第46話 心変わり?
「アンガス、王国史のテストのことで教えてほしいところがあるんだけど――」
イザベルにそう声をかけられたアンガスは、パッと目を伏せた。
気まずさを誤魔化すようにメガネのブリッジを人差し指でグイッと持ち上げる。
「王国史は、僕はあまり得意ではないから、リアに聞いたら良いと思いますよ」
イザベルの方を見ようとせず、いつも2倍速で話すと去って行った。
残されたリアはポカン……とした顔でアンガスの背中を見ていた。
イザベルに「ごめんね」と言うと、事態を知らないリアはどういうことなのかとアンガスを追いかけた。
(やっぱり、あれ以来避けられている……)
《あの変な魔法は、少し弱くなってる》
(繰り返しかけないと、弱くなるのかもしれないわね)
《うん。あの子、アンガスのところには来ないしね》
《たすく》が言うにはこのクラスで魅了魔法にかかっているのはアンガスだけだという。ロザリンのクラスメイトの男子は、レンナルト以外全員魔法にかかっているようだし、彼女を受け持つ教師もかかっているらしい。
魅了魔法は異性に効果が効きやすいらしく、ロザリンの魔法にかかっている対象は男性ばかりだった。
「テスト勉強なら、私でも少し役に立てると思うよ」
一人になったロザリンの後ろから、エリーアスがにこりと微笑んだ。
「エリーアス様!?」
「図書室で自習でもする?」
「そんな――……エリーアス様に教えてもらうなんて……先生の特別指導なんて贔屓みたいに思われても困りますし」
「私はただの特別講師だから。テストとかには全く関わってないから気にしないで大丈夫だよ」
戸惑うイザベルを無視して、手に持つテスト範囲の紙を奪った。
「君が困っているのは、王国史と魔法学かな」
「それは……そう、ですけど――」
「任せて。王国史も魔法学も結構得意なんだよ」
「でも――」
「ヴァルハルド帝国のご令嬢が、テストで悪い点を取るわけにはいかないだろう?」
◇◇◇
「なんで、私まで――」
イザベルは教室に戻ったリアを連れて、図書室の自習室へと向かった。
「いいじゃない。どうせ勉強するんでしょう?」
「そうだけど――」
《お勉強会、楽しそうだね》
ひそひそ話すイザベルとリアの後ろを、護衛のカーターとともに、エリーアスが上機嫌に着いて来た。
「あれ? エリーアス?」
「やあ、ロザリン」
「どうしてこんなところに?」
ロザリンは、いつも通りディオン、ルーファス、レンナルトを連れていた。
(――ルーファス様! 昨日の今日で、今度はエリーアス様と一緒にいるところを見られたら……)
イザベルも、カーターも「まずい――……」と思った。
が――。ルーファスはイザベルに目をくれることもなく、ロザリンに熱い視線を向けていた。いつものように何か言って来るわけでもない。こちらを見ようともしなかった。
(――なんで?)
イザベルは、ルーファスのいつもと違う行動にモヤッとした。
「ああ、イザベルとリアとテスト勉強をしようと思って」
「エリーアスたちも? 私たちもなの! 折角だわ。一緒にやらない?」
ロザリンとエリーアスは、意気投合しているようだった。
魅了魔法をかけているという疑惑のロザリンは、いつもと変わらない。
(でも、ルーファス様は……そんなに優しくロザリンを見ていた?)
イザベルの心が、ざわざわと波立った。
(《たすく》、ル、ルーファス様、変じゃない?)
《うん、今日は怒ってないね》
(怒ってもいないし……――ね、ねえ、ルーファス様、変な魔法にかかってない?)
