第30話 離宮への訪問(後編)
イザベルの返事を待たず、ルーファスが何故かイザベルの隣に移動してきた。
ルーファスが隣に座った瞬間、仄かにホワイトムスクのような香りがした。清潔感のある香りは彼に合う気がしたが、ツンとした表情に合わず思いのほか甘い香りを身にまとっていることに初めて気が付いた。
隣に座るルーファスが狭くないように、イザベルはお尻をずらしながら少し距離を取った。
「――どうして……」
「え?」
「どうして、距離を取るのですか?」
瑠璃色の瞳が、イザベルを非難しているようだった。
「え、どうしてって……別に、狭いかなって思っただけで……」
「……それだけ、ですか?」
「え……はい」
イザベルの答えを聞くと、ルーファスはイザベルが離れた以上に距離を近づけた。
二人の距離は、少し動くと触れそうな距離だった。
「え……あ、あの――」
戸惑っていると、ルーファスがイザベルの両肩に手を置いた。
(え? 本当に、何?)
「お茶を取ったり、出掛けたりするのも良いと思いますが……――そもそも、私たちは婚約者なのに物理的に距離が遠い気がします。もちろん、それは……――私の、婚約式での態度が悪かったのだと……反省しています」
「――え?」
(ルーファス様が、反省? 悪役令嬢の私に? そんなこと、普通有り得ない。だって、ルーファス様はどのルートへ進んだって私と婚約破棄して、スパイの疑いをかけて、処刑するはずなんだから……。そんな相手に、反省って……。やっぱり、ゲームのシナリオとは……全然違うような気がする……)
戸惑うイザベルに、ルーファスは続けた。
「あなたのことを……誤解、していたというか……その……何を言っても言い訳にしかならないのは分かっているのですが……」
真剣に話すルーファスの言葉は、何かの策略だとは思えなかった。
「あの、ルーファス様。急にどうなさったんですか? 」
「――……急では、ありません!」
ルーファスの手に一瞬力がこもったのが分かった。
「その……ずっと、考えていたことです」
「ずっと……」
「とにかく、私の態度は改めますので、私たちの関係を……改めませんか?」
「改める……――?」
(改めるって……一体、何を、どう……)
「あの……そもそも、ルーファス様は年上の女性が……苦手なのではないかと思っていたのですが……」
ルーファスは、イザベルの問いに意外な顔をした。
「私が、年上の女性が苦手だなんて、一体誰に聞いたのですか?」
(――……しまった! このことは、ヒロインにこっそり打ち明ける話だった……。まずい。私が知っているなんて、怪しさ満点過ぎる……)
「その……聞いたのではないんですが、なんとなく……ルーファス様の様子を見て、そうかなって……」
イザベルは笑顔を保ったが、内心は心臓がバクバク言っていた。
「私の様子を見て……」
「……はい」
「……」
「……」
(やっぱり、苦しい言い訳だった!? さすがに怪しんでいる!?)
黙り込むルーファスに、笑顔を引きつり始めた瞬間――。
「そんなに……私のことを、見てくれていたんですね……」
ルーファスは、ぽつりと声を漏らした。その声には、明らかに喜びが滲んでいた。
「え、ええ。なんとなく、ですけど……」
「あなたがそんなに私に興味を抱いてくれていたとは思いませんでした」
「興味っていうか……――」
「違うんですか?」
「まあ、どちらかと言えば興味に近いというか。いえ、興味です」
「そうですか。あなたもそう思ってくれていたなら、話は早いです」
「え? あなたもって?」
「確かに私はちょっとしたことから、年上の女性にやや苦手意識はあります」
「……やっぱり。だったら、無理はなさらない方が」
「でも! でも……あなたは、違う」
「――え?」
「あなたは……私が出会ったどの女性とも違う」
「は……はあ」
「ですから、あなたとの関係を深めることに、特に障害はありません。あなたも私にそんなに興味を持って見てくださっていたのなら、なおさらです」
「そんなに興味って……――それほどのものではないのですけれど……」
何かルーファスの中で確信を得たのか、イザベルの戸惑いは聞こえていないように、どんどん話を進めていく。
「今日、ディオンにも言われたんです」
「え? ディオン殿下に? 一体、何を……」
「少し、婚約者らしい距離になった方がいいと」
「婚約者らしい、距離?」
ルーファスは肩に置いていた手でイザベルの腕を握った。
「……細い」
ルーファスはイザベルの腕を握り、しみじみと感想を述べた。
「え?」
「今日は……乱暴に握って、申し訳ありませんでした」
「え――あ、別に気になさらなくて」
「痕が残らなくて良かった」
ルーファスは握ったイザベルの腕をしみじみと眺めている。
「そんな……痕が残るような強さではなかったですから」
「エリーアスと楽しそうにしているあなたを見たら、抑えられなくなって」
「え?」
(それって……どういう……)
ルーファスがイザベルの腕を優しく握りながら、イザベルを見つめた。
「少し、抱きしめてもいいですか?」
「――えっ!? なっ、どうして!?」
「今日、レンナルトとジゼルは自然と抱き合っていました。ディオンとイリーナも自然と触れ合っていた。彼らと私たちは、明らかに距離感が違いました」
「それは……私たちは婚約したばかりですもの。気にすることでは」
「いえ。こういったことは、軽視しない方がよいと思うんです。こういう触れ合いを重ねることが、婚約者らしい距離感を生み出しますから」
「そ、そうですか?」
「はい。ですから、少し、抱きしめます」
「え!?」
ルーファスはイザベルの腕を少しだけ強く自分の方に引き寄せ、自分の胸にイザベルをすっぽり包んだ。年下の男の子だと思っていたルーファスの胸は、思いのほか大きく、自分の身体をすっぽりと包めることが分かった。
「これが……充電――」
今日のレンナルトの言葉を、ルーファスが噛みしめながら腕に力を込めた。
先ほどふんわりと香ったルーファスの香りに包まれ、イザベルの心臓はドクドクと大きく音を立てていた。そして、ルーファスの心音もダイレクトに伝わって来るのが分かった。
「少し……緊張しますが――確かに、癒される感じがします」
「――そう、ですか」
「はい。一日の疲れが消えるような……」
「それは……――良かったです」
(私も――。なんだか色々と考えていたことが消えて行くような……靄がかかった空が晴れて行くような――)
「イザベル」
「はい」
「婚約者として、こういう時間は定期的に設けましょう」
「え?」
「婚約者なんですから、こういう接触がなかったのがおかしいことでした」
「そ、そうですか?」
「はい。周囲に変な誤解を与えないためにも、そうすべきです。あと、離宮の住まいを公爵家に移しませんか?」
「――え!?」
お読みいただきありがとうございました!
「面白い」と思っていただけましたら、ぜひ「ブクマの追加」や「リアクション」、「感想」、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援いただけますと嬉しいです!
皆さんの応援で執筆のモチベーションがアップします!!!
どうぞよろしくお願いいたします。




