第38話 ロザリンの思惑
「――……どうして!?」
ロザリンは、ルーファスを不思議そうに見た。
「どうしてって――……イザベルと私は婚約者ですし……」
「でも、あなたにとっては不本意な政略結婚じゃ!?」
ロザリンは思わず出た言葉に、「まずい」と自分の口を塞いだが、ルーファスは眉根を寄せた。
(ま、まずい……! ルーファスのこと、怒らせちゃった!?)
ロザリンは初めてルーファスに険しい視線を向けられた。そのままの勢いで詰られることを覚悟したが、ルーファスはハァとため息をついた。
「――私が婚約式で取った態度が……あなたにもそういう誤解を与えてしまったのですね」
「ご……誤解?」
「不本意な婚約だという――」
(じゃあ、不本意な婚約じゃないっていうこと? だって、ゲームではイザベルは毎回ルーファスに婚約破棄されていたし、スパイ疑惑をかけられて処刑もされるはずなのに……)
ロザリンは、ルーファスの隣に立つイザベルを観察した。見た目はゲーム通りの悪役令嬢だ。趣味の悪い縦ロールに、厚化粧、美人ではあるけど、ヒロインの可憐さには勝てそうもない。それなのに――。
(なんでこんなにゲーム通りにいかないんだろう……。『ローズガーデンのかくれんぼ』イベントのときだってそうだった。この悪役令嬢の護衛が何故か私のもとへ一番に来たし、悪役令嬢たちは私に何もして来ない……。好感度アップイベントなはずなのに、攻略対象者たちも優しいけど特別視されている感じはないし。それよりも――)
「ロザリン、何かありました?」
急に黙り込んだロザリンに、エリーアスが声をかけた。
ロザリンは適当にその場を取り繕いながら、目の前のイザベルを不思議に思っていた。
その様子を気にも留めないように、エリーアスが穏やかに笑った。
「イザベルだったら、我が家に引っ越してくれればアニヤも喜ぶんだけどね」
「なんで私の婚約者が、あなたの家に引っ越さなければいけないのですか?」
エリーアスは、ルーファスの険しい視線を柔らかな物腰で受け止めていた。
「別にちょっと希望を言っただけじゃないか。君はすぐに本気するからな。もしかしたら、おそろいのブレスレットにも怒っているんじゃないだろうね? 気になるなら、アニヤに頼んで君の分も……」
「結構です。……別に――そんなことは気にしていません」
エリーアスとルーファスに挟まれたイザベルはどう反応すべきか困っているようだった。
(これじゃあ、二人が悪役令嬢を取り合っているみたいじゃない。どうして、そんなことに……? まさか……この悪役令嬢が、ゲームの世界を変えているんじゃ……?)
ロザリンは、ゲームとは違う悪役令嬢の姿に、一つの答えが見えた気がした。
「ロザリン?」
イザベルを静かに観察していたロザリンを、ディオンが不思議な顔で見ていた。
(ディオンは優しいけど……あの婚約者との関係は悪くなさそうだし。私をローズガーデンのサンルームに誘う人もいない。折角『ハート学園で恋して』のヒロインになったのに全然チヤホヤされない! ようやく私が主役の世界に来たっていうのに……)
「いえ、ちょっと驚いていただけで。イザベル様、今日は突然お邪魔して申し訳ありませんでした。ご馳走様でした」
ロザリンは内心を隠しながら、イザベルに可憐な笑みを浮かべた。
(そうだ……ゲームがおかしくなった原因は、この悪役令嬢だ。イザベルがゲーム通り悪役令嬢になれば、攻略対象者たちも本来のルートに戻るはず。そうすれば――。あんたを本来の"悪役令嬢"にしてしまえば、こっちのもんだわ!)
ロザリンが笑顔で隠した仄暗い影は、《たすく》とイザベルには聞こえていた。
◆◆◆
「ルーファス様、あの――……」
3人を見送ったあと、イザベルは戸惑いの目をルーファスに向けた。
(この後もお話するなら、お夕飯を誘った方がいいのかしら?)
「私も長居はしませんから、気にしないでください」
イザベルの考えを読んだかのように、ルーファスはそう言い先ほどの応接間へと戻った。
「何か急ぎの件でも、ありましたか?」
「――あなたに、すぐに引っ越してきていただきたいのは山々ですが、やはりご実家の許可も得ずに勝手に住居を移すわけにはいきませんので、私の方からフォートレル侯爵に手紙をしたためさせていただきました」
「お父さまに!?」
思わず、部屋の隅に立つドリスを見た。ドリスは澄ました顔をして立っている。
(――……父のことだ。反対するとは思えない。むしろ同居になったら、さらにしつこく言ってきそうだわ)
「もう、お手紙は出されたのですか?」
「ええ。先日。何か問題がありましたか?」
「いえ、そうではないのですけど――……。父は反対しないと思いますから、ルーファス様のお考え通り進めていただいて良かったのですが……」
「そういうわけにいはいきません。大切な娘さんをお預かりしているわけですから」
「それは……お気遣い、ありがとうございます」
ルーファスはイザベルの腕に光るアニヤのブレスレットにチラッと目をやった。
《さっき気にしていないって言っていたけど、ルーファスさっきからこのブレスレットのこと気にしてるよ~》
(うん。そんな気は、していたわ)
「ルーファス様、何か、ありました?」
イザベルは素知らぬ顔でルーファスに声をかけた。
ルーファスは、バレていないと思っているのか、「いや――」と目を逸らした。
が、すぐにイザベルの方を向いた。
瑠璃色の瞳が、まっすぐにイザベルを見ていた。
(最近、こんな風にまっすぐに見つめられることが多い。何か疑っているということではなく、ただ……こんな風にじっと――)
「嘘を――……つきました」
「え?」
「さっき、エリーアスと話しているとき」
「……」
「ブレスレットのこと、気にしていないと言いましたが……」
イザベルは自分のブレスレットを手で触れた。
「子どもが作ったものにとやかく言うつもりはありませんが、その――エリーアスと揃いというのが……どうも――。あなたは……私の婚約者、ですから」
ルーファスは最後の方は照れからか、段々と声を小さくなっていた。
《ね、僕の言った通り、気にしていたでしょ?》
イザベルは自分の指に輝く指輪と、ルーファスの指に輝く指輪に目をやった。
「分かっています。ほら、婚約指輪がありますもの」
イザベルが自分の指に輝く指輪を見せたが、ルーファスはフイッと目を逸らした。
(あれ? 婚約指輪じゃダメだった?)
「その――。婚約指輪は……私の所為で良い思い出ではありませんので、何か他の――」
後半がごにょごにょと言っていたので、イザベルはよく聞き取れなかった。
「何か他のものをあなたに贈りたい」
「――え?」
「あなたが嫌でなければ、お揃いとか、対になるようなものが、婚約者らしいので、良いのではないかと思いますが、どうでしょうか?」
ルーファスは意を決したというように、前のめりにイザベルに提案した。
イザベルはルーファスの必死さに、体温が上がるのを感じた。
そして――その部屋の片隅で、ドリスは二人の関係性を静かに観察していた。
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