第25話 修羅場の家庭菜園
「さあ、じゃあ皆! 早速畑を耕していくわよ!」
イザベルは子どもたちに声をかけ、スコップで土を掘り上げた。
ザクッ――。
鍬で土をかく感触は妙に懐かしかった。
(前もこうやって子どもたちと耕したっけ。結構体力いるのよね)
《イザベル、楽しそうだね!》
「お姉さま、すごいわ!」
「イザベル様は、本当に物知りですのね」
イリーナやイザベルには、小さな子どもたちと畑に撒く石灰を準備してくれていた。
懐かしくなりながらスコップで土を掘り起こしていると、エリーアスの大きな手が伸びた。エリーアスは、イザベルの手からスッとスコップを奪った。
「え?」
「イザベル、君は思った以上にお転婆なんだね。そこが君の魅力だけど」
エリーアスはそう言って、イザベルがしていた作業を代わった。
「あの――。エリーアス様」
「イザベルがこういう作業が得意なのは分かったけど、力仕事は任せてほしいな。君の美しい手に傷でもできたら困るからね」
エリーアスは、バチンとウインクをした。そんな気障な仕草も様になるのがすごい。
(何そのカッコいいせりふに仕草――。さすが乙女ゲームの攻略対象者……。悪役令嬢にまでそんなサービス。神過ぎる)
エリーアスはスコップを持った男の子たちに、「2、30センチ掘り起こしていく感じでいいからな」と指示した。エリーアスの指示に従い、どんどん男子たちが土を掘り起こしていく。エリーアスも妙に手慣れた手つきで、作業を進めている。
《あ、ミミズだ~》と《たすく》は、土から出てくる虫たちに興味津々だ。
「エリーアス様、もしかして畑仕事の経験が?」
「シュトライヒ領は農業が盛んだからね。茶畑もあるって言っただろう?」
「でも、領主様が耕すなんて」
「もちろん、私が作業をすることはあまりないけどね。ただ、何も知らない領主は嫌だろう? たまに、領民と作業することがあるんだ」
「そうなんですね」
「シュトライヒ領に来たら、イザベルも楽しめると思うよ」
エリーアスが、イザベルを見つめた。
「――え?」
(それって、どういう――……)
「イザベルが良ければ、領地で過ごしてくれてもいいし、王都にも店を持っていると言っただろう? その店の管理もあるから、王都で過ごすのも構わないし、私は君の希望にあわせて生活できるからね」
(なんで……そんなことを悪役令嬢に?)
きょとんとエリーアスを見ていると、《たすく》が《イザベルと一緒にいたいんだよ》とエリーアスの胸中を代弁した。
(エリーアス様が、私と一緒にいたい? そういえば、この前『一人の人間として、もっと彼女を知りたい』とか言われたような……。あのときは、ルーファス様が気になって、エリーアス様が言っていることはあまり気にしていなかったけど、よく考えたらなんかすごいこと言われている!?)
「え……あの――」
エリーアスは戸惑うイザベルに優しく微笑むと、作業に戻った。
「イザベルを困らせたいわけではないから。ただ、聖女様の話は私の耳にも入っているからさ。君が不遇な立場に置かれるようなことがあるなら、私はいつだって君を守るつもりがあるってことを知ってほしかっただけだよ。アニヤも君に懐いているしね」
「アニヤちゃん……」
(そういうことか……。アニヤちゃんが懐いているから、私のことを気にして――。って、ロザリンの話が耳に入っているって一体どんな……)
「エリーアス様、聖女様のお話ってどんなことを聞いているんです?」
「どんな話って――……」
エリーアスはイザベルを気遣ってか、一瞬言うのを躊躇ったが「ただの噂だよ」と前置きを置いて教えてくれた。
「君の婚約者が君と婚約を解消して、聖女と新たに婚約するのではないかって」
(ルーファスとの仲がそんなに進展しているということ?)
「もちろん――その噂は、君の婚約者だけではなくて、イリーナ様も、ジゼル様も、同じように言われているけどね」
「ああ……」
(やっぱり、まだ全員同じような好感度ってことなのかな……)
「エリーアス様は、彼女にはお会いしていないんですか?」
(エリーアス様だって攻略対象者なんだから、彼女との関係が進んでいてもおかしくない)
「私は王宮で挨拶はしたけど、それだけだよ」
「挨拶だけ――……」
(エリーアス様との接点は、確か養護院へ通うことにしないと生まれないはずだから、これからなのかな……)
「あの――」
「ん?」
「彼女と会ったとき、何か……感じましたか?」
「何か?」
(攻略対象者とヒロインだもの。不思議な感覚みたいなものがあってもおかしくない)
「んー? どうかな?」
「何か特別な女性に会うような……」
「特別ねぇ。神殿で見たあの魔力は凄かったし、“救国の聖女”なんだから特別なんだろうけど、“特別な女性”と言われると、少し違うな」
「違うっていうと……?」
「“特別な女性”と言われると、私にとっては彼女よりも、君の方がよっぽど“特別”だよ」
「え!? なっ、さっきから冗談はやめてください」
「残念ながら、私は冗談でこんなことは言わないんだ。君を困らせているのは承知だけど、私の特別な女性と言うと、娘と、亡き妻と――……君だな」
エリーアスの言葉に、イザベルは赤面した。
(なっ……な……――なんで、エリーアスが悪役令嬢にこんなセリフ)
「イザベル!」
低い声に反応し真っ赤な顔で振り返ると、険しい顔のルーファスが畑の中に入って来た。
畑仕事に向かないピカピカの革靴が汚れることを厭わず、真っ直ぐ、イザベルだけを見据えて畑へ踏み込んできた。
(え……? どうして真っ直ぐこっちへ……)
「ル、ルーファス様……なんで?」
(今日もロザリンと一緒にいるはずでは?)
そう思っていると、畑の外に可憐なピンクベージュの髪の少女が見えた。だが、ルーファスの視線は一度も彼女へ向かない。
(ロザリン!?)
彼女の傍らには、相変わらずディオンとレンナルトがいた。
イリーナやジゼルは、やや気まずそうに3人と距離を取っていた。
(まさか、エリーアスに会いに……!?)
イザベルがパニックになっていると、険しい顔のルーファスにグイッと腕を取られた。
「シュトライヒ侯爵、彼女から離れてください。イザベル、あなたも何をしているんです!?」
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