第34話 ローズガーデンの密会
イザベルの手を掴んでルーファスはズンズン進んでいく。
さきほど3人でランチを取ったガボゼも通り過ぎて行く。
「あの……ルーファス様、一体どこへ……」
イザベルの問いが聞こえていないのか、ルーファスは何も答えない。
「ローズガーデンのかくれんぼ」イベントが発生するほど、ハート学園の薔薇園は広い。
(ゲームをしていたからなんとなく学園の地図は頭に入っているけど……こっちに向かうってもしかして――)
イザベルがルーファスに引きずられるようにして辿り着いたのは、王族専用のサンルームだった。
(ここって……――。好感度が上がった攻略対象者がヒロインを連れてくるサンルームじゃ!?)
このサンルームは、アーチ状になっている屋根のガラスにはステンドグラスがはまっており、夢のように美しいガラス温室だ。思わず声が漏れそうになった。
(……ここに来られるとは思わなかったわ……!)
イザベルが感動してサンルームを見上げている傍らで、ルーファスはサンルームの鍵を開け、カーターには外で護衛するように声をかけた。
「どうぞ」とイザベルに声をかけると、サンルームの中心に据えられた椅子にイザベルを座らせた。イザベルが座った椅子は、まさにゲームのヒロインが攻略対象者に座らされる場所そのものだった。外側から見ても美しかったが、中から見上げるサンルームのステンドグラスは別格だ。
《わぁ~。色んな国のお花が咲いてる~》
《たすく》も初めて入るサンルーム内をパタパタと飛んで行ってしまった。
「気に入ってくれました?」
ルーファスは自らお茶を入れ、イザベルの前に置いた。
「え!? ルーファス様に入れさせてしまって……申し訳ございません」
「良いんです。好きでやっていることですから」
「良い香り……。ルーファス様、お茶を入れるのも上手なんですね」
「乳母に教えてもらったんです。普段は自分で入れませんが、あなたに喜んでもらえるのは良いですね。使用人も入れなくていいし」
「使用人も入れなくていい」という言葉が、「二人きりになりたい」と言っているように聞こえた。そう意識すると、イザベルの胸がとくんっと鳴った。
(――都合の良い……解釈かな)
ルーファスはイザベルの足をチラリと心配そうに見た。
「――急かしてすみませんでした。引っ張ってしまって……」
「足は大丈夫ですよ。どこへ行くんだろうって、驚きましたけど」
「すみません。早くあなたをここに連れて来たくて」
ルーファスはイザベルの向かいに座った。
「禍福は糾える縄の如し、でしょうか」
「え?」
「ロザリンの行動には困りましたが、そのおかげであなたと二人になれましたから」
ルーファスは、イザベルを見つめながら目を細めた。
その溶けるような甘い顔は、ゲームのスチル以外ではお目にかかれないものだった。
(なっ……――!)
「照れているのですか?」
ルーファスの言葉に顔を赤らめたイザベルを、ルーファスはいたずらっぽく覗き込んだ。
「背ける女性の顔を覗き込むなんて、紳士のなさることではありませんわ」
イザベルが慌ててプイッと顔を背けると、ルーファスは愉快そうに声を上げた。
(こんな……声をあげて笑うルーファスも、はじめて――)
「授業をサボるのも、初めてです」
「あなたは意外と真面目ですね」
「意外と……って、どういう風に見えているんですか?」
「どうでしょう?」
ルーファスはいたずらっぽく、笑ったかと思うと、自分の指にはまる婚約指輪をじっと見つめた。
「この前、あなたを誤解していたと言いましたが――」
「はい……」
「私たちはお互いに知らないことが多いのではないかと思っています。たとえば、好きな色とか」
「色?」
「昔から寒色が好きでした」
イザベルは、その言葉にロザリンの水色の瞳を思い出した。
「でも――……最近は緑を見ると落ち着くんです」
ルーファスはそう言うと、自分の指にはまるグリーンの石に触れた。
(それって――……私の瞳の色って、こと?)
イザベルは意味深なルーファスの言動に、ドギマギした。
「イザベルは?」
「わ……私も、寒色系の色が――」
イザベルはルーファスの瑠璃色の瞳を意識していた。
「深い青というか……――紫っぽい色も……」
ルーファスに心のうちを見抜かれているような気がした。
「花はどうです?」
「花?」
そういうとルーファスはイザベルの手を取った。
先ほどとは違い、ゆっくりと慎重な足取りでエスコートをしてくれる。
「世界中の珍しい花も、ここでは見られるんです」
《お花たくさんある。きれいだよ》
《たすく》は、花を見る二人の元へパタパタと戻った。
「華やかな装いのあなたは、赤薔薇が似合うと思っていましたが、素顔のあなたは桔梗のような気品も感じます」
「色もあなたが好きだと言った色味でしょう?」と、星型の花を咲かせる桔梗をルーファスは愛おしそうに見た。
(そんなこと、言われたの初めて――)
《星型のお花、きれいだね》
「東国で咲く花で、この国では珍しいんですが」
桔梗は前世では馴染みのある花だった。
(なんとなく、懐かしい感じ……)
「ルーファス様の瞳の色にも似ていて――私、この花、好き、です」
桔梗を見つめながら、ルーファスの瞳を思い出した。
「桔梗」を好きだというだけなのに、「好き」という言葉が少し喉に引っかかった。
見上げると、ルーファスは顔を赤らめた気がした。
《ルーファス、嬉しいみたい》
《たすく》の言葉に、イザベルは背中を押された気がした。
(今度会ったときに返事をするって決めていたんだから――)
ゲームにはいなかった《たすく》がこの世界にはいる。
ロザリンが絶対だったはずの世界なのに、攻略対象者たちは自分たちの婚約者を大切にしている。
ここは『ハート学園で恋をして』の世界だけど、全てがゲームと同じに進むわけではないのかもしれない。
だとしたら――。
円満な婚約解消だけが、私が目指すことなのだろうか。
もし、この世界がゲームの通りではないのなら――。
(私は……ルーファス様の隣を、選んでもいいの?)
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