もしかして、やはり魅了魔法にかかったのだろうか。
そう過ったが、《たすく》は《変な魔法にはかかってないよ。僕がみんなを守っているって言ったじゃない》と言った。
変な魔法にはかかっていないルーファスは、いつもと違って変だった。
いつもはディオンに身体を近付けていることが多いロザリンが、今日はルーファスにべったりくっ付いていた。イザベルは、まるで恋人のような二人の後ろ姿を見ながら、図書室へと向かった。リアが気遣うような視線を向けて来たが、「大丈夫」というほどの余裕はなかった。
◇◇◇
「セレフィード王国には、精霊の力が欠かせないんだ。私たちが使っている魔法は、精霊の力を借りているに過ぎない」
「精霊の力……」
《僕たちの力がすごいってことだよ!》
(うん、《たすく》が凄いのはよく分かっているけど――)
ロザリンたちと合流し、7人での勉強会が行われることになった。
リアが最も居心地悪そうにしていたが、諦めたのか、開き直ったのか、分からないところをエリーアスに教えてもらっていた。
そして、イザベルの目の前には――。
ロザリンに勉強を教えるディオンと、ルーファスが。
「さすが、ロザリンは物覚えがいい。最近学園に転入したとは思えない」
ルーファスは、妙にロザリンを持ち上げるような言葉を次々とかけていた。
「ロザリンは努力家ですね」
「そんなこと……」
「私はそう思います。魔法の勉強もよく頑張っているじゃないですか」
「そうかしら」
「私は努力家が好きなんです」
その言葉に、イザベルの心臓が跳ねた。
(この台詞……ゲームで聞いたことがある)
そうだ。
「図書室」はルーファスの好感度が上がるイベントだった。
(なんで……急に?)
ロザリンが気をよくしているのは、その表情からも態度からもよく分かった。
(上級生のディオン殿下や、レンナルト様が教えるのは分かるけど……ルーファス様は年下なのに、上級生に勉強を教えられるなんて――)
切れ者だとは知っていたが、勉学の面でも期待は裏切らないようだ。ルーファスがロザリンに優しく教える様子が目に入る度に、イザベルの胸はチクリと痛んだ。
先ほどと同様、エリーアスに勉強を教えてもらっていても、ルーファスがこちらに目を向けることはない。
むしろ――。
ロザリンに根気強く、基礎から教えている。
(勉強はチート能力発揮しないのかな。分かっているけど、教えてもらっているとか?)
「……ベル? イザベル?」
「え? あ……ごめんなさい」
自分の勉強よりも、ロザリンが気になってしまっていた。
(そういえば――ロザリンには《たすく》みたいな契約精霊って、いるのかな?)
《いないよ。僕たちは、魔力が強い人間も好きだけど、それよりも心がきれいな人間が好きだから》
(心が……きれい?)
《あの子は、精霊が嫌いな“気”を感じるから、好んで力を貸す契約精霊はいない。でも、もともと魔力がたっぷりあるから精霊の力を使えるだけ》
(そういうものなの)
《うん!》
「精霊の力って……魔法を使える人は感じることってあるんですか?」
ロザリンの問いにエリーアスは「正直言うと、分からないな」と答えた。「王国の起源に精霊の存在が語られるから、そういうものだと私たちも認識しているけど、現代の私たちの中で精霊の力を感じている人間はいないんじゃないかな」と言った。
「そういう、ものなんですね――」
「うん。なんというか、この国にとっては神話的な存在に近いかな」
「……神話」
(《たすく》がそんな貴重な存在だったとは――)
《僕ってすごいんだよ! えっへん》と《たすく》はエリーアスの解説に胸を張っていた。精霊の話を続けるエリーアスとイザベルの方を、ロザリンがチラッと鋭い視線を送っていた。
《たすく》はその視線を見て、小さく首を傾げた。
《あの子……また何か考えてる》
(何か?)
《ルーファスは、もう自分のものだって》
(ルーファス、様が……?)
思わず顔を上げると、自信満々なロザリンと目が合った。
「私の勝ちね」
そう、彼女の唇が動いた気がした。
イザベルの胸が、どくりと大きく鳴る。
――勝ち。
だから、ルーファス様がゲームのようなセリフを言うの?
(魅了魔法じゃないの? 《たすく》は守っていると言っていたし……。だったら、ゲームの強制力? だから、ルーファスがゲームと同じ言動を取り始めたの? それとも――私の知らない何かがあるの?)
そう願いたいのに――。
ルーファスがロザリンへ向ける優しい眼差しが、その願いを静かに打ち砕いていくようだった。
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