第42話 アンガスの証言
イザベルは、天蓋のレースをじっと見つめていた。
「あなたを疑っているわけではないんです」
そういうルーファスの真剣なまなざしを思い出し、身体を横にすると青い小花柄の可愛い壁紙が目に入った。
公爵邸で過ごす最初の晩――。
イザベルは中々寝付くことができなかった。
(ロザリンが……私をハメようとしているってことよね)
離宮での《たすく》を通じて聞いたロザリンの本音が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
『イザベルがゲーム通り悪役令嬢になれば、攻略対象者たちも本来のルートに戻るはず。そうすれば――。あんたを本来の"悪役令嬢"にしてしまえば、こっちのもんだわ!』
(これは……ゲームのシナリオが修正されている、ということだろうか?)
本来のシナリオでは、それぞれの攻略対象者たちの婚約者は、悪役令嬢としてロザリンの前に立ちはだかる。嫌味や無視といった精神的攻撃や、教科書などのものを汚したり捨てたりという物理的攻撃など、さまざまなものに命じて多種多様な方法でいやがらせが繰り広げられた。ヒロインがその嫌がらせにめげず健気に頑張っていると、攻略対象者たちの好感度はどんどん上がり、反対に悪役令嬢たちは疎まれる存在へとなっていた。
(でも、いまは――……私が知る限りは誰も、ロザリンを害することはしていない)
転生者のイザベルはともかくとして、イリーナも、ジゼルも、ロザリンに対してネガティブな発言すらない。
(自分の婚約者と適切な距離感で接していないロザリンに対して、不満を抱いてもおかしくないのに、二人とも何も言っていない……)
その事実を考えると、やはりこの世界は『ハート学園で恋して』の世界でありながら、全く同じゲームの世界ではないような気もする。
(イリーナやジゼルについては、私が何かを言ったわけでもない。そもそも彼女たちは、性格の良い、礼儀正しい令嬢だっただけだ。でも、ロザリンはどうだろうか――)
見た目はゲームの通りだ。ピンクベージュの髪に、水色の瞳、可憐な容姿、愛くるしい表情、庇護欲をそそる完璧なヒロインだ。神殿で目の当たりにした通り、能力だって間違いないはずだ。しかし――《たすく》を通して聞く彼女の内心は、むしろ悪役令嬢的なもののように思える。
(ゲームのキャラクターだから何をしても良いような……。そういう感じに考えているのかもしれない。ルーファスは、信じてくれると言っていたけど……)
今夜のルーファスの姿を思い出した。
瞳を閉じたイザベルには気が付いたと思うが、口づけをすることはなかった。
(婚約者らしい距離感をやたらと気にしていたけど……。やっぱり、敵国の女は信用ならないとでも思っているのかもしれない)
イザベルは、考えても仕方がないと目を閉じるのに、何度も今日のルーファスの様子を反芻してしまった。イザベルが寝付くことができたのは、結局明け方になってのことだった。
◇◇◇
「僕はただイザベルの机に何か入っているのに気が付いただけで……」
クラスメイトと言えども、アンガスがディオンと話す機会はそんなにない。
ましてや、こんな風に王族専用の部屋に呼ばれることなんか、今までなかった。
戸惑うアンガスに、ディオンが笑顔を見せた。
「別に君を責めているわけでも、疑っているわけでもないんだ。ただ――“救国の聖女”と隣国の令嬢が関わっているとなると、非常にデリケートな話だから」
「もちろん、先日の件は誰にも言っていません!」
「うん、それは助かっているよ」
(たすく、何か分かる?)
《うーん、ちょっと待ってね》
イザベルは、呼ばれたアンガスをそっとつけた。
当事者は一緒に聞けないとルーファスに言われていたが、アンガスが何を話すのかはどうしても知りたかった。
(今日も教室で会ったとき、変な感じだったし。いつもだったら、普通に声をかけてくれるのに……なんだか、私との関わりを極力減らしたいって感じだった)
部屋の外から聞き耳を立てているが、さすがに防音がしっかりとしている。
何も聞こえなかった。
《たすく》は部屋に入り込む隙間を探していたが、扉からも窓からも侵入はできなかった。幽霊みたいに、壁を通り抜けたりできるのかと思ったが、そういうことはできないらしい。《たすく》は《魔法で扉は壊せるよ!》と言ってきたが、それは遠慮してもらった。
扉の近くの物音が大きくなり、イザベルと《たすく》は柱の影に場所を移した。
「危ない、危ない」と慌てて身を隠したら、予想よりも温かいものに包まれた。《たすく》の魔法かと思ったら、イザベルの後ろにはハンスがいた。ハンスはアンガスに見つからないよう咄嗟にイザベルを柱の影へ引き寄せた。
「なっ……」
思わずイザベルが声を上げようとすると、ハンスに慌てて口を覆われた。
「静かに――」
ハンスの声が、昨夜のルーファスほどの距離で耳を掠める。
そして、なぜかイザベルを後ろから包み込むように、ハンスが密着していた。
逃げようと身を捩ったが、アンガスが出てくるのを見てイザベルは静かにせざるを得なかった。いまだ緊張した様子のアンガスが部屋を出た。一緒に部屋にいたはずの3人は出て来ないので、まだ部屋の中にいるのだろう。
「……――やっぱり、魅了か」
ハンスはイザベルの頭上で、そう呟いた。
「魅了?」
イザベルが不思議に思って、頭上のハンスを見ると、ハンスは「君も調べていたんじゃないの?」と不思議そうに言った。
「調べる?」
「メガネくんさ、魅了魔法がかけられている」
「――魅了、魔法?」
きょとんとするイザベルに、「そんなことも知らないのか」と言わんばかりに、ハンスは呆れた顔をした。
(仕方ないじゃない。最近この国に来たんだし、前世だって、ヴァルハルド帝国にだって魔法なんかないし)
「魅了魔法は、人を操る精神系魔法の代表格だよ」
「精神魔法!?」
(まさか――)
イザベルはロザリンの姿を思いうかべた。
「最近、学園内で魅了魔法にかけられている生徒を見かけていたから、何かあると思って調べていたんだ」
「そう、なんですか?」
「ああ。魅了魔法の無断使用は、禁止されているからね」
魅了魔法はその危険性から、国防や国益に関わるときのみ許可されるが、日常的な使用は禁じられている魔法のようだ。そもそも、禁じなくても魅了魔法などを使用できる魔導士はそういない。
「もちろん、俺は使えるけどさ。俺は使わなくても、人を操ることなんかできるし」
「そうですか」
今度はイザベルが呆れた顔をした。
「君はかかっていなさそうだな」
ハンスは、イザベルの萌黄色の瞳をじっと見つめた。その距離が、昨夜のルーファスとの距離を思い出させた。イザベルが自分の勘違いを思い出し顔を赤らめると、ハンスは嬉しそうに笑い「口づけでもされると思った?」と、冷やかした。
「いつまでくっ付いているんですか!」
膨れたイザベルがハンスの胸を押して離した瞬間――。
「何をしているんですか?」
ルーファスの声が響いた。その声はいつもより低い声だった。
声のする方を見ると、眉根を寄せたルーファスと、戸惑っているディオンに、驚いているレンナルトが立っていた。
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