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第3話 不穏なパーティー

「体調はもう大丈夫なのですか?」


セレフィード王国の王太子ディオン・アルシェは、優しげな笑顔でそう声をかけてくれた。

夜はルーファスとイザベルの婚約を祝う王家主催の夜会が開催された。

イザベルは瑠璃色に金の刺繍が施されたドレスを身にまとい、ルーファスにエスコートされながら入場した。


(“儀礼的”の見本みたいだわ……)


ルーファスは指輪交換のとき同様、機械的にエスコートをした。もちろん、イザベルへの声掛けも最低限だ。《たすく》だけは、《ルーファス、緊張してる。イザベルに近付くの、たすく嫌だよっ》と警戒心を剥き出しにイザベルの周りをパタパタ飛んでいたが……。


(ルーファスが私のエスコートに緊張するわけ――……)


と思いつつ、イザベルはハッとした。

ルーファスは女性――特に年上が苦手だった。


(ルーファスって年上女性に迫られまくったせいで、女性不信になっていたはず。それが聖女との出会いで溶けていくっていうのが彼のルートなはず。《たすく》が言う“緊張”ってそういうことか……。彼からしたら政略相手といえ、婚約者の私に迫られたら、困るものね。そりゃあ緊張もするわ)


ましてや――イザベルの今日の夜会のドレスは、谷間がくっきりと見えるセクシー過ぎるものだった。イザベルは肉食系女子だ。少なくとも社交界ではそう思われている。


(彼にとって、この婚約は“自己犠牲”そのものだったということね――……)


瞳に感情が宿らないルーファスの美しい相貌が、哀れにも思えた。肉体年齢は18歳だが、享年32歳の女性の記憶が甦ったイザベルにとって、16歳のルーファスは2歳以上の年齢の隔たりがあった。


(早く聖女に出会って、女性不信のトラウマが解けるといいわ)


その頃には私は婚約解消してどこかの片田舎で暮らしているはず、とイザベルは自分の明るい未来も思い描いた。


ファーストダンスの曲が始まると、ダンスフロアにペアが集まり始めた。今日の主役であるイザベルたちも周囲からはチラチラと見られていたが、ルーファスにダンスを誘う気配はない。

見かねた王太子が、「フォートレル侯爵令嬢、あなたとファーストダンスを踊る名誉は、私にお与えくださいますか?」と声をかけてくれ、なんとかイザベルのメンツを保ってくれた。


(やっぱり、私の推しは優しいわ。好きでもない私にもこの気遣い! 金色の髪にエメラルドグリーンの瞳もおとぎ話の王子様のような完璧さだし。ダンスのリードだって上手で、本当に踊りやすい)


攻略対象者とは関わらないと決意した舌の根も乾かぬうちに、イザベルは王太子をうっとりと見つめてしまっていた。が、すぐに冷静になった。


(まずい、まずい! 何うっとりしているの。攻略対象者なんかと関わるとロクなことに……)


イザベルは王太子にうっとりしそうになる気持ちにブレーキをかけた。


「お声がけくださってありがとうございます。今夜は壁の花かと」

「あなたが? 婚約式でも皆あなたの美しさに魅了されていましたよ」


王太子の滑らかな社交辞令がイザベルの耳をくすぐった。


「まあ。王太子殿下はお上手ですのね」

「ディオンとお呼びください。ハート学園ではクラスメイトですから」

「――……では私のことも、イザベルと」


にこやかにダンスをしながら、王太子との会話を楽しむ。親しくなりたくないと思いつつも、ディオンの人当りの良さに距離が縮まっていく気がした。


(ルーファスとは大違いだわ。攻略対象とは近付きたくないけど……。彼はクラスメイトだし、まあ、私から近付かなければ大丈夫か……)


《イザベル、またルーファス怒ってるよ》


《たすく》がパタパタとイザベルの周りを飛んでいた。


(怒っている?)


ダンスフロア外にいるルーファスを見ると、先ほどと変わりない表情でただこちらを見ているだけだった。


(――一怒っているようには……?)


精霊は感情を感じ取ることができるようではあるが、《たすく》の理解がずれていることもあるようだ。ルーファスの隣に戻ると、ディオンに言われたのかルーファスは渋々「私とも、踊りましょう」と声を掛けて来た。


ルーファスはダンス中もなるべく身体が密着しないようにしていた。


「ディオンと……」


黙って踊るだけかと思ったら、ルーファスが何か声をかけてきた。

離れているから、音楽に声がかき消され何を言っているのか分からず黙っていたら、ルーファスは、今度ははっきりと繰り返した。


「ディオンとは、ずいぶん楽しそうに踊っていましたね」

「――え?」


驚いてルーファスを見ると、様子を伺うようにじっと見ていた。


(楽しそう……だった? でも、だから……何?)


