第33話 声の主
「ロザリン、いるなら返事を……」
垣根の影から、陽光に照らされて光る薄茶の髪が見えた。
(――ルーファス様だ)
薔薇のアーチの下にいるロザリンに向かってカーターが駆けていたが、垣根の影から現れたルーファスの方が彼女には近かった。
(ルーファス様が現れたということは、今後ルーファスルートになる可能性が高いということ……? このまま彼女のもとにルーファスが駆けて行ったら、ロザリンへの好感度は上がるのだろうか? 一途だというルーファスのことだ。そのときには、私を公爵邸へなんて提案はなかったことになるのかもしれない……)
イザベルは、垣根から現れたルーファスから思わず目を逸らした。
そのとき、イザベルの少し前を歩くイリーナも、ルーファスの存在に気が付いた。
「お兄さま!」
イリーナの声に反応して、ルーファスは薔薇のアーチの下で待つロザリンではなく、イザベルの方を向いた。
「イザベル!」
呼んだのはイリーナなのに、ルーファスはイリーナの後ろを歩くイザベルに目を細めた。
(ロザリンではなくて……私を、見た?)
「お兄さまったら、声をかけたのは私なのに」
「悪かった。ロザリンを見なかったか? 急に姿を消してしまって」
「アーチのところにいるわよ」
イリーナは生垣から影になっていたアーチを指した。
薔薇のアーチの下に、ピンクベージュの髪の少女がたたずんでいた。
「ああ、あんなところにいたのか。みんな心配しているというのに」
ロザリンのもとへは、護衛のカーターが一番に辿り着いた。
「カーターがいるなら心配ないな」
ルーファスはイザベルと一緒にロザリンのもとへ向かった。
イザベルは平静を装っていたが、内心は不安だった。
(このままルーファスがロザリンのもとへ行ったら、やっぱりルーファスの好感度が上がるのかな? カーターは攻略対象者じゃないから、無効になるのかしら)
薔薇のアーチの下で困り顔をしていたロザリンは、庇護欲をそそった。
ルーファスはそんな彼女を見て、困ったように眉根を寄せた。
「ロザリン、以前も言ったが、学園内だとしても急にいなくなったら危険なんだ。どうして勝手に」
「見つけてくれると思ったのに!」
カーターの横で俯いていたロザリンは、潤んだ瞳でルーファスを見た。
その表情は、不安気というよりも怒気を孕んでいるようにも思えた。
「――見つけたじゃないか……」
ルーファスは理解できないという顔をした。
「そうじゃなくて! このイベントはそういうんじゃなかったのに!」
(――……イベント?)
「また『イベント』か……」
ルーファスは「イベント」という言葉に頭を掻いた。
「その、君の言う『イベント』が何なのか分からないけど、突然いなくなられると正直困るんだ。“救国の聖女”であると分かった君は、この国で王族に匹敵する要人なんだから」
「……――どうして、私が怒られるの?」
「怒っているわけではないんだけど……」
苛々した様子のロザリンは、ルーファスよりもずっと幼く見えた。
そして、ルーファスと一緒に現れた私たちをキッと睨みつけた。
「どうして悪役令嬢がいるのよ!?」
「……ロザリン、彼女たちも君が一人でいるから心配してくれたんだ。護衛のカーターをやってくれたのも彼女たちの機転なんだよ」
「……護衛なんて……そんなこと、私、頼んでない! 私は、攻略対象者たちが見つけてくれるって……どうして……ここは私の世界なはずなのに……」
ロザリンは小さな唇をきゅっと噛みしめてイザベルを見た。
(《たすく》、ロザリンが何を考えているか分かる?)
《悪役令嬢なのにって……》
(やっぱり――)
《やっぱりって?》
(この子は、私と同じ転生者なんだわ)
《転生者? イザベルと同じ世界から来たってこと?》
(たぶん、そう)
そうでなければあり得ない。
「イベント」や「悪役令嬢」なんて言葉、この世界の人の言葉ではない。
ロザリンは、私と同じ――このゲームがあった国の記憶を持っている。
「ロザリン!」
少し遅れてディオンと、レンナルトが現れた。
ふくれっ面のロザリンと、呆れた様子のルーファスを見て、ディオンはすべてを把握したようだった。
「ロザリン、心配したんだよ。もうこんなことはしないでほしい」
「……私は……」
「君が勝手にいなくなってしまうのだったら、護衛を増やす必要も出てきてしまうんだ。私たちがずっと傍にいるのが窮屈なのかもしれないが……」
「――そんなこと……」
ロザリンはディオンのお願いに、困った少女の顔をしていた。
「もう午後からの授業が始まるから」
そうディオンが言うと、ロザリンは素直に頷いた。
ディオンのレンナルトに付き添われて、ロザリンはトボトボと校舎の方へ向かった。
ディオンはロザリンの機嫌を取りながら後ろを向くと、パチンとウインクを送ってきた。
(さすがは王太子。鮮やかな対応だわ)
イザベルが感心していると、頭上からはぁというため息が聞こえた。
「お兄さま、お疲れのようね」
「私は何かおかしなことを言ったか?」
ルーファスの問いに、イリーナは首を振った。
カーン、カーン、カーン。
午後の授業を知らせる予鈴が鳴った。
中等部の棟は少し離れているため、イリーナは慌てて駆けて行った。
教室に戻ろうとする同じクラスのジゼルに、ルーファスは「次の時間は急用で出られなくなったと言っておいてくれ」と頼んだ。
「急用?」
ジゼルは一瞬きょとんとしたが、すぐに「分かったわ」と微笑み去って行った。
高等部のイザベルはジゼルと一緒に駆けた。
しかし、イザベルの二の腕がルーファスに引き留められた。
「え?」
ジゼルは分かっていたかのように、イザベルを待たずに行ってしまう。
「イザベルのことは、ディオンが適当に言っておいてくれるだろうから」
教室へ向かう生徒たちとは逆方向へ、ルーファスは迷いなく歩いていく。
(え? まさか……。これって、サボり!?)
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