第52話 地図
「これ、を……イザベルの鞄に?」
「そう」
にこりとロザリンは微笑んだ。
ロザリンの手から受け取った封筒を、アンガスは不思議そうに見た。
「これは……一体――」
「え?」
(前はそんなこと聞かなかったのに……。魔法の効果が切れかかっているのかな?)
ロザリンは、アンガスの顔を覗き込んだ。
驚いたアンガスは、パッと目を逸らしたが、ロザリンはアンガスの腕をそっと掴んだ。
「反らしちゃ、ダメよ」
そう囁くと、アンガスは恐る恐るロザリンを見た。
ロザリンは、澄み切った空のように美しい水色の瞳をしている。
(この力に気付いたのは、ラッキーだった)
初めて使用したのは、義母だった。淑女教育に熱心だった彼女に「お願い」をしたら、嘘のようにしたがってくれた。その次は義父。義父の方が、効果が強く現れたのが分かった。試しにクラスメイトにかけて見たら、やはり異性の方が効果も持続力もあった。
(攻略対象者には効かないのかと思ったけど、最近は効果が出始めているし……)
「この封筒のことは、あなたは何も知らなくていいの」
「――……はい」
「イザベルの鞄に入れるだけ? いい?」
「…はい」
「私から言われたってことは、ぜーったい、誰にも言っちゃダメ。分かった?」
「はい」
徐々にアンガスの魔法の効果が高まっていくのを感じた。
(これで大丈夫。あとは――……どうやって、これを見せつけるか……)
◇◇◇
「え……私も――ですか?」
「ロザリンが、ぜひ一緒にって言ってるんだ」
「でも――」
放課後、ディオンがイザベルを自習に誘った。
戸惑うイザベルの横を、アンガスはスッと通り過ぎ教室から出て行った。
(ふふ、大丈夫そうね)
イザベルの瞳が戸惑いに揺れていた。
「イザベル様、この前は私誤解させてしまったみたいで、気になっていたんです。私がこの前のテストで1位になれたのも、みんなの教え方が上手かったからだし……。あっ、別にイザベル様の成績が悪いとか、そういうことを言ってるわけじゃないんです!」
「……分かっていますから」
この前行われたテストでは、各学年の上位者が張り出された。
高等部1年はルーファス、2年はロザリン、3年はディオンが1位だった。
(まあ、当たり前よね。チート能力もあるうえに、毎日勉強してたんだから)
一方で、悪役令嬢たちはというと、中等部3年のイリーナは3位だったが、ジゼルもイザベルも上位者のランキングには入っていなかった。
(まあ、公爵令嬢のイリーナは仕方ないとして……。思った通り――悪役令嬢たちの力なんてこんなもの。それがランキングを見てもよく分かった)
「ルーファスからも、お声がけして」
ロザリンの横に立っていたルーファスの腕をきゅっと握り上目遣いに見ると、ルーファスはイザベルに義務的に「ロザリンが声をかけてくれているんだ。君も一緒に勉強をしたらいいだろう?」と言った。イザベルは王太子殿下と婚約者にも言われ、断り切れないようだった。
「分かり……ました。ご迷惑をおかけするかもしれませんが……よろしくお願いいたします」
イザベルは、渋々と言った感じで頭を下げた。
図書室の自習室へ向かう途中、ハンスに出くわした。
「やあ、皆さんお揃いで」
オッドアイのハンスは、不思議な魅力を醸し出していた。
(隠しキャラのハンスに会うのは初めてだわ!)
うっとりとハンスを見つめたが、ハンスはロザリンに微笑を浮かべたあと、イザベルに親しげに声をかけた。
「イザベルも行くなら、俺も一緒に行こうかな?」
慣れた揶揄いに二人の親密さが漂った。
(何、あの悪役令嬢……ハンスのことまで? 本当生意気な女。まあいいわ。ハンスの前でもスパイとしての姿をさらせばいいのよ)
皆で自習室へと向かうと、ロザリンの両端にはルーファスとディオンが、イザベルの横にはハンスが、そして反対側には一人分以上間を開けてレンナルトが座った。
(なんでこいつがハンスに構われているのか分かんないけど……)
ハンスに構われる悪役令嬢の姿に顔が引きつった。チラッとルーファスを見ると、二人の様子を全く気にしている素振りはなかった。
(やっぱり、ルーファスはもう、この女のことは気にしていないのね)
ルーファスの様子に機嫌を戻し、ロザリンは自分の鞄から教科書を取り出した。
ロザリンの動きに促されるように、イザベルも自分の鞄を持った。
(ふふっ――……どんな顔をするかしら?)
イザベルが教科書を取り出そうとすると、一緒に封筒が滑り落ちた。
「あれ? それ何?」
ハンスの声が自習室に響いた。
「その封筒の判、王宮のものじゃないの?」
イザベルは自分の教科書と滑り落ちた見慣れぬ封筒を手にした。
ハンスが言うように、セレフィード王国の紋章入りの封筒だった。
気軽に手に入れられるものではない。
ディオンは「その封筒は一体どこから?」と、声をかけた。
(ふふっ、予想通りだわ……)
「――私のでは……」
戸惑っているイザベルに、ハンスが「開けてみたら?」と声をかけた。
「でも――。私のものでもないものを見るなんて……」
「見ないと誰のものかも分からないだろう?」
イザベルはチラッとディオンを見たが、ディオンは目で頷いた。
「構わない。王家の紋章入りなら、その場で確認した方がいい」
イザベルがその封筒を開けると……――。
「……何、これ……」
ハンスはイザベルの手元を覗き込むと、驚いた声を上げた。
「イザベル、これ。軍事拠点の地図じゃないか」
その言葉に3人の目の色が変わった。
(ふふっ……大成功だわ。イザベル、もう終わりよ。今度こそあなたは“悪役令嬢”として処刑ルートに戻るのよ!)
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