第36話 エリーアス先生の登場
エリーアスは、社会福祉学の特別講師として招かれていた。
養護院での活動を軸に、貧困、孤児、福祉制度、地域支援などについて、生徒たちに分かりやすく話してくれていた。
(エリーアス様が、学校に来たってことは、エリーアス様とロザリンの関係が深まっているってこと?)
エリーアスは、ゲームの中でも好感度が上がると、学園の特別講師として登場することがあった。ただし、それはもちろんロザリンの学年だけだと思ったし、学園に慣れていないロザリンの特別講師枠みたいな感じだった。
(こんな風に他の学年に、普通の教師みたいに現れるなんて……――。やっぱり、ルーファス様だけではなく、他の攻略対象者の動きもゲームとは違うんだわ)
「イザベル、これからはたまに特別講師として来ることになったから宜しくね」
授業が終わったあと、教室の外でエリーアスはイザベルにそっと声をかけた。
教室内の女子生徒からの嫉妬の視線を、イザベルは背中で感じていた。
「エリーアス様のお話、とても分かりやすかったです。この国の福祉制度にも興味がありましたし、戦災孤児の問題も――」
前世は児童福祉施設の職員をしていたので、エリーアスの今日の話は関心が強い。
「うん。イザベルが熱心に聞いてくれているのは、教壇からもよく分かったよ」
「受け持ちは……――社会福祉学だけなんですか?」
「いや、魔法の授業も頼まれているんだ。どちらかというと、そっちがメインかな」
(やっぱり――。ゲームの中では、ヒロインに魔法指導のシーンもあったはず。ロザリンのために特別に呼ばれたのよね、たぶん)
「そうなんですね」
自分も含め、キャラクターたちが必ずしもゲーム通りではないとは思いつつも、ゲームのシナリオの強制力も感じていた。
(『ローズガーデンのかくれんぼ』イベントは、もしかしたら私に発生したのかもしれない。だから、ルーファス様は私をサンルームへ連れて行った?)
そう考えると、ルーファスの気持ちが、ルーファス自身のものなのか、ゲームの強制力によるものなのか、よく分からない部分もあった。
「ロザリン様の……ご指導なんかも?」
「――ああ、そうなんだ。聖女教育が中々進んでいないらしくて――。国王から福祉の観点と、基礎的な魔法の制御をって頼まれてね」
「そう、だったんですね」
(やっぱり。でも――)
「まさか、ロザリン様以外の学年の授業も受け持ってくださるとは思いませんでした」
「うん。君の学年も担当できるようお願いしたんだ。君なら、授業も真剣に聞いてくれると思って」
エリーアスは、爽やかな笑顔を崩さなかった。
(――え? そうなの?)
「せっかくハート学園の教師になるなら、君の先生になりたいって思ってね」
「え? え……それは……――」
戸惑うイザベルに、エリーアスは「分からないことがあれば、いつでも補講するからね」と去って行った。
(いまのは……どう、受け取ったらいいのかしら……?)
《イザベル、困ってるの?》
(う、うん……。いまのエリーアス様の言葉ってどう受け取るもの?)
《エリーアス? エリーアスはイザベルの先生になれて嬉しいんじゃないの?》
《たすく》の素直な解釈を受け止めたい気もしたが、なんとなく心がざわつく気もした。
(エリーアス様は……アニヤちゃんが私に懐いているから、気にかけてくれているだけなのに――。自意識過剰だわ。変な解釈したら、エリーアス様にも失礼よ)
イザベルは、エリーアスの受け答えに少し違和感を抱いていたが、その考えを打ち消すように、何度も「アニヤちゃん」を思い出していた。
◆◆◆
「これでいいの?」
「うん。ロザリンは、飲みこみが早いね」
エリーアスは、放課後、ロザリンに魔法の制御方法を教えていた。
聖女教育にも、魔法学にも、熱心ではないロザリンのために、特別教師として白羽の矢が立ったのがエリーアスだった。ハンスの名も挙がったらしい。だが、あの男を教師にしようと言い出す者はいなかった。その点、エリーアスは指導者として適任だ。魔法の技術も理論派だし、聖女として身に付けてほしい教養としての福祉にも詳しい。
(気に入らないのは、なぜかイザベルの学年の授業も持ちたがったということくらいで――)
ルーファスは、不機嫌を隠さない様子でロザリンを指導するエリーアスを睨んだ。
(なんだってあの男は、イザベルに関わるんだ。人間的な興味だとかきれいごとを言っていたが、そんなことで忙しい侯爵が頼まれてもいない学園の授業をわざわざ受け持つか? 本当は私を出し抜いて、イザベルの婚約者に収まる隙を狙っているのでは……――)
「ルーファス、なんていう目でエリーアスを見ているんだ」
ディオンがルーファスを窘めた。
「――なんで、イザベルの学年の授業を持ちたがるんだ」
「やっぱり、そのことか。別にイザベルにだけ授業をしているんじゃない。私だって彼の授業を受けたよ。彼は養護院の運営をしているし、実践的な話も聞けて大変興味深かったよ」
「そういうことじゃない。なんで、わざわざイザベルの学年だけを指定して、授業を持つのかと……」
「私たちは最高学年だし、王太子である私もいるわけだし、教え甲斐があるのかも――」
「――あいつが、指定したのはイザベルの学年だっていうのは知っているだろう?」
(王太子がどうのとか、最高学年がどうのとか、そういうことじゃない。あいつは、イザベルと接点を増やそうとしただけ――)
「それは……――私の本音を口にすると、君の血管が切れるといけないから」
「やっぱり――! あいつ、イザベルのことを……」
イライラを隠さないルーファスに、ディオンは笑いが堪えきれなくなった。
「ずいぶん、素直になったようだね。ルーファス」
「え?」
「その様子じゃ、スパイ疑惑も晴れたのかな?」
「スパイ……――」
(そうだ。もういつから彼女のことを、スパイだと疑わなくなっていたんだろう……。スパイかどうかを知るためじゃなく、彼女のことを知りたくなっていた)
桔梗を見ながら笑顔になったイザベルの顔を思い出していた。
『ルーファス様の瞳の色にも似ていて――私、この花、好き、です』
(彼女が好きだと言うのが、花ではなくて自分だったら――と、考えなかっただろうか)
「和平の象徴の政略結婚なら、相手はこの国の重要人物であれば、誰でもさ、まあ良いんじゃない? エリーアスがその気なら、エリーアスが変わっても問題ない」
ディオンの指摘に、ルーファスは肩眉を上げた。
『私も立場的にはヴァルハルド帝国とセレフィード王国の友好のための婚姻を請け負うことができる立場だと自負しております』
エリーアスの宣戦布告とも取れる台詞を思い出していた。
険しい顔になるルーファスに、ディオンは口元が緩んでいた。
「……――そんな顔しなくても、円満な関係の婚約者を勝手に引き裂くなんてしないよ」
ルーファスは、ディオンに指摘され耳が赤くなるのが分かった。
「公爵邸への引っ越し準備も楽しみにしているそうじゃないか」
「また、イリーナか」
「私たちは仲の良い婚約者だからね」
(それは……自分たちだって――。離宮やサンルームでも抱擁をしたし、好きなものも聞いた。公爵邸に引っ越してくれば、会う時間だって増えるわけだし……。いや、なんでこんなライバル意識を持っているんだ?)
「ディオン殿下、この後離宮にちょっと寄りたいのですが、構いませんか?」
エリーアスが穏やかにそう言った。
「……離宮?」
ルーファスは嫌な予感がした。
エリーアスは意味ありげに微笑むだけだった。
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