今度は何と返事をするのが良いのか分からず黙っていると、「なんで黙っているんです?」と更に聞いて来た。


(なんで……と、言われましても――)


「……楽しかったので……。何か、問題が……ありましたか?」


(王太子と笑顔で踊ることの何がいけないのか? 無礼な態度を取ったり、しな垂れかかったりしたというのならまだしも……)


「別に……。ただ、ディオンには婚約者がいますから」

「知って、いますけど」


そんなことは百も承知だ。だから、ヴァルハルド帝国とセレフィード王国の和平の象徴に、イザベルとルーファスが婚約を結んだ。王太子に婚約者がいなければ、それはディオンの役目になっていたはずだ。


「そうですか。だったら良いんですけど」

「――?」


ディオンの婚約者はルーファスの妹だ。


(もしかしたら、私がディオンにちょっかいを出すとでも思って……。なるほど。だから怒っていたわけか)


気まずい雰囲気のまま、ルーファスとのダンスを終えた。話も盛り上がるわけでもない。


(誰もダンスに誘いに来ないし……。むしろ、遠巻きに見られている)


セレフィード王国の人にとって、イザベルは敵国ヴァルハルド帝国の侯爵家の人間でしかない。息が詰まる。ルーファスの傍から離れたかった。それはルーファスも同じだったようで「飲み物を取りに行く」と声をかけその場を離れた。


(ああ、もう……疲れる。外の風に当たりたい)


イザベルはバルコニーの方に向かって歩いていると、会場の令嬢たちにひそひそと噂されているのが分かった。


《イザベル、めぎつねって何? ヴァルハルドのめぎつねがどうのって、みんな言ってる。いやな感じ》


《たすく》が令嬢たちの口汚い言葉を聞きつけ、質問をしてきた。


(ヴァルハルドの女狐ね。さっきまではルーファスがいたから、あからさまじゃなかったわけね。まあ、こんな扱いも慣れているけど……)


「婚約式のときもルーファス様は……」

「厚化粧が過ぎるわね」


イザベルはひそひそと囁く令嬢を睨みつけた。

その瞬間、蜘蛛の子を散らすように令嬢たちは消えて行った。


(これくらいで逃げるなら、初めからちょっかいを出さないでほしいわ)


「何をおっしゃっているのか、全然聞こえませんけど」

「“落ちこぼれ聖女”って呼ばれているって本当かしら?」

「私だったら、恥ずかしくてレンナルト様の婚約者を辞退いたしますわ」


会場の隅で、不穏な空気を放つ女性たちがいた。


《イザベル、あの子たち、いじわるしてる》


青いストレートの髪に、薄茶色の瞳の、大人しそうな令嬢を3人の令嬢が囲んでいた。


《かわいそう》


(あの令嬢――……)


イザベルは囲まれている令嬢に覚えがあった。あの令嬢はジゼル・グルー。攻略対象者の婚約者――つまり、イザベルと同じ立場の悪役令嬢だ。


(新たな攻略対象者とは……関りたくないけど――)


イザベルが辺りを見渡しても、攻略対象者らしき人物はいなかった。


《イザベル、助けてあげよう。かわいそうだよ》


イザベルは《たすく》に頷くと、ジゼルたちへと近づいた。


「あら、何をなさっているのかしら?」


イザベルの声に反応して、令嬢たちは皆振り返った。ジゼルは急に現れたイザベルを、怯えた顔で見た。


「セレフィード王国のご令嬢は、こんな風にお一人を囲んでお話するのがお好きなのかしら?」

「……あなた――ヴァルハルド帝国の」

「ええ、皆さまにはヴァルハルド帝国の女狐と名乗った方が宜しいかしら?」


イザベルは敢えて会場に聞こえるように声を張った。先ほどまでそう呼んでいたご令嬢たちがギクッと顔を強張らせた。目の前の彼女たちも、そうだった。


「な……なんのことかしら?」


イザベルはにこりと微笑んだ。


「いえ。ただ、こそこそとお話されるのもお好きなようだからお伝えしておこうかと思って。私はヴァルハルド帝国とセレフィード王国との和平の役目を果たすためにこの国に来たの。ジゼル様だってそうだわ。レンナルト様とのご婚約が彼女の役目なのであって、それをあなた方にとやかく言われることではないかと思いますわ」

「……あなたに、関係は――」

「ございません。でもジゼル様とレンナルト様のご婚約問題は、あなたも関係ないでしょう?」


イザベルは、静かに令嬢たちを睨んだ。

周囲に注目をされたことで分が悪くなった令嬢たちは、「何か誤解をされているようだけど、私たちは別にジゼル様とお話をしていただけで……」と言うと、イザベルの前から立ち去った。怯えるジゼルはおずおずとイザベルに近付くと、ぽつりと「……なぜ、助けてくださったのですか」とだけ震える声で尋ねた。


(――何故、助けたか)


イザベルはジゼルを見て、「同じ立場だから」とだけ答え去った。


《イザベル、すごい! カッコ良かったよ!》


《たすく》だけが、イザベルに嬉しそうに声をかけた。遠巻きにイザベルを見るものたちを無視して、イザベルは《たすく》とバルコニーへと向かった。その後ろ姿をルーファスが瞠目して見ていることには、全く気が付いていなかった。

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