第31話 イザベルの決断
「それは……一体、どうして――」
「今日はこの話をしようと思っていたんです」
「公爵邸に移るという話――ですか?」
「はい。父にも許可を得ていますし、ディオンにも話してありますので、心配することはありません。あなたの父上にもこのあと手紙で許可を……」
「ちょっ……ちょっと、ちょっと待ってください。どうして急に公爵邸なんですか? 婚約期間は離宮で生活するというお約束でしたよね?」
イザベルの婚約が決まったとき、住まいは離宮ということになっていた。
(公爵家からも国王からも歓迎されていない結果、離宮になったんじゃないの? 何をいまさら……)
「初めからこうするべきでした。ロザリンのことでこの2週間あなたに全く会えなかった。このままでは、婚約者としての距離がどんどん広がってしまいます。一緒に暮らせば馬車での送迎もあなたが遠慮することもありません」
「急にそんなことを言われても……――」
「――私と暮らすのが、嫌なんですか?」
戸惑うイザベルに、ルーファスは妙に圧を感じる笑みを浮かべた。
「嫌っていうか……――」
(嫌です! 一つ屋根の下なんて気が休まらないし)
「婚約期間なのに、公爵邸で暮らしたら周りがどう思うかも気になりますし……」
「家族も一緒に暮らしていますから、あなたが心配するような噂を立てられることはありません。それに――……少し、誤解をさせた方が良いような気もします」
「え?」
「婚約式での私の態度のせいで、あなたと私の関係が政略だけだと思っているものが多すぎます」
(え? 政略……ではないの?)
「ハンスやエリーアスには、私とあなたの関係を……濃密なものだと思わせ方が効果的だと思います」
「の……濃密?」
イザベルが繰り返すと、ルーファスが少し照れたように視線を反らした。
「はい。そうすれば、あなたの婚約相手にとって代わろうなんて考えもしないはずです。それに、最近ロザリンのことも噂を立てられて私も困っているんです」
「ロザリン様……――」
(そうだ。ルーファスは、ロザリンのことをどう思っているんだろう?)
「私にはあなたという婚約相手がいるというのに――」
「……ロザリン様は、とても愛らしい方ですし。女性から見ても魅力的な方ですわ」
ルーファスが、何かを探るようにイザベルを見た。
「イザベルは、私がロザリンと噂されていても気にならないんですか?」
「え? そ、そういうことではなくて……――その、とても素敵な方ですし、救国の聖女だなんて魔力ゼロの私からしたら、女神様のような存在で……」
「私からすれば、あなたの方が聖女です」
「――は? いや、私は魔力もありませんし……」
「養護院で子どもたちと笑っているあなたを見れば、そう思います。それに、先程抱きしめたとき、確かにあなたから力をもらいましたし」
「そんなこと……」
「養護院での活動は、すばらしいと思っています。畑は男手が必要でしょうから、これからは、エリーアスではなく、私が手伝いますね」
「え……あ、それは、ありがとうございます」
「婚約者のためですから、当然のことです」
「あの……そのことではなくて――。ルーファス様は、ロザリン様のことを……気になってはいないんですか?」
(二人の関係は……どのくらい進展しているの?)
真剣な顔でルーファスを見ていると、ルーファスは顔を赤らめて目を逸らした。
「……そんなに、ロザリンとの関係を気にしているとは思いませんでした」
ルーファスはコホンと咳ばらいをすると、イザベルの髪を優しく撫でた。
「心配させていたのでしたら、申し訳ありません」
「――え?」
「でも、私は一途な男ですから安心してください」
「い……一途……?」
「そういう誤解をあなたに与えないためにも、一緒にいる時間を過ごしたいんです」
(――え? なんか、また……違う方向に誤解、されてる!?)
そういうと、ルーファスがイザベルの髪にちゅっと口づけを落とした。
◇◇◇
(一体……なんだったんだろう……)
ロザリンのことを誤解したまま、ルーファスはご機嫌で公爵邸へと戻っていた。
(公爵邸への転居の件は、とりあえず保留にしてもらったけど……。今日のルーファスは、明らかにおかしかった)
イザベルは籠の中でスヤスヤ眠る《たすく》のふっくらとした頬を突いた。
(いつも怒っているだけじゃなかったの? 最近のルーファスは、ハンスに怒り、エリーアスに怒っていた。でも、刺繍を教えてくれたり、クッキーを強請られたり……ゲームとは違う一面もたくさんあった。ゲームとは違うルーファスの一面を知る度に、明らかに胸が苦しくなる……。私は――一体、どうしたいんだろう?)
ゲームで知っているルーファスは、イザベルのことが大嫌いな攻略対象者だ。
どのルートでも、イザベルは彼に婚約を破棄される。
そして、スパイの疑いをかけられ、処刑される。
だから――そうならないために、父の命令に逆らってスパイ任務なんて放置して、円満に婚約解消をしようと思っていた。今のところは、スパイだと疑われてはいないだろうし、このまま関係を悪化させずに婚約解消ができれば、当初の目的通りになるはずだ。
それなのに――。
『あなたの住まいを公爵家に移しませんか?』
『私からすれば、あなたの方が聖女です』
『私は一途な男ですから』
(――あれじゃあ、まるで――……私のことを、好き、みたい……。私は、悪役令嬢なのに、そんなこと……あるの? それに――)
イザベルは、自分の胸の高鳴りを誤魔化すことができなくなっていた。
(これは……ゲームの強制力じゃなくて、私自身の……感情?)
ゲームでは惹かれていなかったルーファスに、惹かれている自分がいる。
(もし、この世界がゲームのシナリオ通りに進むわけじゃないなら……。ルーファスと向き合えば、きちんと関係を築いていけるなら……。私は……――本当は、どうしたいんだろう……)
イザベルは、ゲームではいなかったはずの《たすく》の顔をじっと見つめていた。
(公爵邸で……暮らすのか。毎日、ルーファス様に会って、あんな風に時折触れ合って……)
イザベルはルーファスの温もりを思い出して、胸が締め付けられた。
(いまはゲーム通りに進まなくても――いずれ……ルーファス様の気持ちが変わっていったら? ルーファス様を好きになってしまっていたら? 私は……きちんと、ルーファス様と離れられる? ゲームのイザベルのように、嫉妬や執着に飲まれてしまうことはないだろうか――)
『あなたの住まいを公爵家に移しませんか?』
ルーファスの顔を思い浮かべていた。
(今度会ったときには――……どうするか、答えられるようにしないと……)
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