第28話 ディオンの後押し
ロザリンはエリーアスの腕を取りながらご機嫌で戻って来た。
ロザリンの影が見えた瞬間、攻略対象者の彼らは見事に紳士の顔に切り替わった。
(さすがの切り替えだわ)
先ほどまで愚痴がとまらなかったレンナルトでさえ、完璧な騎士の態度だった。
「エリーアス、ありがとう! この国の子どもたちのためにも、私も今後養護院の活動を支援しますね!」
「ありがとうございます。今後のご支援に感謝いたします」
エリーアスはロザリンの手の甲に口づける真似をすると、ロザリンは満足気に目を細めた。そして、ディオンにエスコートをされ帰って行った。彼女の可憐な笑顔も、華やかな雰囲気にも子どもたちは見惚れていたが、対応した大人たちから疲労感が漂っていた。
彼女の後ろ姿が見えなくなると、今度はエリーアスがハァと深いため息をついていた。
(やっぱり攻略対象者も気を遣うのね。ゲームをやっているときは、全然気にしていなかったけど)
「大丈夫ですか?」
「ええ。少し、精神的疲労がね……。悪い子ではないと思うんだけどね。ルーファスくん達の気苦労が、少し分かる気がするよ」
エリーアスはそういうと苦笑した。
「さ、土も掘り起こせたみたいだし、日が暮れるといけない。土づくりの続きでもしよう!」
《イザベル、急いでるなら僕も手伝おうか?》
(え?)
《たすく》の手伝いにイザベルは嫌な予感がした。
(や、《たすく》、ちょっと待って)
《任せて任せて~。エリーアスも疲れてるみたいだし》
《たすく》は、風魔法で不自然な風を起こし、畑中に石灰をバラバラと撒いた。
やろうとしていた作業が突然終わった子どもたちは、何が起こったか分からずきょとんとしていた。大人たちも突然起こった現象に、戸惑っていた。
「え?」
「なに今の風? 魔法?」
「魔法って……。あんな巧みな風の使い手いるのか?」
《ほーら、あっという間に終わったでしょ!》
《たすく》は、みんなの戸惑いを賞賛と勘違いしたのか、得意気にほほ笑んでいた。
《ね、僕って、すごいでしょ》
戸惑うみんなを尻目に、イザベルは《ほめてほめて》と飛び交う《たすく》をたくさん褒めた。
(ま――、誰かが困ることではないから……いいのかな。バレてもいないみたいだし)
◆◆◆
「いつまでこの体制が続くんだ?」
ロザリンを家に送り届けたあと、ディオンの執務室に集まったレンナルトは足を投げ出してディオンに言った。
「――ロザリンが、他の護衛に慣れていないようだから……」
「だからってさ、俺たちも一日中あの子に張り付いているのも限界っていうか」
「それはよく分かるが――」
「ディオンを責めているわけじゃないけど、あの子さ、なんか急に色んなところへ行きたがるだろう? 『イベント』がどうのとか言って。今日の養護院訪問も、結局なんのためなのかもさっぱり分からないし」
レンナルトの言葉に、ルーファスも無言で同意していた。
「距離感もおかしいから気を遣うし」
「まあ……それは今後聖女教育でなんとか」
「聖女教育にも、魔法の練習にも前向きではないようだが――」
ルーファスがダメ押しすると、ディオンは頭を抱えていた。
「それは分かっているんだが――」
“救国の聖女”ロザリンは、平民出身の美しく可憐な少女だ。
待ち望んでいた聖女誕生に、お祝いムードでいられたのも一週間。
予想以上に我儘な彼女に振り回され、ディオンもレンナルトもルーファスも正直疲れていた。
(勝手が分からないだけなら、勉強をしてくれればいいのに、言われている勉強には身は入らず、『イベント』だの『ゲーム』だの謎の用語を使っては、自分たちを振り回すだけ振り回してくれるから……。レンナルトの愚痴も、分からなくはないのだ。ただ――)
「彼女は国の命運を握っている。機嫌を損ねられても困る。私から少しずつ彼女に貴族社会について学んでもらうから、もう少し我慢してくれ」
レンナルトはハァとため息をついて立ち上がり、赤髪を掻いた。
「すまない。愚痴が過ぎた。久しぶりにジゼルに会って、つい――。もう、帰るわ」
肩を落として部屋を出るレンナルトを見送ると、ルーファスに視線をやった。
(レンナルトと違って愚痴は言わないが――)
「ルーファスも、悪いな」
「いや、これも仕事だ。構わない」
「助かるよ。ルーファスもイザベル様とはうまくいっているのか?」
「――……うまく?」
「ああ、スパイ疑惑も晴れたんじゃないのか? イリーナはすっかり姉のように慕っているようだし」
「ああ……まあ、それはそうだが――」
(誤算というと、彼女の方は良い意味で誤算だった。“ヴァルハルド帝国の女狐”の輿入れには頭を悩ませていたが、イザベルは噂とは全く違う女性だった。ロザリンが現れたいまヴァルハルド帝国の脅威は弱まったものの、婚約を解消する必要もなさそうだ)
「彼女のことは、もう少し見張る必要がある」
「え? スパイ疑惑は晴れたんじゃないか?」
「まあ、それは――……現時点ではよく分からないだけで」
「大分仲が深まっていたようにも思ったが……。手作りクッキーを貰ってずいぶん喜んでいたとイリーナからも……」
クッキーの話題をした瞬間、ルーファスは顔を赤く眉間に皴を寄せた。
「クッキーの件は……まあ、その、いいんだ。それより、ロザリンの件で、彼女に会う時間が減っていて彼女を十分理解できていない。それに、ハンスやエリーアスが何故か彼女に近付いている。カーターを護衛につけているが、あの二人を追い払うには心許ない」
ルーファスは眉間の皺を深くしながら、ディオンを見た。
(ハンスやエリーアスを追い払う? いや、それって……――。まさか、分かっていないのか?)
「あの、ルーファス。ハンスやエリーアスが彼女に近付いて何か問題があるか? 二人とも国を裏切って彼女と共謀するような人物には思えないし」
「それは――……分からないだろう」
「まあ、それは……そうではあるけど」
「もう少しイザベルを観察できれば、本当にスパイではないと判断できる。もし、スパイじゃない場合は……私と、結婚、するわけだから……その――」
妙に意識しながら「結婚」という言葉を口にした瞬間、ルーファスの耳が赤くなった。
(全くの無自覚、というわけでもないのか……。仕方ないヤツだな)
「まあ、そうだな。今日二人を見ていて思ったが、まだ距離を感じたな」
「距離?」
「ああ、レンナルトとジゼルを見ただろう。自然と抱擁していた。ルーファスは婚約式のときも口づけも抱擁もしていなかっただろう? 二人のときにしているのかもしれないが」
「!?」
「口づけ」や「抱擁」という言葉に、明らかにルーファスは動揺していた。
(――していないな)
「政略結婚と言えど、婚約者なんだ。それなりに甘い関係に進展するのも必要だろう。彼女のスパイ疑惑が消えたわけじゃないようだが、本音というものは尋問では見えない。婚約者として接してこそ見えるものもあるんじゃないか?」
「……――本音」
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