第29話 離宮への訪問(前編)
「ルーファス様がお越しになりました」
(本当に、来た――)
ドリスに案内され、ルーファスが離宮に現れた。
ルーファスが離宮に現れたのは、ハート学園転入初日以来だ。
(こうして応接室にまで入るのは、初めてだ)
ドリスがお茶の支度をすると、ルーファスは「大切な話があるから」と人払いをした。
(未婚の男女が二人きりになるなんて、ルーファス様が最も避けそうなシチュエーションなのに。よっぽど人に聞かれたくないような話なの?)
《たすく》がいれば彼の内心を探ることもできたが――。
《今日は僕もう寝るね。お休み~》と、《たすく》は姿を消してしまった。
目の前でお茶を飲むルーファスは、いつもと変わった様子はない。
だけど――。
明らかにおかしい。
(……一体何なの!?)
黙ってお茶を飲み続けるルーファスにしびれを切らし、口を開こうとした瞬間――。
「あの後ハンスから何か接触はありましたか?」
「――え、ハンス様、ですか? あの後は特に何も……」
(クラスにも顔を出していないのは、ディオンにも聞けば分かると思うけど――)
「そうですか。もし、ハンスがあなたに接触を試みたら必ず私に教えてください」
「は……はい」
(そんなことを言いにわざわざ来たの?)
「それと――」
ルーファスは厳しい目をイザベルに向けた。
「今日も、エリーアスと……」
ルーファスが何やらごにょごにょ言っているがよく聞こえない。
「はい……? あの、エリーアス様が、何か?」
「……エリーアスは、あなたと距離が近過ぎると思います。あなたは私の婚約者だというのに、あなたに興味があるというのは行き過ぎた発言だと思いますが……」
「はあ……」
(一体何の話をしに来たのだろう……?)
会話のゴールがよく見えなくなっていると、ルーファスが咳ばらいをした。
「その、あなたと私は……――婚約者です」
「はい」
「それも、私たちの関係は、国を背負っているものです」
「――……まあ。でも、ロザリン様が現れたいまは、セルフィード王国にはこの婚約のメリットが減りましたよね」
「……どういう、意味ですか?」
「どういうって……――。ヴァルハルド帝国が攻め込んだとしても、ロザリン様がいればセルフィード王国は無事ですよね」
(ヒロインの国が負けるわけないし……)
「その可能性は上がりましたが――」
「そうなると、この婚約も無理に続ける必要性も減るのではないかとも」
ガチャッ――。
ルーファスが乱暴にカップを置いた。
音に驚いてルーファスを見ると、険しい顔のルーファスが目の前にいた。
「私との、婚約を……解消する、という話ですか?」
「え……いや、あの――」
(なんで、そんな怖い顔?)
「そういう……選択も、あるのかなって――……ちょっと……思っただけで……。別に、そういうことでは……」
「念のための確認ですが――あなたは、誰か思う人がいるのですか?」
ルーファスの瑠璃色の瞳が、まっすぐにイザベルを射抜いた。
――ドキンッ。
ルーファスの瞳に映る自分が、戸惑っているのがよく分かる。
(誰か……思う人って……――そんなの――)
イザベルは何故かその問いをすぐに否定できなかった。
それどころか、何故か頭の中は、ルーファスの顔が浮かんでいた。
(どうして? 私……王太子推しだったし、そもそもルーファス様とは婚約を解消しようとしているのに……)
「誰か、思う人が、いるのですか?」
「……」
「……」
「ルーファス様は……どう、なのですか?」
「…………え?」
(私のことを気にかけてくれているような気がするときもあるけど……ロザリンのことは、どう、思っているのだろう?)
「どなたか、思っている方など…………」
ルーファスは言葉を止めた。
まるで自分自身に問いかけるように、しばらく黙り込み――。
「……いません」
その答えに、ホッとすると同時に、少しガッカリもした。
(ガッカリって……私、何を考えて……――)
「あなたはどうなんですか? いるんですか? 思う人が?」
「…………私も、いません」
「そうですか……」
「……」
「でしたら、婚約を解消する必要など、ないのではありませんか?」
「え?」
「確かにロザリンのことはありますが、だからと言って隣国との関係を悪化させる必要はありません。戦争は勝ち負けの問題だけではなく、多くの命が奪われるものですから」
「それは……確かに、そうですね」
「そういう意味では……私たちの婚約関係は、両国にとって重要なものであることに変わりありません」
「……はい」
「ただ……私たちは、まだお互いのことをあまりに知らなさすぎる」
「……はい。え?」
「今日、レンナルトとジゼルの様子を見て、気が付いたことがあります」
「?」
「私たちは……婚約者なのに、妙に距離がある」
「は、はぁ」
「その距離が、ハンスやエリーアスのような存在を生んでいるのかもしれません」
「そう、ですか?」
「ですから……――少し、距離を縮めた方が……良いかと考えています」
「え、ええ。そうですね。ルーファス様のお時間ができたら、今度お茶会でも……」
「……お茶会、というものもありますが……――」
「はい」
「その……――」
「はい」
「……――」
「あの、何か……」
黙り込むルーファスに、イザベルが問いかけると、ルーファスは真剣な目でイザベルを見つめた。ルーファスは何かを決意したように息を吸った。
「隣に……座っても良いですか?」
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