“記憶”を見るに、ロザリンもつらい思いをして来たみたいだし……。今回のことで彼らが“ゲームのキャラ”じゃないことが分かれば、きっと変わる)
泣きつかれて眠るあどけないロザリンの姿を思い出すと、イザベルはそう思うことができた。
(ロザリンは、私の異父妹とは違う)
イザベルの頭には、何を考えているか分からない異父妹のことが頭を過った。
「イザベル、ロザリンが落ち着いたら、君には一度キャリントン家に赴いてもらって、ロザリンと話してもらうことがあるとは思う。頼めるかな?」
「はい。私も、彼女と話したいことがありますので」
「そう」
ディオンはそう言い、イザベルをじっと見た。
「ところで、“ゲーム”というのは、一体何なんだろう」
優しい微笑の中に、鋭さが混ざったのを確かに感じた。
一瞬にして、イザベルの背に、変な汗が流れた。
ディオンから視線を反らそうと隣を見ると、ルーファスと目が合った。
反対を向いても今度はハンスやエリーアス、レンナルトとも目が合ってしまった。
(こ、これは……――。八方ふさがりというヤツでは……)
「あと、《たすく》という男性は、誰なんだろう?」
ディオンの微笑からは「絶対に逃がさない」という圧があった。
「えっと……」
《いいよ》と頷く《たすく》を見て、イザベルは観念するように瞼を閉じた。
決意をしてから瞳を開け、隣のルーファスを見て、ディオンをまっすぐに見た。
「《たすく》は……精霊です」
「――精、霊?」
隣に座るルーファスの目が大きく見開かれたのが分かった。
「精霊って……――あの?」
ディオンは珍しく要領を得ない言葉を繰り返した。
「はい。王国史に登場する“あの”精霊です。神話的な存在に近いって、エリーアス様が教えてくれた」
イザベルの答えに、ディオンは「なるほど」と惚けた顔で繰り返し、ルーファスは目を見開いたまま硬直し、エリーアスも顎に手を置いたまま動かないし、レンナルトも「えええ!?」と声を上げたまま止まっていた。
ハンスだけが「やっぱりな……」と楽しそうにイザベルを見た。
「で、イザベル。その《たすく》という精霊はここにいるのか?」
頭が追い付かない4人を置き去りに、ハンスはイザベルに質問をした。
「は、はい」
「「「「え!?」」」」
《姿、見せようか?》
「できるの?」
《いいよ》
「な、何ができるんだ?」
ディオンが、イザベルの言葉を繰り返した。
「姿を見せてくれるそうです」
「「「「「え!?」」」」」
イザベルの答えに、5人が一斉に反応した。
ぽんっ!
5人の目の前に、小さな黒髪の精霊が姿を現した。
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