第53話 絶望
《イザベル。この子の仕業だよ!》
(――分かってる)
この自習室に誘って来たことも、この地図を鞄に入れられたことも――。
全部、ロザリンの策略だった。
(――何か仕掛けてくるとは思っていたけど……。こんな風にゲームの強制力が働くとは思わなかった)
イザベルは恐る恐るルーファスの顔を見た。
ルーファスの傍らには、勝ち誇った顔のロザリンがこっちを見ていた。
「イザベル……」
ルーファスがイザベルの顔を見た。
(この後のセリフは分かっている。どのルートも同じだから)
イザベルは瑠璃色の瞳を切なく見つめた。
(円満な婚約解消が目標だった。この国の片隅で一人暮らしていければと思っていたけれど……。もうそれは叶わさそうだ)
イザベルは目を閉じた。
(でも――……思ったよりも落ち着いているわ。“ルーファス”に処罰されるなら、仕方がない。そう思えているからかもしれない)
瞼を閉じると、彼の好きだった顔が浮かんだ。
3カ月ほどの月日とは思えないほど、色々な表情が浮かんだ。
(ドリスと、アビーのことだけは、なんとかしたかったな)
少しの後悔を胸に覚悟を決めた。
「イザベル――君をスパイだなんて思っていない。心配しなくていい」
イザベルは予想外の言葉に、目を見開いた。
「「えっ!?」」
思わず、ロザリンとイザベルの声が重なった。
先ほどまで、ロザリンに傾倒していたような様子だったルーファスが、以前の冷静な顔に戻っていた。
「君に濡れ衣を着せるために、用意したんだろう」
「なっ、なっ、なっ……なんで、そんなことが……」
ロザリンは驚いた顔で、ルーファスを見た。
そんなロザリンを見て、ルーファスはクスッと笑った。
「彼女がそんなことをするはずがない」
「はあっ!? 何それ、何それ、何それ!!!」
興奮したロザリンは、怒ったようにルーファスに言葉をぶつけた。
「何それと言われても……。信頼できる人間か否かは、少し一緒にいて見れば分かるものだ。君がそんなことをする人じゃないことくらい、分かる」
最後の言葉を言うとき、ルーファスはイザベルを見つめた。
「……だって、イザベルは悪役で……」
「悪役? 彼女のどこが悪役だって言うんだ?」
ルーファスは同意を求めるように、ディオンたちを見た。
彼らもルーファスと同じ意見のようだった。
――コン、コン、コン。
ロザリンが我を忘れてわなわなと震えている瞬間だった。
ノック音が聞こえたかと思うと、ニコニコと微笑んだエリーアスが、アンガスと共に自習室へと入って来た。
(めっ……眼鏡!? エリーアスも。一体、なんで――?)
エリーアスがロザリンに優しく微笑んだ。
「僕もいいかな?」
アンガスは気まずそうに下を向いていたが、意を決したようにイザベルに向き合った。
「イ、イ、イザベル! その……すまない! 彼女の教科書を……君の机の中に入れたのは、僕……なんだ!」
「教……科書……?」
「その、地図も……だけど。それは、エリーアス様に彼女の指示に従うように言われて……」
その言葉にカッとした顔をしたのは、ロザリンだった。
(眼鏡まで私を騙していたって言うの!?)
「何が私の指示よっ!? 自分が勝手にやったことを、他人の所為にするんじゃないわよ!」
「君が僕に頼んだんじゃないか!」
「そんなことしてないわ! それに他人から頼まれたからってそんなことをするなんて、あなたどうかしているんじゃないの!?」
アンガスはロザリンの言葉に「うっ……」と言葉が詰まった。
「確かに……そう、思われても仕方ないけど……。僕だってよく分からないんだ。なんだか、少し頭がぼんやりして……その指示に従わなきゃいけない気が――」
「何よ、それ。それが言い訳になるって言うの?」
「それは――……」
ロザリンの猛抗議を受けて、アンガスが黙っていると、ハンスが「なるよ」と言った。
ロザリンはハンスをキッと睨んだ。
「彼は魅了魔法にかかっていたんだ」
「――……なんでそんなこと……」
「だって、その魅了魔法を解いたのも、彼がもう一度魅了魔法にかからないようにしたのも、俺だもん」
「「――え!?」」
再び、イザベルとロザリンの声が重なった。
(この反応を見ると、何も知らなかったのは私とロザリンだけってことか……)
「それに、ロザリン。この封筒、王宮の紋章も入っているけど、神殿の判も押されている。この封筒を使うのは神殿の幹部だけだってこと、この国の高位貴族なら常識なんだ」
ディオンがイザベルの鞄から出て来た封筒を手にした。
「神殿が軍事拠点の地図を秘密裏に探しているという情報までは掴んでいたんだ。でも、誰が持ち出そうとしているのか。誰の手に渡るのかまでは分からなかった」
ディオンは少し切なそうにロザリンを見た。
その瞳は、ロザリンでなければ良かったと願っていたと語っていた。
「念のため――……僕が神殿と懇意にしている貴族を通じて、手に渡るようにした。もちろん、偽の地図をね」
ディオンはパチンとロザリンにウインクをした。
「――……にせ……もの?」
「そう易々と機密情報を流出させるわけにいかないしね」
気が付くと、ロザリンを取り囲むように攻略対象者たちが立っていた。
「みんなで……私を……騙していたってこと?」
ロザリンの問いには答えず、ディオンは「イザベルを陥れようとしていた理由は?」と訊ねた。その声は先ほどまでの調子とは違い、低く威厳のあるものだった。
「――……」
「黙っているなら、君を幽閉するしかないな。……――永遠に」
「はぁっ!? 何言ってるの? 私は救国の聖女なのよ! ヒロイン! この国の中心なの! それをなんで幽閉するのよ」
「君は確かに“救国の聖女”だ。でも、この国の中心は君じゃない」
「――……何よ……。自分だって言いたいの?」
「違う。そうではない。国の中心は、民草だよ。民がいない国なんてない。君の力が必要とされるのは、民を守るためだからだ。でも――。君の力が、民を害するものになるなら……」
ディオンの言葉に、ロザリンの瞳は怒りに燃えていた。
身体中を光がふわっと包み込んだ。光とともに、どこからか風が吹き、彼女のピンクベージュの髪が靡いた。
「私が……悪いっていうの? この女を守るために、みんな結託して私を陥れた」
「ロザリン……」
「どうしてこの世界でまで、私は愛されないの?」
ロザリンのつぶやきは、まるで心の悲鳴のようだった。
「ロザリン……」
思わず、呟いたイザベルの声に反応し、ロザリンはイザベルを睨んだ。
「悪役令嬢のくせに――……」
「ロザ……」
「なんでアンタばっかり……――」
全ての不幸の元凶を見るような鋭い目を向けられた。
ロザリンに睨まれたイザベルを守るように、ルーファスの身体がスッとイザベルの前に現れた。
「ルーファス……」
彼の名を呟いたのは、ロザリンだった。
あの日、壊されたアクリルチャームを思い出した。
(――ルーファスの優しい笑顔に……癒されていたのに。どうして、私の前に立ちはだかるの? どうして、私のことを敵を見るように見るの? どうして、私を騙したの?)
「許さない……」
ロザリンのつぶやきが、切なく響いた。
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