第24話 悪役令嬢たちの家庭菜園
ヒロインがハート学園に現れて2週間が経った。
ニアミスはするものの、持ち前の危機察知能力を生かし、とにかく出会わないようにしていた。おかげで、自己紹介すらまだしていない。
「イザベルお姉ちゃん、これでいい?」
「ええ、ここの石を全て避けたら土をおこすわよ」
そう言って、イザベルは鍬を握った。
子どもたちはイザベルの呼びかけに喜び、イリーナやジゼルと一緒に畑の石を懸命に拾い集めていた。
「小石を拾うのも、雑草を抜くのも、一苦労なんですね」
「イザベルお姉さま。小石も拾い終わりましたし、少し休憩にしません? ねえ、みんなお菓子とお茶の時間にしましょう」
イリーナの声かけに、子どもたちの歓喜の声が響いた。
今日、イザベルはイリーナとジゼルと共に、セルフィナの羽根養護院へと足を運んでいた。クッキー作りが評判だったので、今度は家庭菜園を院長に提案していた。
「畑……ですか?」
予想通り、院長は目を丸くしていた。
「子どもたちと一緒に作ったら、楽しめますし、食事の足しにもなると思うんです。自分で作ってみたら、好き嫌いも減りますし」
(少なくとも前世ではそうだったし、この子たちだってきっと)
「はぁ……」
高位貴族が自ら畑を耕すなど、酔狂としか言えない。
クッキー作りだって貴族令嬢の趣味としては変わった部類だったが、家庭菜園となると次元が違う。
「――……畑仕事用の服ですか?」
さすがに高級ドレスで、畑を耕す気にはならない。
叱られるのを覚悟でドリスに相談すると、意外なことに「庭師に確認してみます」と掛け合ってくれた。
(普通の侍女でも、さすがに令嬢の畑仕事は窘めそうな気もするけど……――)
ドリスは結局、庭師の服と、肌が焼けないようにとつばの広い帽子を用意してくれた。
「……ドリス、ありがとう」
「イリーナ様と親交を深めるのも、地図を入手することに繋がると判断したまでです。イリーナ様はあなたに好意的なようですから、ルーファス様より」
最後のドリスの言葉に、胸がチクッと痛んだ。
(それはそうだろうけど……――)
ヒロインが現れてから、ルーファス様と接する機会は激減した。イザベルがロザリンを避けているため、ロザリンと一緒にいるルーファスとも会わない。一瞬近付いたように感じていたルーファスとの距離は、ドリスに指摘されなくても開いているのはよく分かっていた。そして、それは他の悪役令嬢たちも同じのようだった。
イリーナも、ジゼルも、ロザリンの登場に伴い、それぞれの婚約者と会う機会は、イザベルほどではないにしてもほぼない状態が続いていた。
(全員攻略対象者なんだから、当たり前よね。ここはロザリンが主役なわけだし。ロザリンとの仲はどこまで進んだんだろう……)
「畑仕事なんて……どうなることかと思いましたけど、体を動かすのも良いですわね。お姉さまの発想は本当に面白いわ」
ルーファスの子どもの頃の服を着用したイリーナは、お茶を飲みながら一呼吸ついた。最近イリーナはイザベルのことを「お姉さま」と呼ぶようになった。ドリスではないが、イリーナは大分イザベルに心を開いてくれていた。
(ルーファス様と婚約を解消しても、イリーナ様はたまにお茶に付き合ってくれるかしら?)
