第22話 ハンスの揺さぶり
“救国の聖女”ロザリンは王太子ディオンと話しながら、頬をピンクに染め微笑んでいた。ロザリンを間に挟み、反対側には薄茶色の髪に瑠璃色の瞳の少しツンとした印象の美形――ルーファスが、ロザリンの後ろには赤髪に琥珀色の瞳が情熱的なレンナルトが彼女を取り囲んでいる。
陽光に反射しキラキラ光る金髪にエメラルドの瞳のディオンと並び、攻略対象者に囲まれている姿は、ゲームのパッケージデザインのような正しい絵姿だった。
(何、あの集団。キラキラオーラが強すぎて直視できないわ)
イザベルは廊下の影から渡り廊下を歩く“主人公たち”をそっと覗いていた。
《イザベル、何してるの~? かくれんぼ?》
(かくれんぼじゃないけど、見つかると面倒そうだから……)
《かくれんぼじゃないけど、隠れてるの?》
(そう)
「なんでこんなところから覗いているの?」
「なんでって、だから――……え!?」
《たすく》との脳内会話の合間に、突然現実の声が割り込んだ。
慌てて振り返ると、ヒロイン覗き中のイザベルの後ろに立ち、同じ姿勢でハンスも覗いていた。
「あなた! なんで……」
「なんでって……俺だってここの生徒だし」
「今まで学園になんていたことなかったじゃない」
「うん、知っていることを習ったってつまんないからね」
「じゃ、じゃあ、今まで通り……」
「だから言っただろう? 君の力には興味があるって」
「力って……私は魔力なんか――」
「メガネくんに聞いたんだけどさ、魔法の授業のとき、局所的に雨が降ったんだって? 君の周りだけに」
「え!?」
(メガネくんって……アンガスのこと!? もう、余計な話を……)
「メガネくんでも、あの王太子でも、先生の魔法でもなかったって話だけど、どうしてその雨は急に降ったんだろうね?」
《僕が降らせたからだよ!》
(《たすく》、いいから静かにしていて)
《えー》
「その雨は、炎魔法から君を守るようだったって言っている子もいたけど」
「そんなわけ……」
「たまたまと言うには、ずいぶんタイミングよく、局所的だと思わない?」
《たすく》は自分の力を誇示したい様子だったが、大人しくイザベルの肩に乗った。ハンスは意味ありげな笑みで、イザベルに詰め寄った。
「そんなこと……私に言われても、分かるわけ……――」
――ドンッ。
ジリジリと近づくハンスに後ろ足で一定の距離を保っていたが、いつのまにかイザベルはハンスに廊下の壁際に追いやられて背中が壁にぶつかった。
目の前には、にんまり微笑むハンスがいる。
(な……なんで、この人、こんなに悪役令嬢に絡むのよっ……)
イザベルは内心焦りながら、ハンスから逃れるためにキッと睨みつけた。悪役令嬢らしいイザベルの釣り目は、睨むとそれなりの迫力がある。――はずなのに、何故か目の前の男は、にこにこと笑顔を崩さない。
「ブリーゲル様」
「ハンスって呼んでよ。クラスメイトなんだからさ。俺もイザベルって呼ぶし」
(私は全然名前で呼ばれたいとは思ってないけど! 言ってもやめなさそうだから言わないけど)
「……――ハンス様、クラスメイトと言ってもこんな距離で異性に近付くなんて非常識だと思いません? ましてや、私にはルーファス様という婚約者もいるのに。こんなところをどなたかに見られて誤解でもされたら、外交問題にも発展しかねると思いますけど」
ツーンという姿勢で、イザベルはハンスの無礼を指摘した。ハンスは興味深そうに一歩踏み出した。
「かわいいなぁ。そんなことで、俺を煙に巻けると思っているの?」
気付けばイザベルの逃げ道はなくなり、彼の両手が壁についた。
「なっ……私の話、聞いてました?」
イザベルはさらに接近するハンスを睨んだ。
(《たすく》! この男一体何考えてるの!?)
《たすく》は《この男、よく分かんない》と難しい顔をしながら、ハンスの顔をじぃっと睨んでいた。
《悪意も感じない。イザベルのこと知りたいみたい。仲良くなりたいみたいだけど、イザベルが嫌なら僕の力で》
(ダメダメダメ! いまその力が疑われているから! 《たすく》の力を見たら、ますます絡まれて面倒なことになりそうだから)
《でも――……イザベル、この男やっつけられる?》
(分かんないけど……いざとなったら、蹴りを入れてでも――)
黙っているイザベルに、じりじりとハンスは詰め寄った。
「急に黙りこんで、どうしたのかな?」
「……別に、どうも」
「君が追い詰められると、何らかの力が発動するのかと思ったけど、この程度じゃダメなのかな?」
「だから、なんでそうなるんですか?」
「考えてみれば、真名晶のときも君が魔力ゼロだと囁かれた途端、不思議な色に発光したんだ。雨のことも踏まえて考えると、君を守ろうと発動された力だと仮定できるかと思ってさ」
(す……鋭い、この男。ああ、もう誰でもいいから誰か通り縋らないかしら)
ロザリンたちを盗み見するのに最適だと思った人気のない通りが裏目に出ていた。
「例えば、キス――……とかしたら、どうかな? 危機認定されそうじゃない?」
「はあ!? 何を言ってるんですか? 冗談でもそんな……」
「物語とかでも王子様のキスとかって結構重要な役割果たすでしょ?」
「ふざけるのも大概にしてください。大体誰が王子様……」
「もちろん、僕――」
そう言いながら、ハンスはどんどんイザベルとの距離を縮めて行く。
(冗談だとは思うけど……このままじゃ、まずい。まず過ぎる! もうこうなったら……)
――ザンッ!
イザベルがハンスの股間を思い切り蹴ろうと決意した瞬間だった。
壁に置かれたハンスの手の横スレスレに氷の槍が突き刺さった。
白い冷気が一気に広がる。
「あっぶな……」
ハンスはそう言いながら、イザベルの横から手を離し振り返った。
そこには、ロザリンの横に侍っていたはずのルーファスがいた。
「……その手をどけろ」
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