第26話 ロザリン来襲
長閑な畑の真ん中で、険しい顔のルーファスがエリーアスを睨んだ。
「小公爵、そんなに強く女性の腕を掴んだらいけませんよ」
エリーアスは、余裕の顔でルーファスに指摘した。
ルーファスは、エリーアスの指摘に眉間にしわを寄せたが、思わず強く握ってしまっていたことに気が付き、そっとイザベルの腕を離した。
「し……失礼」
「あ……大丈夫ですので、気になさらないでください」
「さすがイザベル。寛大ですね。そういうところも、君の魅力だと私は思っていますよ」
「だから――……人の婚約者にそういうことを……」
「言ってはいけませんか? 前もお伝えしましたが、私は彼女に人間的な魅力を感じているんですよ」
ルーファスは自分の狭量を指摘されているのが分かり、ギリギリと歯噛みした。
エリーアスのことを無視すると、イザベルに向き合った。
「それより、イザベル。どうしてそんな恰好を……」
「その、子どもたちと畑を起こそうと思って」
「畑!? 君が?」
「ええ。イリーナ様とジゼル様にも手伝っていただいて」
「イリーナ!? イリーナも来ているのか?」
「ええ、あちらに……」
ルーファスは畑の外で子どもたちと作業をしているイリーナを見つけた。
エリーアスは、そんなルーファスを見て我慢できないというように笑い出した。
「君は妹がいるのにも気が付かなかったのか。イザベルしか目に入ってないんだな」
エリーアスの指摘に、ルーファスの顔は見る間に赤くなった。
「なんていうか――君がそんなに憎めない男だとは思わなかったよ。小公爵、ルーファスと呼んでも?」
「は?」
「私のことはエリーアスと。今後は頻繁に会いそうだし」
「あなたと頻繁に会う気はない!」
「でも、君も最近は養護院にずいぶん来るようだし」
エリーアスは意地悪な笑みを浮かべた。
「それは……――」
《イザベルに会いに来ているんだよね》
《たすく》が黙り込んだルーファスの言葉を補うように言った。
(そんなわけ……――)
《たすく》の指摘にイザベルの顔も赤くなった。
「ルーファス!」
レンナルトの声が畑の中央まで響いた。
ルーファスはその瞬間、はぁとため息をついた。
「お姫様のお守も大変そうだね」
「……――口を慎んでください。シュトライヒ侯爵。“救国の聖女”は要人なのですから」
「エリーアスでいいと言っているのに」
ルーファスは、「君も」とイザベルの手を取った。
「え!? 私は……結構です」
「――どうして?」
「まだ、畑も起こせていませんし」
「土を掘り起こすのは君の仕事じゃない。カーターに任せろ」
(カーターの仕事でもないけど……――)
護衛のカーターは、既に子どもたちとスコップで土を掘り起こしていた。
「でも……――」
(ロザリンと会いたくない……)
「シュトライヒ侯爵。あなたも一緒に」
「私も?」
「ロザリンがあなたに挨拶をしたいそうです。養護院のことも知りたいらしい」
「養護院のことなら、院長がいるだろう」
「あなたから聞きたいそうです」
「……――」
エリーアスはその申し出に訝しんでいた。
(どうしてこんなにエリーアスは渋っているの? 養護院に来るロザリンには最初から割と親切に接していた気がしたけど。好感度が上がる前は、裏ではこんな感じだったのかな?)
ヒロインの申し出に、面倒そうな様子のエリーアスをイザベルは不思議に思った。
イザベルは、ルーファスとエリーアスに手を取られながら、ロザリンのもとへと急いだ。
◆◆◆
(――どうして養護院に悪役令嬢が三人も揃っているの!?)
ロザリンは四人目の攻略対象者に会うために、ディオン、ルーファス、レンナルトを引き連れて養護院へ訪れた。
(ここでエリーアスの好感度も上げるはずだったのに……。なんなの、この状況……――。ここに来た途端、ルーファスは一目散に悪役令嬢のもとへ向かって行くし……)
ロザリンの愛らしい顔は、不機嫌に歪められていた。彼女の機嫌を取るように、ディオンは彼女に「疲れていない? 椅子を用意させようか?」などと気遣いの言葉をかけ続けた。
(レンナルトにルーファスを呼び戻すように声をかけさせたのに、ルーファスは悪役令嬢をエスコートして戻って来るし。しかもなんでか知らないけど、エリーアスまで悪役令嬢の手を取っているし……。何あのお姫様扱い。悪役令嬢のくせに。ゲームではこんな展開じゃなかったのに)
ディオンの気遣いくらいでは収まらないほど、ロザリンは苛立っていた。
ピリピリした空気を身にまとっていたロザリンだったが、悪役令嬢が近付いて来ると余裕の笑顔を浮かべた。
(何なの、あの恰好――。服は汚いし、顔も土で汚れているし、厚化粧だし、ゴテゴテした縦ロールも変だし……。やっぱり、私が一番可愛いわ! こんな女、私のライバルじゃない!)
「ロザリン、お待たせしました」
「ええ。突然畑の中に入っていくから驚いてしまったわ」
ロザリンが身を寄せると、イザベルは慌ててルーファスの手を離した。
(ふふ、やっぱり、敵じゃないわね。ツンデレルーファスも、私が近付いたら受け止めてくれるし……)
ルーファスはロザリンへ視線を向け、柔らかな笑みを浮かべる。
(さっきはこの女のことは睨んでいたけど、私には優しい。この女を特別視しているのかと思ったけど、私の勘違いかも)
しかし、次の瞬間、一歩だけ距離を取ると、イザベルを紹介した。
「ロザリン、彼女は私の婚約者のイザベル・フォートレルです」
「救国の聖女様、こんな服装で申し訳ございません」
敵国の侯爵令嬢が、自分に丁重な態度を取っていることに、ロザリンは満足していた。
(“救国の聖女”の力が発動して、侯爵家の養子になれたし、攻略対象者たちにはチヤホヤされるようになったし。最後は、彼らはヒロインを選ぶに決まっている)
「イザベル様というのね。私はロザリン。救国の聖女様なんて呼ばれ方は寂しいわ。ぜひロザリンと呼んで」
「ありがとうございます」
イザベルは固い表情でそう言った。イザベルに挨拶をしたあと、イリーナやジゼルとも挨拶したが、どの令嬢も敵ではないと実感していた。
(どの女も、小汚い恰好で畑仕事なんて……。やっぱり彼女たちは私の引き立て役ね)
ロザリンは目的のエリーアスに満面の笑みを浮かべた。
「エリーアス様、私、養護院の活動に興味があって」
「そうですか」
「ぜひ施設のことを色々教えていただきたいわ」
そういうと、ロザリンはエリーアスの腕に自分の両手を絡ませた。
エリーアスは突然距離を詰めるロザリンに一瞬微妙な表情を浮かべた。
「イザベル、アニヤを頼んでもいいかな?」
「はい」
エリーアスは穏やかな笑みを浮かべて「私で良ければいつでもご案内しますよ」と、彼女を丁重にエスコートした。
「あ、みんなはここで待っていてね」
ロザリンがそう告げると可憐にほほ笑んだ。
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