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第2話 悪役令嬢に転生、ツみましたか?

(なに? この豪華な天井……。ロココ調って言うんだっけ? こういうの)


目覚めた瞬間、天井に描かれた女神と精霊の姿が飛び込んで来た。


《おはよー。いざべる、だいじょうぶ?》


小さな子どもが視界のあちこちを相変わらずパタパタと飛んでいた。


(夢じゃ……なかった?)


身体を動かすと、使用人と目が合った。愛想のない使用人は、主人が目覚めたというのに、慌てる素振りもない。目覚めたイザベルの頭には、前世の記憶とともに、イザベルとして暮らしていた今世の記憶も残っていた。


(あれは……――私と一緒にこの国に来た侍女)


「ドリス……」

「漸くお目覚めですか?」


侍女のドリスは、倒れた主人にかける言葉とは思えない冷たい声音でイザベルに声をかけた。ベッドサイドに水差しをドンッと置いたが、グラスに移す気配はない。


(勝手にやれってことね)


「お目覚めになったことを、お伝えして参ります」


ドリスは最低限の礼として、会釈をして部屋を出た。

イザベルはベッドから身体を起こした。そして、部屋に置かれた手鏡を手にした。

手鏡に映った顔は、間違いない、悪役令嬢イザベル・フォートレルそのものだった。


(この意地悪そうに釣った目、萌黄色の瞳、漆黒の髪に、この派手な縦ロール……)


ざっくりと開いた胸元は谷間がはっきりと見えて妖艶そのものだった。


(間違いない。ここは『ハート学園で恋して』の世界なんだ)


イザベルは自分の顔を見ながら、ゴクッと唾を飲んだ。

『ハート学園で恋して』は、聖女ロザリンがヒロインの乙女ゲームで、前世で“私”もプレイしていた。


(私の推しは王太子で、ルーファスじゃないし。全ルート制覇みたいなガチプレイヤーじゃないけど……――)


イザベルは魔法と精霊の国・セレフィード王国に、隣国から嫁ぐ悪役令嬢だ。年下の小公爵の婚約者におさまるものの、処刑エンドを迎える悪役だということは分かっていた。


(最悪なことに、それがルーファスルートだけじゃないってことなのよね……。私、前世では子どもを庇って死んでいるのに、なんで今世でまで詰んでいるの!?)


イザベルは泣きそうになりそうになりながら、頭を抱えた。


「神様も転生させてくれるなら、ヒロインに転生させてくれればいいのに……。もう、もう……なんだって」


《だいじょーぶだよっ。いざべる! ぼく、たすける》


パタパタとイザベルの周囲には、小さな子どもが飛んでいた。


(そういえば……この子は一体……。ゲームでもイザベルは魔力なし、特殊な力なしだったはず……)


「あなたは……一体、だれなの?」


そう小さな子どもにつぶやくと、子どもは少し悲しそうな顔をしてイザベルの手のひらの上に立った。


《いざべる、ぼくのこと、しらない?》


イザベルを見上げるその目は、うるうると涙で潤んで見える。


「え!? あの……その――」


(そんな顔をされると……――。え? でも、こんな……キャラいたっけ? ダメだ、全然思い出せない……)


「ごめんなさい。その――前世の記憶が、急に溢れて来て……その、混乱していて……」


言い訳するようにその子どもに言うと、その子どもはプンッと怒ったように頬を膨らませた。が、すぐにイザベルの頬にすり……と顔を寄せた。


《ゆるしてあげる。ぼくは、ずーっと会いたかったんだよ》


小さな子どもにそんな風に言われると、イザベルは胸が締め付けられるような思いをした。


(母親になっていたら、こんな気持ちを味わえていたのかな……)


「あの……名前は?」


《なまえ?》


「うん。あなたのことを知りたい」


《なまえは、いざべるが付けてよ》


「付けて……いいの?」


《もちろんだよ》


そう言って笑う子どもの姿を、イザベルはじっと見た。小さな子どもは、丸い黒目に、イザベルと同じ黒い髪をしていた。


(男の子……かな? 黒髪に黒い瞳なんて、□□人のときみたいで、なんか懐かしい。そうだ。あのとき、"あの子"に付けようと思っていた名前――)


「じゃあ……“たすく”は?」


《たすく?》


「うん。人をたすけるという意味よ。あなたは私を助けてくれるって言ってくれたから」


子どもはまあるい頬を赤くして、満足そうに口角を上げた。


《うれしい、ぼく、たすくになる。いざべるのこと、たすける》


そう彼が言った瞬間、小さな子どもが発光し部屋中が光に包まれた。そのまばゆい光が3秒くらい発光したかと思うと、たすくはイザベルの右肩にちょこんと座った。


「何? いまの」


《契約した。僕はイザベルの精霊になった》


先ほどよりもたすくの声が鮮明に聞こえるようになった。


「私の精霊!?」


(イザベルってそんな特殊設定あった? 精霊の力も、魔力も、聖女のチート能力じゃなかったっけ?)


