第44話 ルーファスの苦言
重苦しい沈黙を破るように、カーターが現れた。
「イザベル様!」
「……カ、カーター……。ごめんなさい。探させてしまって」
汗だくのカーターに、イザベルは申し訳なくなった。
(ロザリンが気になって、カーターを撒いたんだった……)
「カーター、どうしてイザベルを一人にしたんだ?」
遅れて駆け付けたカーターを、ルーファスは睨んだ。
(まずい。また、カーターが叱られてしまう……)
「ルーファス様、私が勝手に……」
《僕がカーターに魔法をかけたんだから、怒っても仕方ないのにね》
公爵家の護衛であるカーターはもちろん優秀だ。
そのカーターを撒くために、少し《たすく》の力を借りていた。
だから、カーターが反省することではない。
しかし、そのことはカーターもルーファスも知らない。
青ざめたカーターに、イザベルは申し訳なくなった。
「あなたに聞いていません。お前は何度、護衛に撒かれているんだ」
「申し訳……ございません」
「学園内だと油断するな。この男を二度と近付けないように気をつけろ」
「はっ!」
目の前にまだハンスがいるというのに、「この男」呼ばわりに躊躇いがない。
「じゃあ、イザベル。私は夕方には戻りますから、屋敷で大人しくしていてください」
「――……はい」
(そんな……いつも勝手な行動しているみたいな言い方……)
《ルーファス、心配性だね》
(そうね。そういえば、スカート丈もうるさかったし、そのうち門限とか指定して来そうだわ)
そういうとルーファスは、ディオンたちと連れだって去って行った。
「イザベル、君もうるさい婚約者を持って大変だな」
カーターがイザベルに同情するように肩を竦めた。
「分かっているんだったら、あまり私に構わないでください」
「そうはいかない」
「どうして」
「魅了魔法――」
「……?」
「彼らも、君もかかっていないことを、“偶然”と処理してあげるほど優しくないんだ」
「……――」
「あのとき神殿で見た力が、影響を及ぼしている」
急にハンスの顔が、真顔になった。
イザベルの胸がドキリ……と鳴った。
「俺は、そう思っているよ」
「……勝手に思わないでください」
イザベルが平静を装いそう睨むと、ハンスはいつもの軽い調子に戻った。
「さて、どういうカラクリなのか。君には隠された魔力があるのか? 真の聖女は君だったりして?」
「あり得ません」
「もしくは、そうだな。君に力を貸している“何者”かがいる、とか?」
「……なんですか、それ」
《すごい! ハンスは僕のことに気が付いているのかな》
(《たすく》、なんでワクワクしてるのよ)
《だってさ》
「さあ? 俺はまだ分からない」
「――イザベル様」
カーターが、イザベルに目配りをした。
(……助かった――!)
イザベルはカーターを呆れたように見ると、縦ロールを靡かせた。
「あまり、あなたと一緒にいてルーファス様の不興を買いたくありません。ここで失礼させていただきます」
そう告げると、カーターを従えてイザベルはその場を立ち去った。
「カーター、ありがとう。助かったわ」
「当然のことです」
「あと――……勝手な行動をして、ごめんなさい」
「私の不徳の致すところですので、お気になさらないでください」
潔く力不足を認めるカーターに、イザベルは胸が痛かった。
そんな二人の後ろ姿を、ハンスは面白そうにじっと見ていた。
イザベルはハンスを振り返ることなく、屋敷へと戻った。
夕方、ルーファスは帰宅したかと思うと、ブレンダやイリーナの目も気にせず、イザベルを引きずり3階の自室へと直行した。イリーナは、変貌した“情熱的な兄”に喜んでいるようだったが、今回はそういうことではなく、イザベルを待ち受けていたのは長いお説教の時間だった。
(一緒に暮らすようになると、こういうとき逃げ場がないのが……)
《たすく》もルーファスお怒りモードは全然気にしていない。
「ハンスはあなたとの距離が近過ぎます。今日なんか、私が現れなければ……――」
ルーファスは何かを思い出し、こめかみをピクピクとさせていた。
《キスするくらい顔が近かったって、ルーファスぷんぷんだよ》
(そんなこと言われたって……)
「あれはハンス様が勝手に――」
「分かっています! あなたが悪くないことくらい……」
ルーファスの声のボリュームが急に大きくなった。
意識したものでなかったのだろう。ルーファスは慌てて口を押えた。
「……その、でも、以前もハンスはあなたに、ああやって迫っていたのですから」
「迫っていたって……それが誤解なんです。あれは偶然近付いただけで、ハンス様に揶揄われているだけで、本当に……そういうことではなくて――」
イザベルはなんとかルーファスに状況を理解してもらいたくて、あれこれ説明していた。
が――、それがまた逆効果に働いていたことに気が付かなかった。
ルーファスは突然立ち上がると、イザベルのソファの背もたれに両手を置いた。
ルーファスはそのまま顔を近付けると、おでこがぶつかりそうな距離で止まった。
(な――……なに!?)
ルーファスの顔が近過ぎて、どんな表情をしているのかも分からない。
「――ヴァルハルドの女狐」
「は?」
ルーファスは突然イザベルの悪名を囁いた。
「あなたを知って、そんなあだ名はデタラメだと思っていましたが――」
「……」
「あなたは、男にこのくらい近付かれても平気なんですか?」
「そっ……そんなわけ――」
「だったら――……ハンスとは、もう二度と……関わらないでください。大体、公爵邸の護衛を撒くなんて、一体どういう逃げ足なんですか?」
ルーファスのその問いに、イザベルは内心ギクッとしていた。
(《たすく》のことはバレていないと思うけど――……。普通のご令嬢は、そう何度も護衛を撒くなんてできないわよね)
「窮屈なのかもしれませんが――……カーターを撒いて行動することは、本当に危険です。今後は絶対に単独行動は控えてください。――あなたは今、狙われているかもしれないんですよ」
口調は丁寧だったが、その声色は有無を言わさないものだった。
「……気を、付けます」
「今度同じようなことがあったら、護衛を増やすしかありません」
その声は、切羽詰まったような声色だった。
ルーファスの額が、そのままイザベルの肩に置かれた。
「お願いですから、一人で動かないでください。あなたに何かあったら――」
ルーファスの声は、哀願するものに変わっていた。
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