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第35話 祝福の鐘

《イザベル、公爵邸で暮らしたいの?》


私が知っている悪役令嬢のイザベルは、ヒロインがどのルートを選択してもルーファスからスパイ疑惑をかけられて婚約破棄を言い渡されていた。親の愛を求めても、婚約者に密かに惹かれていても、どちらの愛も得ることができずに処刑される。それが、私が知っているイザベルの姿だった。


(でも――いま、目の前にいるルーファス様は……悪役令嬢に優しく微笑みかけてくれている。《たすく》だっている)


「ルーファス様、あの――私……」


イザベルは決意してルーファスを見た。

答えは決まっているのに、何故か喉から声が出ない。

ルーファスは、言い淀むイザベルを急かすことなくじっと待っていた。


「…………」

「…………」


カーン、カーン、カーン。


「――あっ、次の……授業が……」


イザベルが慌てると、ルーファスがイザベルの手首を握った。


「――続きは?」


イザベルの手首の脈の速さが、ルーファスの指から伝わっていた。


「私――のあと、何を?」

「――その……先日の、お申し出を……」


ルーファスの勢いに怯えながらも、イザベルは気持ちを落ち着けてまっすぐにルーファスを見た。瑠璃色の瞳は、どこか怯えているようにも、期待しているようにも、見えた。


(未来は……自分次第なはず――)


前世でも、家庭には恵まれなかった。

でも諦めずにやってきた。

不妊治療もつらかった。

結局自分の子どもはできなかったけど、やって後悔はしなかった。

死んでしまったけど、小さな子どもを助けたことに後悔はない。


(だから、この世界でも――)


「公爵邸へ移るお話を、お受けしたいと、思います」

「……――」


緊張しながら最後まで言い切ると、握られた手首をぐっと引かれ、ポスリッと、ルーファスの胸に閉じ込められた。ルーファスの香りの中に、イザベルは包まれていた。


《イザベル、僕もぎゅうしたいっ》


《たすく》は、ぎゅっと抱きしめるルーファスを真似するように、イザベルの首に巻き付いた。


「イザベル――。……あなたなら、きっと前向きに考えてくださると信じていました」


ルーファスが返事を待たずして部屋の準備をしていた話を思い出して、思わず笑った。


「どうして笑っているんですか?」

「いえ――ちょっと……」

「これで、学園で話す時間がなくても家でゆっくり話せるようになりますね」

「――はい。お互いを知る時間が、できるのは嬉しいです」


ルーファスの好きなものを知りたいと思った。

ゲームのプロフィールにある彼のことは知っているつもりだったけど、刺繍が得意なことも、紅茶を入れるのが上手なことも、最近は緑を好きになったことも、知らなかった。


「私も――。あなたのことを、もっと知りたい。それに――……こうして、“充電”時間ができるのも、嬉しいです」


カーン、カーン、カーン。

授業の始まりを知らせる本鈴がサンルームに響いた。


(次の時間も、サボることになるなんて――)


イザベルは授業を欠席する罪悪感を抱いたが、ルーファスの腕を振り解くことはできなかった。このときのイザベルには、鳴り響く本鈴が婚約式のときには聞くことのなかった祝福の鐘のように聞こえていた。


◇◇◇


「イザベル、引っ越しのことはまた相談しましょう」

「はい」


ルーファスはイザベルに微笑むと、厳しい目を教室内に向けた。


「じゃあ、また」


そういうと、ルーファスは自分の教室へと戻った。

教室に戻ったイザベルには、興味津々のクラスメイトの目が注がれていた。


(授業を休んで、ルーファスと現れたらこうなるわよね……)


だから、送らなくていいと言ったのに――。

ルーファスがガンとして譲らなかったのだ。

放課後はまたロザリンの護衛を努めるため、またいつ時間ができるか分からない。


「イザベル、ルーファス様と一緒だったの?」


リアが席に戻ったイザベルの耳にこそっと囁いた。

リアとアンガスとは、大分打ち解けていた。

身分を気にせず話せる学園の友人、と言ってもおかしくない。

遠巻きに見るクラスメイトと違い、彼らは率直に色々イザベルに聞く。


(変に気を遣われるより、はっきり聞いてくれた方が楽だから良いけど――)


「……まあ、ちょっと」

「ちょっとって? どこへ行っていたの?」


リアが好奇心旺盛の目を向けた。


「資料探しのお手伝いよ。急に必要になったものがあって」

《え? ルーファスとお茶飲んで、お花見て、ぎゅうってしてたのに、それ秘密?》


《たすく》の指摘に、イザベルは少し動揺したが(そう、秘密)と、冷静な顔を保った。


「へえ。資料探し」


リアが楽しそうに、ニヤニヤと疑いの眼差しを向けてくる。聞いては来ないが、クラス全体が聞き耳を立てているのも感じていた。


「そう。資料探し」


(薔薇園のサンルームに言っていたなんて言ったら、大変なことになりそう。一般生徒は入ることができない場所だし。しかもそこで二人きりだなんて……こんなところで言えるわけ……)

《そっか。ルーファスと二人でいたのは、言っちゃダメなんだね》


「イザベル、なんか赤くなってない?」

「え? そ、そんなこと……」

「あんなルーファス様、見るのも初めてだな」


リアの隣に座るアンガスも、ニヤニヤとイザベルを見た。


「――あんなって……」

「イザベルを見て、なんていうか……柔らかい表情っていうか……」

「うんうん、分かる~」


ルーファスが教室前で見せた笑顔を思い出した。


(ルーファス様が自分には優しい顔を見せてくれていると思うのは、勘違いではないみたい)


「その後、こっちには殺意ある視線向けてたけどね!」

(そういえば、一瞬険しい顔で教室内を見たような――)

《ルーファス、イザベルを独り占めしたいんだよ! ハンスがまた来たら嫌だったみたいだよ》

(ハンス様――? そういえば、あれ以来会ってなかった。あれで諦めるような素直なキャラには思えないけど……)


隠しキャラであるハンスの動向がよく分からず、イザベルは微かな不安を覚えた。

本鈴が鳴ると、教師が教室へ入って来た。

教室に入って来た人は、いつもの教師ではなく、銀髪の長髪の男性だった。


(――え? どうして?)

《エリーアスだ! 先生になったんだね》


エリーアスの登場に、女子生徒は「きゃあ」と色めき立った。

教壇に立つエリーアスは、イザベルににこりと微笑んだ。

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