――コン、コン、コン。


ノック音が聞こえ、慌ててたすくを隠そうとしたが、たすくに《僕はイザベルにしか見えない。大丈夫》と言われた。


(そういえば、さっきも誰もたすくの声に反応していなかった。精霊ってそういうものなのかな。でも、なんで私に見えるんだろう? 悪役令嬢なのに)


部屋には、ドリスに連れられ、男性老医師、ルーファスが姿を現した。

イザベルを心配しているような表情のものは一人もいない。


(いくら悪役令嬢相手だからって……もう少し演技くらい、しないもの?)


「お目覚めになりましたか?」


男性老医師は、イザベルの様子をサッと確認して「大丈夫そうですな」と言った。その様子をルーファスは腕組みをして見ている。


(心配されているというより、監視されているようね)


「少し、疲れただけだと思います。ご心配をおかけしてしまってすみません」


そうイザベルが頭を下げると、老医師とルーファスはぎょっとした顔をしてイザベルを見た。


(なに……――?)


「そっ……そうでしたか。それは、仕方ありませんね。今夜のパーティーもありますので、少しこちらでお休みください」


そういうと老医師はそそくさと出て行った。


(何よ。そんな奇妙なものを見るみたいに……)


ルーファスは腕組みをしたまま、イザベルをじっと見ていた。


「お茶をご用意しましょうか?」


ドリスはルーファスには普通の侍女のように、そう聞いた。

すぐに出て行くものだろうと思っていたルーファスは、なぜか頷いた。


(え!? お茶飲むの!? そんな嫌そうなのに?)


そういうと、ルーファスは椅子に腰をかけ、長すぎる足を優雅に組んだ。


《ルーファス、イザベル、気になってる》


右肩に座り大人しくしていた《たすく》が、怒ったような顔をした。


(気になっている? あれが?)


ルーファスはイザベルに声をかけようとも、見ようともしない様子で、椅子に腰をかけていた。《たすく》は警戒するようにルーファスを観察した。


《気になってる。僕、分かる》


(そんな風には到底見えないけど……。確か、ルーファスは年下枠の攻略対象者だった。王太子の親友で、幼馴染。年下わんこ系というよりは、ツンデレ系というか……。まあ、ツンツンしているのはよく分かるけど……。ここから私にデレるとは到底思えない)


《そんなことないよ!》


《たすく》が私の脳内で大きく否定した。


「――何か?」


ルーファスの瑠璃色の瞳が、イザベルを捕らえた。

《たすく》との脳内会話のせいで、ルーファスを怪訝な目で見てしまっていた。


(怪しまれただろうか?)


「いえ……その――。お茶を一緒に飲まれるとは思っていなかったので……」


図ったようなタイミングで、ドリスがお茶の支度をし下がった。


「外聞が悪いですから」


そういうと、ティーカップを持ち上げた。


(あ、そういうこと。そりゃそうよね……。この人は婚約者としてここにいなきゃいけないだけなんだ。なんて言っても、私は“イザベル”なわけだし。どのルートでも婚約破棄されるって、相当ルーファスには嫌われているわけだから、もう絶対早めに婚約解消できるようにしないと! 勘違いして好きになんてなっちゃったら最後、ゲームと同じ末路になっちゃうわ)


やっぱり違うじゃない、と肩に座る《たすく》をチラッと見ると、《たすく》は心外そうにぷうっと頬を膨らませた。


《嘘じゃないのに》


(嘘だなんて思っていないわ。でも――……《たすく》は精霊と言っても子どもだものね)


《たすく》にくすっと微笑むイザベルを見て、ルーファスは怪しいものを見るように眉根を寄せた。


(――……しまった! これって、私一人で百面相しているように見えているのか……。人がいるときは《たすく》との会話に気をつけなきゃ……)


イザベルは取り繕うように、澄ました顔でお茶を飲んだ。


「――……あなたが連れて来た侍女は一人なんですね」

「え? あ、はい。何かありました?」

「いや――……」


ルーファスは何かを探るようにイザベルを見ていた。


(あ、そうか! さっきの態度も――。イザベルの悪名はこの国でも有名ってことか)


悪役令嬢・イザベルは、魔力なし、性格悪し、頭悪し、贅沢好きの四重苦。何もここまでしなくても、という設定だった(気がする)。


(実家からずらっとお付きの侍女を連れてくると思われていたってことよね。まあ、イザベルにとっては敵国に嫁ぐわけだし、そうしてもおかしくないけど。そんなこと……あの生家が許すわけない)


イザベルは継母と義妹の姿を思い出し、背筋がぞっとした。


「別に、侍女はこちらにもいますでしょう?」

「まあ、そうだが……――」


ルーファスは不思議そうに、イザベルを見つめていた。


「何か?」


今度はルーファスの視線に、イザベルが問いかけた。


「いや――……噂と、ずいぶん……」


お茶を飲みながらチラチラとイザベルを盗み見るルーファスを、イザベルの肩に座る《たすく》は可愛い黒目がちな瞳で睨み見つけていた。


《ルーファス、僕のイザベルを……》

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