第43話 魅了魔法
「ふうん。じゃあ、あのメガネくんが、イザベルの机から聖女の教科書を見つけたってわけ?」
ソファに腰掛けたハンスは、王太子を前にしてもいつもの調子を崩さなかった。
今にも攻撃魔法を放ちそうなルーファスを先ほどの部屋へとレンナルトが引きずって戻った。ディオンが「二人とも中で話そうか」と声をかけた。ディオンはイザベルの横に立つと、耳元でそっと「あまり、ルーファスを怒らせたらダメですよ」と囁いた。
(お……怒らせることって、別に私が何かしたわけじゃ……――)
ディオンの指摘に顔を赤らめ部屋に入ると、不機嫌顔のルーファスに手を引かれ彼の隣に座らせられた。ルーファスが肩を引き寄せる手を離さないので、身体が不自然に密着したままになっていた。
《けんせいだから、離さないんだって》
戸惑うイザベルに、《たすく》は「牽制」の意味は分からぬままイザベルに伝えた。
(牽制って――)
向かいに座るハンスは、イザベルの様子など気にしていない。
(そんなの必要ないのに……)
少し身を捩って見たが、余計にルーファスの手に力が籠って引き寄せられた。
「イザベルは聖女の教科書を盗ったの?」
どストレートにハンスがイザベルに訊ねた。あまりにストレートな物言いに、イザベルはブンブンッと大きく首を振った。
「君がやらなくても、誰かに頼んだりとかさ――」
「そんなことを頼む……知り合いすら、いませんから……」
“ヴァルハルドの女狐”の印象が強いイザベルは、ハート学園では浮いた存在だ。
彼女と仲良くしてくれているのは、アンガスとリアくらいだ。いまだにクラスメイトにも遠巻きにされている。
人望の無さに空しくなり、ハンスが「確かに」とすぐに同意してくれたのもまた悲しくなった。いつも優しいディオンですら、イザベルのその言葉へのフォローはなかった。
(私って――……)
「君は魔力ゼロという話だけど、本当は魔法を使えるとかさ、そういうことはないの?」
「――だから、それは何度もあり得ないとお伝えして」
ハンスはイザベルの顔に急に近づこうとした。
が、ルーファスが自分の背にイザベルを隠した。
「あ――」
「アンタはなんなんだ。人の婚約者の顔をじろじろと覗いて……」
ハンスは、忌々し気に睨むルーファスの目もじっと見ていた。
「……何なんだよ」
「ルーファスくんも、正常か」
「は?」
「いやね、ずいぶんとイザベルに執心しているようだから、もしかしたら君も魅了魔法にかかっているのかなって」
「しゅっ……執心!?」
(ルーファス様が私に執心!?)
《しゅうしん? 大好きってこと?》
ルーファスとイザベルの動揺は無視して、ハンスは推理を続けた。
「でも、君は魅了魔法にはかかっていない。というか――」
ハンスはディオンやレンナルトの瞳もまじまじと覗き込んだ。
「この中の誰も、魅了魔法に侵されていない」
ハンスは不思議そうに、全員の顔を眺めた。
「魅了魔法にかかっていないのが、何が問題なんだよ? かかっていない方がいいだろう」
レンナルトはハンスの言動に嚙みついた。
「それはそうなんだけどさ――」
ハンスはディオンを見た。
「魅了魔法なんて特殊な魔法が使えそうな人間なんて、限られているだろう?」
「まあ――」
ハンスの問いかけに、ディオンは頷いた。
「魔導士の中でも限られている。それ以外でこんな魔法を使えるとしたら、謎の力を感じる君か、聖女――」
ハンスが“聖女”の名を出した瞬間、部屋の空気が重くなったのが分かった。
「あれだけの魔力を持つ聖女だ。魔法の訓練には熱心ではないようだけど、魅了魔法くらいは、お手の物だろう?」
「それは――」
「ただ不思議なのは、君たちが魅了されていないことだ」
「聖女だとしたら、まずは君たちに魅了をかけそうなものなのに、君たちは誰一人魅了にかかっていない」
ハンスは淡々と疑問を口にしている。
「確かに――」
ディオンが顎に手を当てて考え込んだ。
《なんで悩むの? 僕が守っているんだから、みんなが魔法に操られるわけないよ》
《たすく》が当たり前だとばかりに、ハンスの問いに答えた。
「――え!?」
妙なタイミングで発したイザベルの声に、全員の目がイザベルに集中した。
(しまった――! また、やってしまった……)
「その――、なんでも……ありません」
イザベルの様子に不思議そうにはしていたが、もう一度話の中心はハンスに戻った。
(《たすく》が守っていたってどういうこと!?)
《イザベルのことは、僕が守るって言ったじゃないか》
(そうだけど……――)
《ロザリンが変な魔法をかけようとしていたから、イザベルたちを守ってたんだよ。えらい?》
(そうだったの?)
《うん! だから、イザベルもルーファスも変にならなかったでしょ?》
――ということは、やっぱりロザリンは魅了魔法で操ろうとしていたということか。
(というか、もしかしたらゲームのロザリンも、魅了魔法で攻略対象者を攻略していた? 《たすく》のおかげで攻略対象者たちが、正常だったから、ゲーム通りに進まなかったの?)
「――イザベル?」
黙り込んだイザベルに、ハンスだけが鋭い視線を向けていた。
(しまった。また黙り込んだから怪しまれている?)
「……何か、気が付いたことがあるんじゃない?」
「……別に、ありませんけど」
「そうかな? 君は本当に不思議だからなあ。実に興味深いよ」
ハンスが再び、イザベルに熱心線を向け始めた。
が――、ハンスから守るようにルーファスがイザベルを背中に隠した。
「――……ルーファスくん、別に君とは話していないんだよ」
「以前も言いましたが、イザベルに用があるなら私を通してください」
「そんなこと一々していられるわけがないだろう」
「だったら、彼女に一切接触しないでください」
「知らないのかな? 婚約者は、所有物ではないんだよ」
「――……」
ハンスとルーファスの間に火花が散るような緊迫感が漂った。
「いまは魅了魔法だろう」
ディオンがパンッと手を叩いた。
ハンスは「そうだな」と、ルーファスから一歩引きソファにふんぞり返った。
「君たちが魅了魔法にかけられていないのはよく分からないけど、まあ、いま学園で魅了魔法にかけられているものが増えているのは、恐らくは聖女の仕業だろうな」
ハンスの言葉に、部屋の空気が一気に重くなった。
ディオンは頭を抱えていた。
(聖女が魅了魔法を使用しているなんて、前代未聞だ。そんなことが明らかになったら――)
ロザリンはただの聖女ではない。“救国の聖女”だ。
彼女の力を国中が待っていた。そんな彼女を、罰するなんてできるだろうか。
できなかったとしたら、自由に魅了魔法を使わせ続けて良いものか。
ディオンは苦しげな顔で項垂れた。
レンナルトの瞳は戸惑いに揺れた。
一方で、ルーファスの瞳は怒りに燃えていた。
(――ロザリンの仕業だとすると、彼女はイザベルを陥れようとしている。
今度は、こちらが動かなければ……)
お読みいただきありがとうございました!
「面白い」と思っていただけましたら、ぜひ「ブクマの追加」や「リアクション」、「感想」、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援いただけますと嬉しいです!
皆さんの応援で執筆のモチベーションがアップします!!!
どうぞよろしくお願いいたします。