《イザベル、寂しい? 僕はずっとイザベルと一緒にいるよ》
(ありがとう、《たすく》)
エリーアスが寄附しているのだろう。養護院で出されるお茶は質がいい。今日は子どもたち用のお菓子にと、イリーナがマドレーヌを持参してくれた。子どもたちは飲物とマドレーヌを食べたあと、広間で休憩しながら遊んでいる。《たすく》は、子どもたちの様子を見に、パタパタと飛んで行った。
「子どもたちの体力は本当にすごいですね」
ジゼルは転げまわって遊ぶ子供たちを見て驚きの声を上げた。
「子どもたちも、楽しそうに作業をしていましたし、私もお誘いいただいて本当に良かったです」
大人しそうな顔に似合わず、ジゼルは婚約者のレンナルトとともに、幼少期から剣術の訓練をしていたらしい。そのため、今日は古くなった稽古用の服を着用していた。ジゼルとは神殿で再会したあと学園でも顔を合わせ、話すようになっていた。悪役令嬢同士シンパシーを感じるようになっているのか、気が付いたら養護院の活動に声をかけていた。
「身体を動かしていると余計なことを考えなくてすみますし……」
ジゼルはポツリと呟いた。
1つ年下のロザリンは、ジゼルの婚約者・レンナルトとクラスメイトだ。攻略対象者の3人の中では自然と接する機会が多いから、好感度も上がりやすいキャラクターだ。
「ジゼル様、周りの声なんてお気になさることはありませんわ。あなただって“癒しの力”を持つ希少な存在なんですもの」
イリーナは、年下とは思えないお姉さん感がある口調でジゼルを励ました。
「イリーナ様……」
ロザリンが学園に転入して2週間――。何か事件が起こったわけではない。
ロザリンという最強ヒロインが現れ、周囲を虜にしている。
ただ、それだけだ。
『ようやくレンナルト様に相応しい方が現れたのではない?』
『おかしいと思っていたのよ。あんな“落ちこぼれ”がお相手なんて』
イザベルですら、口さがない噂を耳にしていた。
ジゼルが知らないわけはない。
(夜会のときもそうだったけど、彼女とレンナルトの婚約は元々やっかみの対象になっていたようだし)
「ありがとうございます。でも、私とロザリン様では、同じ“癒しの力”を持つと言っても――能力は雲泥の差ですし。あの神殿での光は私も驚きました。まさしく、彼女がこの国を救える人なんだって」
ジゼルは幼少期から希少な癒しの力を持つことから、聖女候補と期待されていた。
しかし、その力は期待されたほどには開花せず、心無い人からは“落ちこぼれ聖女”と呼ばれ続けていた。
「でも――レンナルト様のご婚約者はジゼル様ですわ。レンナルト様は、ジゼル様を子どもの頃から大切になさっているではありませんか」
イリーナの言葉には段々と力がこもり、ジゼルはその気迫に押されているようだった。
「ええ……それは――」
「ジゼル様が弱気になっていてはいけませんわ。私たちは、何もしていないのですから」
「私たち」と言った瞬間、イリーナがハッと口をふさいだ。
そう、私たちは今のところ何もしていない。
それなのに――きちんと、ゲームのシナリオ通りに私たちの排除が始まっているように感じる。
「ごめんなさい、ジゼル様。イザベルお姉さま。周りのことを気にするななんて言って、一番気にしているのは私ですわね」
先ほどから一貫して強い視線を向けていたイリーナの、心の揺れを感じていた。
小さく何度か瞬きをすると、小さく息を吐いた。
ジゼルやイザベルほどではないけれど、イリーナへの噂も耳にしていた。
『救国の聖女のお相手に最もふさわしいのは、王太子ではありません?』
その噂が大きな声にならないのは、王太子相手の噂が不敬に当たるからに過ぎない。
クラスメイトであるレンナルトは二人になる機会が多い。でも、皆でいるとき、ロザリンへ最も穏やかな笑みを向けているのは王太子に見えた。もちろん、いつも愛想のないルーファスだってロザリンには笑顔で接しているから、本命はロザリンだと言われている。
この2週間、私たちを取り囲む環境は、大きく変わってしまった。
(でも、まだ特定の人物のルートを絞っているようには思えない。ロザリンはまだ誰のことも強く思っていないか――全員と同時に距離が縮まっているように見える……。でも――)
「ディオン様は、イリーナ様とお話しされているときはリラックスしているように見えましたわ」
イザベルがそういうと、イリーナは顔を上げた。
(そうだ。ロザリンと話すときは王太子として完璧な笑顔を浮かべている。私とダンスを踊ってくれていたときと同じ、完璧な……。でも、ディオンの良さはそこではない)
「ディオン様が、イリーナ様に向ける笑顔は少し意地悪ですもの」
(私はゲームではディオン推しだったんだから、見間違うわけがない。ディオンの表の顔は完璧王子様だけど、仲が良くなると違う面を見せてくれる。その姿が、イリーナと一緒にいる彼にはあった。だから――)
「ディオン様も、レンナルト様も、ロザリン様がいらっしゃってお忙しいんですわ。ロザリン様が学園に慣れたら、お二人と過ごす時間も戻って来るはずです」
(元々絆のない私はともかく、二人は長い年月を培って来ているんだから、どうにかなってほしい)
「イザベルお姉さま……」
「イザベル様……。私もお姉さまとお呼びして宜しいでしょうか?」
イザベルの言葉に、二人は何故かキラキラした目で見つめていた。
「え? なんでそんな目で……」
「あら、ジゼル様。イザベルお姉さまは私のお姉さまになる人なのよ。いくらジゼル様だからと言って」
イリーナが謎のライバル心をジゼルに燃やしていると、エリーアスが、アニヤとともに広間へと入って来た。
「やあ、イザベル! イリーナ様。今日も楽しそうなことをするって院長から聞いたから、早めに仕事を片付けて来たよ」
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