第47話 交錯する思い
「魅了魔法にかかった“振り”ですか」
ロザリンを侯爵邸に送り届け、王太子の執務室に集まった。
ディオンから説明を受けたエリーアスは、静かに頷いた。
そして、不機嫌そうにエリーアスを見下ろすルーファスを、ちらっと見ながら言った。
「彼がロザリンに熱心に教えているから、おかしいなとは思ったんだけど。もしかしたら、心変わりでもしたかなって」
エリーアスの爽やかな笑顔と含意のある物言いに、ルーファスは黒い笑顔で対抗した。
「残念ですが、あなたがイザベルの婚約者になることは、未来永劫あり得ませんのでどうぞご安心ください」
「そう? でも、イザベルは君の態度が急に変わったことを気にしていたみたいだけど、説明しなくて大丈夫なのかな?」
エリーアスの進言に、ディオンは心配そうにルーファスを見た。
ルーファスはその視線を受け流し、瞼を閉じてシャットアウトした。
(イザベルに説明したいのは山々だが……そんなことをしたら、ロザリンにこちらの手の内を知られる可能性がある。それに、イザベルも心配だ。いつ自分で動き出すか分からない……。今は我慢するしかない。)
ルーファスは不安に思う気持ちを抑え、淡々と答えた。
公爵家の嫡男として育ったルーファスは、自分の思いを押し殺すことには慣れていた。
――はずだった。
(今までだって目的達成のためなら、様々なものを犠牲にしてきた。それが公爵家の役割じゃないか……)
子どもの頃から教育されてきた「平静さ」を装いで、ルーファスはエリーアスを見た。
「――問題、ありません」
「ロザリンの標的はイザベルでしょうから、彼女には伝えない方がいいということで」
ディオンがルーファスの言葉を補足した。
「ふーん。まあ、その方がロザリンは油断するだろうけど、君たちは婚約を結んだばかりで、ディオン殿下やレンナルトくんとは違って、絆も信頼もないだろうし……。大丈夫かなって思っただけなんだ。老婆心だったかな」
(なんでこの男は、一々気になる言い方をするんだ)
笑顔のエリーアスの言葉の端々に棘を感じ、ルーファスは口の端をヒクヒクと震わせていた。が、なんとか引きつった笑顔を浮かべてエリーアスを見た。
「絆や信頼は、年月だけではありません」
「そうだろうけどね。君の場合は出足も挫いているようだし。そんな中で、ロザリンに妄信する振りなんてね」
「……ロザリンの思惑を知るためには、この方法しか……ありませんから」
「――イザベルを守るためには仕方がないってことか」
エリーアスの笑顔に、ルーファスは図星を指され顔を赤らめた。
「そうまでして彼女を守ろうとしているなら、私も協力しないわけにはいかないね。そうそう、私も努力家の女性が好きなんだ。他人のために指を傷だらけにしてしまうような、ね」
ルーファスはその言葉に、イザベルの指が過った。
また、口の端がヒクつくのを感じたが、なんとか抑えた。
(素直に協力するって言えないのか、この男は……――)
ルーファスは学園でのイザベルの様子を思い出していた。
(エリーアスがイザベルに接近する姿を黙って見ているのは、正直耐え難かった)
ロザリンに勉強を教えながらも、何度も視界の端に映るイザベルの横顔が気になった。
困ったように笑う彼女の表情が、頭から離れない。
――君たちは婚約関係を結んだばかりで、絆も信頼もないだろうし……。
先ほどのエリーアスの言葉が、想像以上にルーファスの不安を掻き立てていた。
(さっさとロザリンを油断させて、イザベルに何を仕掛けようとしているかを吐かせなければ――)
◆◆◆
(今日のルーファス様は、明らかにおかしかった)
《どうしたの? ルーファス、心配?》
《変な魔法にはかってないよ。僕が守ってる!》と、《たすく》はまた胸を張った。イザベルはそんな《たすく》の頭を撫でながら、今日のルーファスの姿を思い浮かべた。
(心配っていうか――……。あんなに言っていたのに、今度はエリーアス様と一緒にいたから呆れていたのかも。それとも……何か理由があるの?)
そんな都合のいい考えが頭をよぎって、すぐに打ち消した。
イザベルは今日の自習室でのルーファスの態度が気になっていた。
考えても仕方がないと思っているのに、何度もロザリンと笑い合うルーファスを思い出してしまう。
(やっぱり、ゲームの強制力が発動しているのかも……。そうだとしたら、急変したルーファスの態度もよく分かる。そもそも覚悟していたじゃない。頭では分かっているのに――)
不安な気持ちを押し込めて、イリーナと話しながらルーファスの帰りを待った。
いつもよりも少し遅い時間に戻ったルーファスを出迎えたが、どこか違和感があった。
「お邪魔になってはいけませんので、私はお部屋に戻りますね!」
イリーナはいつもと変わらない様子で私室へと下がった。
昨日までなら、照れながらもルーファスと3階へ上がったが……。
ルーファスは、イザベルを「儀礼的」にエスコートした。
それは婚約式のときに感じたルーファスの距離感だった。
(やっぱり――……巻き戻っている……)
自分の心の中に湧いた不安が、ルーファスの態度によって確信に変わっていくのを感じた。
3階のルーファスの部屋の前に来たとき、イザベルは耐えきれず「おやすみなさい」と自分の部屋へと戻った。
「イザ……」
彼が私を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、顔を見ることはできなかった。それでも、ルーファスの手に引き留められることを想像したが、彼の手が私を掴むことはなかった。
(最近は、当たり前のように彼の部屋で「充電」をしていたけど……――)
「充電」だと抱きしめるルーファスの温もりを、思い出した。
「充電」されていたのはルーファスだけではなかったことを、イザベルは一人の私室で思い知った。
(明日になれば、元に戻るかもしれない)
そう願った自分が、一番惨めだった。
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