第51話 罠
手に力を集中させると、ふわっと自分の身体から光が現出した。
その光が男の肩の傷に吸収されるように消え、傷が見る見るうちに消えてなくなった。
「す……すごい! 一生動かなくなると言われていたのに……」
男はあまりのことに興奮して、肩を回していた。ロザリンの傍らに立つ枢機卿が、自分の手柄のように得意気にほほ笑んでいた。
真名晶に触れたとき、自分でも驚くほどのまばゆい虹色の光が神殿を包んだ。
(ゲームのスチル通り過ぎてびびったけど、エリーアスのおかげで、この力も大分コントロールが効くようになった)
半年前、前世の記憶が甦って自分が「ヒロイン」だと気が付いた。
(何もしなくても何でも手に入ると思ったけど、魔法の制御は練習しなきゃいけないし、勉強もやらなきゃいけないし、こうしてつまんない聖女のお仕事もしなきゃいけないし、意外とこの世界も面倒)
「聖女様、ありがとうございます」
男は瞳に涙を溜めながら、ロザリンに腰を折った。
(――でも、こうやって感謝されるのは……悪くないわ)
ロザリンは天使のような微笑みを浮かべ、聖女らしく「あなたに女神のご加護がありますように」と述べた。男はそんなロザリンに震え、繰り返し感謝を述べた。ロザリンが立ち上がると、男は枢機卿にも頭を下げ、封筒を渡していた。ロザリンはその様子をチラッと横目で確認した。
(一体いくら包んだのかしら? 身分は高くなさそうだから、相当積んでるわよね? まあ、でもそれで一生治らないって言われた怪我が治るんだから安いもんか。それにしても、結構この世界もゲスい)
ロザリンの「癒しの時間」を受けられるものは、神殿が管理していた。
そして、その人選は割とシビアだということには、早々に気が付いた。
神殿に有益な高位貴族か、お布施か。そういうことが優先されているようだ。
「聖女様、すばらしいお力でした」
お布施を預かった枢機卿がロザリンの後ろから声をかけた。
「ありがとう、枢機卿。私も皆さんのお役に立てて良かったですわ」
「素晴らしい心持ちです。さすがは救国の聖女であられる。養護院へもボランティアに足を運ばれているようですね」
「ええ、まあ」
(エリーアスの好感度上げのためにね。あの女がいるのは盲点だったけど)
「さすがは聖女様だ!」
枢機卿はわざとらしいほど持ち上げた。
(この男は分かりやすいからコントロールもしやすいし。魔法を使わなくても簡単よ)
「それで、枢機卿。お願いしていたもの、ご用意いただけたかしら?」
「ええ、“あれ”ですね。聖女様のために特別にご用意させていただきました」
枢機卿は執務室の鍵のかかった引き出しから、封筒を取り出した。中を確認すると、頼んでいた通りセレフィード王国の軍事拠点の地図だ。
「――ありがとう、枢機卿」
可憐な微笑を浮かべて地図を受け取った。
枢機卿の欲に濁った瞳は、自己保身からか不安が見え隠れしていた。
「それで……聖女様。一体それを……どのように、お使いに……?」
「どのようにって――。……いまは平和な王国だけど、いつ戦禍にまみえるか分かりませんもの。何事も準備は大切でしょう?」
適当に見繕った言い訳に、枢機卿は分かりやすく安堵していた。
「さすがは聖女様だ!」
(本当――単純な男……。“これ”を、あの眼鏡くんに頼んで、イザベルの鞄にでも入れて置けば……――)
ロザリンは、虎視眈々とイザベルを追い落す計画を進めていた。
(悪役令嬢が主人公に叶うわけがないってところ、見せてやるわ。泣いて縋って来たら、処刑はやめるようにルーファスに頼んであげてもいい)
ロザリンは、ルーファスがイザベルを追い詰めるゲームのスチルを思い出し、ニヤッと口角が緩んだ。
◆◆◆
「だから言っただろう? 彼女には特別な“何か”があるって」
ハンスはディオンの執務室でふんぞり返った。
先日の化粧室での一件後、“謎の突風”のことが気になっていた。
ロザリンの悲鳴が聞こえて立ち入った際のことだった。
イザベルとロザリンは向き合って立っており、ロザリンは壁に打ち付けられるように倒れていた。
(ロザリンはイザベルに押されたと言っていたが――)
イザベルの両手は「気を付け」の状態で、押した瞬間には到底見えなかった。
(そうじゃなくたって、イザベルがそんなことをするなんて考えられないが――)
それどころか、化粧室に入ったとき強い風のようなものを一瞬感じ、その風は嘘のようにすぐに納まった。
(イザベルは魔力がゼロで魔法は使えないはず――。にも関わらず、あんな突風を起こすことが可能なのか?)
「考えてみれば、以前同じようなことがあった」
ディオンがそう口を開いた。ハンスは呆れたようにディオンを見た。
「局所的な雨に、突風だろ?」
「――ああ」
イザベルが初めて魔法の授業を受けたときの話だった。
(たまたまだと思ったが――……。そんなに何度も彼女の周りでだけ起こるということは……?)
「でも、一体何が……」
ルーファスのつぶやきにハンスはニヤッと笑った。
「知りたい?」
「知っているのか?」
思わずルーファスは身を乗り出した。
「知らないよ」
ルーファスの気持ちを弄ぶようなハンスに苛立ち掴みかかるところだった。
が、レンナルトに宥められ、気持ちを鎮め席へと着いた。
席に着いたルーファスに、ハンスは挑戦的な目を向けた。
「――でも、見当はつけている」
その言葉に、3人はハンスを見た。
このふざけた男は、態度は気に入らないが、実力は確かだ。
不確かなことは言わない。
「見当って……」
「それはさ、“あの子”が力を発揮したときに」
「力を発揮するって、いつなんだ?」
「それなんだよねえ」
ハンスはルーファスの顔を見ると、閃いたというような顔で見た。
「君さ、イザベルを害するようなことしてよ」
「はあ!?」
ルーファスはハンスの突拍子もない発言に眉根を寄せた。
「俺にしかけたみたいに氷の槍を突き刺してもいいし」
「――……婚約者に、そんなことをするわけないだろう」
先ほど鎮めたはずの怒りが沸き上がり、声が震えるのが分かった。
「じゃあさ、押し倒してみるとか?」
「――………………………は?」
「俺がやったら君が怒って止めるから進まないじゃん。だったら、君がやれば問題ないだろう?」
「ルーファス、落ち着けって!」
再びハンスに掴みかかろうとしたルーファスを、レンナルトが全身で抑えた。
「止めるな、レンナルト!」
「気持ちは分かるけど、やめろって!」
「…………ハンス様、あまりルーファスで遊ばないでください」
興奮するルーファスの前に、ディオンが立った。
「別に遊んでるわけじゃ……。まあ、でも――イザベルの婚約者になってからの方が、面白いね。君。澄ました顔より、そういう方が好きだよ」
「ふざけるなっ!!!!」
「あはははは」
ハンスは腹を抱えて笑った。
「その反応が見たかった」
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